第12話 案内と洗礼。


「一体なんだったのですか? 先ほどのセクハラは?」

「気づいていないのなら、知らない方がよろしいですよ。知ったら最後、つらい事になるのは優希ゆきさんだけですから。私でも夏海なつみさんでもありません」


 その後の日明あきらは両隣に女子二人を侍らせて校内を進む。茉愛まい優希ゆき日明あきらの困り顔を無視しつつ口論していた。

 夏海なつみは一年生の学生棟へと入るまで付いてきていたが最後はぐぬぬという、なんともいえない表情で離れていった。


「一体なにが? 日明あきら君は、なにか存じてますか?」

「・・・」

「殿方に聞くのは野暮というものですよ?」

「・・・」

「野暮って・・・教えて下さらないから聞いたまででしょう? 日明あきら君も意味が分からない謝罪をしてきましたし」

「それは賢明な判断ですね。謝らないよりも謝る方が異性として信じられますから。見て見ぬ振りする者ではなかった事が幸いですね」

「・・・(どう反応していいかわからん)・・・」

「それと、スカートの中に入ってゴソゴソする事と、どう繋がるのか・・・?」


 優希ゆきはそう言ってスカートをまさぐり、今朝の出来事を思い出す。風呂場でルームメイトの身体を拭い、下着と服を着せたところで時計を見て大慌てで準備した。

 その時に穿いたかどうか思い出せずに固まり、脱衣所のカゴから取り出した覚えがない事を知る。その途端、徐々に真っ赤に染まる顔。

 仕舞いには涙目に変わり・・・咳払いした。


「いえ、私の事よりも本題と致しましょうか」

「急に話題を変えましたね・・・まぁ良いでしょう。それよりも夕方は時間を空けておいて下さいね。エステサロンに連行しますので」

「ほ、本気ですか?」

「本気ですよ。女の子として終わっているのです。最低限の身なりは整えないと」

「そ、それは・・・自分でも出来ますので」

「出来ないからモッサリなのでしょう?」

「そ、それを彼の前で言わないで下さい!」

「もう遅いのでは? 直視されてますし」

「うぐぅ」

「・・・(居たたまれない)・・・」


 それは校内案内という雰囲気ではなかった。

 片や理事長の孫、片やクズ男ホルダーもとい異性関連では話題に事欠かない問題児だ。

 日明あきらは周囲から向けられる奇異の視線に怯える。地味系男子が女子二人に挟まれたまま校内を歩くのだ。興味本位に突き動かされ噂に興じる者が現れても仕方ないだろう。


「あの二人が一緒って珍しい」

「寮が同じってだけなのに」

「というか間の地味男君は誰なんだ?」

「見た目的には不釣り合いよね・・・」

「中身が残念だからちょうど良いと思うけど」

「それを聞こえるように言ったらダメ!」

「おっと、にらまれた・・・」


 茉愛まいはピクリと反応し、余計な事を言った者をにらみつけた。優希ゆきも余計な噂に興じる者を一瞥し、冷ややかな視線をぶつける。二人の周囲だけ気温が下がり、後ずさる者が多数だった。中心部の日明あきらだけはその理由に気づけないでいたが。

 今はまだ学生棟。

 全体を巡るには時間が足りなすぎた。

 たちまちの茉愛まいは──、


「そうですね・・・合間合間の休憩で回れるところだけ向かいましょうか。移動教室で見られるところも御座いますし」


 腕時計をみつめつつ先々の方針を固める。

 日明あきらは任せっぱなしのまま思案気な茉愛まいをみつめる。

 一方の優希ゆき茉愛まいの提案には同意を示し何度も頷く。


「そうですね。我が校は無駄に広いですし、それが無難でしょう。たちまちは職員棟に向かって手続きを終えた方が良さそうです」

「そうしましょうか。とりあえず・・・教室に着いたら普通科の子を見繕いますかね?」


 だが、ここで茉愛まいの提案が人任せになってしまったがため、優希ゆきは首を横に振り日明あきらの右腕に抱きついた。


「いえ。私が案内しますよ?」


 それを見た茉愛まいはきょとんとしつつも、負けじと左腕に抱きつき反論した。


「何を仰有っているのですか? 家政科の優希ゆきさんには無理なのでは? 移動教室の場所も異なりますし」

「それを言うなら商業科のお嬢様も同じではないですか?」

「ですから、移動教室に関しては普通科の子にお願いするのです。分担として!」

「そう言いますが分担される子達はお嬢様の取り巻きじゃないですか?」

「たまたま普通科の子が居るだけでしょう?」


 またも二人は口喧嘩に発展した。

 優希ゆきはお嬢様と言いつつも諌言を行う類いのメイドらしい。

 日明あきらを挟んでキャンキャンと行う口喧嘩。移動中も周囲を気にせず続ける。

 衆目を浴びようとも我関せずで喧嘩する。

 中心で引っ張られる日明あきらは──


(心頭滅却すれば火もまた涼し・・・ってそうじゃない! 弾力がすげぇ。右腕は跳ね返りそうだし、左腕は包み込むようだ・・・)


 腕へと感じる感触に終始アタフタしていた。

 胸は茉愛まいの方が大きく優希ゆきは二番手だ。身長は同じだが日明あきらからすればどちらとも小さい。夏海なつみよりは二人の方が身長的に大きいが。

 制服越しに挟まれている日明あきらはなんとかして静めようとある事を思い出す。


(こうなったら・・・夏海なつみの胸で)


 それはそれでどうなんだ?

