第14話 美化と寒気。


 この日の授業は全て終わり、日明あきら夏海なつみと共に帰途につく。

 一方、茉愛まいは当初の予定通り、一ノ瀬いちのせゆうの担当である優希ゆきと、疲労顔に変わった狭山さやま果菜はなを入れ替え、朝と同様の担当に戻した。


「では、果菜はなさん。優希ゆきさんの代わりをよろしくね?」

「はい。お嬢様」


 優希ゆき茉愛まいと共に送迎車に乗り込み、門前まで見送りに来ていた狭山さやま果菜はなに困った顔のまま会釈した。

 送迎車は発進し学校の敷地から外に出る。

 優希ゆきは申し訳なさげなまま助手席から茉愛まいに問う。


「ほ、本当によろしいので?」


 茉愛まいは何処からともなく扇子を取り出して口元を隠し、助手席でモジモジする優希ゆきに問い返す。


「放置する方が悪いのです」

「じ、自分で出来るのですが?」

「自分で出来ないから、あのような品性の欠片もない状態になっているのでしょう? 何度も同じ事を言わせないで下さい」


 その後も男性である運転手に悟らせないようオブラートに包み、二人は会話を繰り広げる。

 途中で日明あきら夏海なつみを追い越しても、恥ずかしい話は続いていく。

 すると夏海なつみは抜かされた事に気づき隣を走る日明あきらに問い掛ける。


「お兄ちゃん? 今朝見たモノ覚えてる?」

「今朝見たモノ? なんだそれ?」


 この時の日明あきらは長い髪を後ろで纏め、伊達眼鏡を外したいつも通りの姿に戻っていた。今が校外という事もあって一緒に下校する夏海なつみの願いを聞いたようだ。


「なんだそれって、優希ゆきねぇのタワシだけど?」

「タ、タワシ? タワ!?」

「あらら。忘れていたのね」

「急に思い出させるなよ!」


 端から見たら美形カップル。徒歩通学する女子生徒達は呆然としたまま、通り過ぎる二人を眺めていた。元々美形の夏海なつみはともかく、似たような顔立ちの男子生徒が居たという話は聞いていないとでもいう表情だった。

 日明あきらの顔は真っ赤だったが。


「お兄ちゃんも少しずつ免疫付けておいた方がいいよ〜? 私はともかく、寮内には他にも変態が沢山居るから」

「へ、変態が沢山だと?」

「そ。表立って言えないような変態が沢山。日曜日は特に注意が必要だから、慣れていない内は廊下の内側を歩いてね? 庭側のカーテンが開いていても、気にせず素っ裸で歩き回る先輩達が居るから。寮に女子しか居なかった事がある意味で原因になってる話でもあるのだけど」

「そ、そうか。気をつけるよ」


 夏海なつみは実にあっけらかんと語っているが日明あきらは女性の免疫があり得ないほど無いため終始タジタジだった。但し、一人は除く。

 その後の日明あきら夏海なつみからの助言を聞き流し本日の予定を思い出す。このまま聞いていても遭遇する事は変わらないと思ったようだ。


(そういや、今日は出勤するって言ってたな。ハヤシの奴・・・単純に注文していた部品目的なんだろうが)


 それはバイト先の女友達。一応、女性なのだが日明あきらが女性と認識していない友達だった。単車好きが講じて時々ツーリングしている相手でもある。

 ともあれ、日明あきら夏海なつみは片道一時間の通学路を延々と走り続け、寮に戻った。翌日には筋肉痛が襲って来そうだが、こればかりは仕方ないと諦めた日明あきらだった。



  §



 一方、エステサロンへと立ち寄った茉愛まい優希ゆきはというと・・・。


「き、聞いてません! ここまでするって!?」

「良かったじゃない。綺麗になって。これで仮に見られても恥ずかしくないでしょ?」

「べ、別の意味で恥ずかしいです!?」


 素っ裸の優希ゆきが真っ赤な顔で、平然顔の茉愛まいを詰っていた。

 それは事後。何があったか知らないが茉愛まいが何かを予約し、優希ゆきが身悶える対応に出たようだ。

 今は二人で泡風呂に入り、口論していた。


「別に良いでしょ? 私も同じだし」

「同じであっても・・・いえ、お嬢様は(視線に)鈍感でしたね」

「ど!? 色んな意味で鈍感な優希ゆきさんだけには言われたくないのだけど?」

「私は鈍感ではありません!?」

「今朝の事、もう忘れたの? ストッキング越しとはいえタワシを晒して。昨日もお尻を」

「おしっ!? 昨日も見られていたのですか・・・」

「鈍感という言葉はそっくりそのまま、優希ゆきさんにお返ししますね」

「ぐぬぬ」


 結果、二人の口論は優希ゆきが負け、茉愛まいが勝ったようだ。今日もそれがあって念入りに綺麗にしたようだから。

 すると茉愛まいは居住まいを正し──


「それで、お二人はどういった関係なのですか?」


 局所的に慣れぬ状態へと変化した優希ゆきへと問い掛ける。


「か、関係って?」


 優希ゆきはきょとんとしたまま問い返す。

 ただ、気泡の所為か少し顔が赤かったが。


「クズ男ホルダーの優希ゆきさんと日明あきら君の関係ですよ? 今までの優希ゆきさんなら絶対に相手にしない良く出来た男性ですからね。下半身だけが元気な尾前おぜん君だったり、女だったら誰でも良い先輩だったりですし」

「へ、変な渾名を付けないで下さい!」

「もう遅いです。これは校内では当たり前に呼ばれている渾名ですから!」

「そ、そんな。あ、あんまりだわ」


 茉愛まいはため息を吐きながら湯船から出て縁に座り、俯く優希ゆきに問い掛ける。


「渾名が覆せないのは諦めなさい。入学から延々とクズ男の面倒を行ってきた貴女が悪いのですから。それよりも本題、いいですか? 愛海まなみさんや夏海なつみさんは、はぐらかして教えて下さらないので」


 それはこの場でしか出来ない話題だったからだろう。

 今はクラスメイトの二人だけ。

 他の取り巻きも担当もこの場に居ない。

 茉愛まい愛海まなみ夏海なつみが教えない、優希ゆきとの関係を問い掛けているのだ。


「本題・・・ああ。私達の関係でしたね。日明あきら君は忘れているようですが、幼い頃に一緒に遊んだ仲と言えばいいでしょうか?」

「そ、それって噂の幼馴染?」

「噂って・・・まぁそういう事です」

「何か理由があるのですか? お二人が隠す理由もそうですが」

「わ、私が父方の従妹という事が嫌悪するに足る理由ですね」

「は? い、従妹? 澤田さわだ家を嫌悪って?」

「いえ。正確に言うと、私の実父の方ですね。母は私の親権を大金はたいて買い取って、澤田さわだの義父と再婚したので」

「ああ。そういう事でしたか。今は縁なき関係であっても、嫌悪する。なるほど・・・」

「二人も私の中の小湊こみなとを見ているのでしょうね。それは私自身も夏海なつみさんの中に感じている事ではありますが」

「それで同族嫌悪と・・・でも、それなら日明あきら君は?」

「彼は別です。昔、父の虐待で溺れた私を救ってくれましたから。だから、あの時の恩をこの身体を使ってでも返さないといけないのです」


 二人の関係はもの凄く重い関係だった。

 救われた方は忘れず救った方は忘れている。

 何とも救いようの無い話だが茉愛まいは身体が冷えたのかブルリと震えつつ湯船に戻り、ブツブツと呟くヤンデレと化した優希ゆきを眺め、ため息を吐いた。


(命の恩人って事でしたか、これは重い。だからクズ男を彼と思って面倒を見てきたと・・・)


 だが、現実はクズ男とは真反対だったため、日明あきらから引かれる未来まで幻視した茉愛まいだった。



  §



 一方、エステサロンでそのような一幕が繰り広げられている事を知らない日明あきらは帰宅したのち私服に着替え、単車に跨がりバイト先に到着していた。


「おはようございまーす!」

「おはようさん!」


 店内にはいつも通りの従業員達と店長がおり、店奥から薄い胸元を晒したバイトが手を振っていた。


「おっす!」

「ハヤシは今日も早いな」

「早いとか言うなよ! これでも学校から飛ばして来たんだからな?」

「自転車で?」

「自転車で」

「スカートが盛大にめくれてそうだな?」

「ちゃんとスパッツを穿いてるよ!」

「そして小ぶりなお尻が丸見えと」

「それセクハラだからな?」

「お前からその発言が出るって余程だぞ?」

「私だって女なんだから少しは・・・」

「はいはい。着替えてくるよ」


 二人のやりとりは勝手知ったる仲という感じだった。このハヤシと呼ばれたバイトは黒髪ショートヘアを帽子で隠し、化粧を洗い流したすっぴんが綺麗な美少女だ。しかも日明あきらの通う学校の生徒だという事が驚きだろう。

 普段は学業を優先し滅多に顔を出さないが週に数回顔を出す一風変わったバイトである。

 日明あきらが更衣室から出てくると台車を押していたハヤシが思い出したように問い掛ける。


「そういえばロッカーの名字が変わっていたけど、何かあったの?」

「ああ。実父が失踪したんでな。母方の姓に変えて貰ったんだ」

「幸か不幸か、ついに噂の母親と同居かぁ・・・」

「不幸ではないな。お陰で・・・いや、別の意味で不幸か。転校したし」

「は? どういう事?」


 この時の二人は店長の指示で裏の倉庫へ向かい、オイル缶を取り出していた。

 日明あきらが必要数を取り出し、ハヤシが受け取りながら台車に乗せていたのだ。

 そして裏の倉庫から表に戻る最中──、


「どういう事も何も、ハヤシの通う学校にな」

「ふぇ?」


 ハヤシがきょとんとする話を日明あきらが行い、日明あきらは振り返りながら問い掛けた。


「どうした?」


 問い掛けられたハヤシは日明あきらのきょとん顔をみつめながら思案した。


「(え? 待って? 転校? 名字から小が消えてた? えっと・・・つまり・・・)ううん、なんでもない」


 ハヤシの表情は覚えがあるようでないような何とも言えない雰囲気が漂い、最後は思い至ったのか真っ赤な顔に変化していた。

 日明あきらは首を捻りながら前を向き、台車を押していく。


「変なハヤシだな?」


 後から歩んでくるハヤシは黙って後ろ姿を眺めた。それは何とも言い難い気分なのだろう。


(うそぉ。あの彼が日明あきらなの? どうしようどうしよう。友達関係に亀裂が入らないよね? あ〜私のバカァ! 妹ちゃんや県立の転校生って段階で気づきなさいよ!?)


 何気にこのハヤシも残念女子だったらしい。

 普段は男勝りな雰囲気だが、この時ばかりは女の顔に戻っていた。

 その名は小林こばやし氷香ひょうか

 昼間にツンケンした委員長、その人だった。


(職場は職場。学校は学校よ。氷香ひょうか! でも、学校でも普段通りの素振りになりそうな気がする・・・こ、この際だからバラしちゃおうかな! うん!)


 ともあれ、ハヤシの中では何らかの不安が残ったが、不安よりも友情を取り実行に移した。オイル缶を手渡して待機場に戻った日明あきらの背中に勢いよく抱きつきながら。


「今日も頑張ろう!」

「どうした? いつにも増して元気だな?」

「何ならお尻も触る?」

「おいおい。先ほどの話をそっくりそのままお返ししようか?」

「それはそれ、これはこれ!」

「なんだそりゃ?」


 表情を察しさせないよう薄い胸を押しつけて。


「け、今朝のお詫び?」

「今朝? どういう・・・まさか?」

「案内を放棄して、ごめんね?」

「お前があの委員長かよ!?」

「てへぺろ!」

「印象が変わりすぎだろ?」

「それは、お互い様じゃん!」


 確かにお互い様だった。

 互いに普段の姿しか知らないのだ。

 その代わり、日明あきらにとって気心の知れた親友が出来た瞬間でもあった。異性という点を考慮していなくても。



  §



「ん? 寒気が・・・気の所為かしら? やっぱり・・・スッキリしたから?」

「どうしたのです? 優希ゆきさん」

「な、何でもありません。どうぞ、お嬢様」

「ありがとう。そうそう、帰ったら存分に晒してあげなさい」

「お嬢様!? 私にだって人並みの羞恥心はありますから、それは絶対に行いません!」

「貴女が行わなくてもゆうさんに巻き込まれて、必然的に示す事になるわよ?」

「ぐ、ぐぬぬ」




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