 と、思うような対応に出ていた。

 そうでもしなければ元気になるからだ。

 今朝は優希ゆきと御対面している。

 そのうえ感触まで食らわせられれば耐えられるものではなくなるから。日明あきらも正常な男子高生だ。色香に惑わされないよう妹を思い出すのは仕方ないのかもしれない。

 夏海なつみが知ればツッコミを入れる事が確定している事案だったが。



  §



 日明あきらは口喧嘩していた二人に挟まれたまま職員室を訪れる。周囲からは未だに奇異の視線を向けられ、常時タジタジだった。

 そんな話題の尽きない有様の日明あきらは手続きと共に校章を受け取り、二人とは一旦職員室で別れた。

 ただ、その際に──、


「まぁ・・・頑張りなさい」


 事情を聞いた職員までも二人に丸投げしてしまった。日明あきらは呆然とし、その後の注意がギリギリ聞き取れただけとなった。

 それだけ、あの二人を怒らせる事が出来ないのだろう。日明あきら夏海なつみから聞いた「寄付金を多く出した家」という言葉を思い出し腑に落ちたようだ。

 教師の態度からも手出し出来ない相手だと。

 その後、遅れてやってきた担任に連れられ、教室に移動した日明あきら

 日明あきらが所属するクラスは二年C組。

 全クラスはAからZまであり、各教室には普通科を始め各科の生徒が一纏めにされている。

 授業の際は関連する教室へと移動し、一般常識などの共通項目がある授業は各教室で行う。

 そのため時間割は各科毎に決まっており教室にはそれぞれの時間割が貼られているようだ。

 日明あきらは呼ばれるまで廊下で待機する。教室内はそれなりに騒がしいようだ。

 反対側には一年棟もあり、よく見ると気づいた夏海なつみが笑顔で手を振っていた。

 夏海なつみのクラスは一年C組らしい。


「では早速だが転入生を紹介する・・・」

「先生! それって女子ですか?」

「残念だが男子だ」

「えぇ〜。男子は要らないから他のクラスに差し上げて下さい! 女子なら歓迎ですが!」


 唐突な転入。それは女子はともかく男子には不評だったようだ。そうでなくても男子の数は少ない。C組の生徒は家政科が多く、次いで商業科が多い。普通科は味噌っ滓しか居らず、普通科全体の比率で言えばA組、G組、M組、S組、Y組に多くが割り当てられている。

 本来なら日明あきらもS組行きだったのだが何らかの思惑が作用し、C組入りとなった。


「無茶言うな。理事長権限で決まった事だ。文句があるなら尾前おぜんがクレームを入れてきたらいい」


 それもあって疑ってかかる者が居ても不思議ではない。現にC組には孫が居るのだから。


「理事長。今宮いまみやさんが何か?」

「するわけないでしょ!? 尾前おぜん君も馬鹿な事を言ってないで前を向きなさい」

「へいへい」


 一方の女子達は今朝の噂が広まったためかワクワクという素振りだった。寮生は顔見知りとなっているため、そこまで気にしていないが。

 但し、噂の発端となった二名は除く。

 担任は教室内が少しだけ静かになった事に気づき、廊下で待つ日明あきらを呼ぶ。


「じゃあ。入ってこい。みなと


 女子達はどんなイケメンが入ってくるのか楽しみにしていた。しかし、その願望は無残にも打ち砕かれる事になる。


「失礼します」

「!!」


 男子達は興味無しの表情で授業の準備を始め、女子達は一部を除いて落胆していた。

 現れた者が地味系男子だったから。

 しかも長身なのに猫背でありオドオドとした雰囲気を宿していた。


「初めまして。みなと日明あきらと申します。故あって転校してきました」

「との事だ。彼は一般生徒という扱いだから、関係者は仲良くしてやってくれ。所属は普通科だな。他に何か言うことないか?」

「特に・・・」

「そうか。席は・・・一番奥、今宮いまみやの後ろだな」

「一番奥・・・わかりました」


 日明あきらは促されるまま最後尾の席に向かう。だがその前に、よくある洗礼が待ち受けていた。


「・・・男は不要なんだよ」


 ボソッと呟く男子が日明あきらの足下につま先を出す。それは先ほど騒いだ尾前おぜんという男子だった。日明あきらは分かり易い嫌がらせに気づき、彼の背後に座る優希ゆきをみつめて察した。

 おそらく転かしてスカートの中を覗いたと騒ぐつもりだろう。優希ゆき夏海なつみに穿かせてもらった下着が合わないのかモゾモゾと脚を開いていたから。

 前に座る尾前おぜんもそれには気づいていたらしい。やらしい視線をチラチラと優希ゆきに向けていた。

 すると日明あきらはふらつき──、


「!!? ぎゃー!」

「あ、すみません。踏んでしまいました。足、大丈夫ですか?」

「あ、あ、あし、足が!」


 思いっきり踏んづけてあげた。実に古典的な嫌がらせだ。背後の優希ゆきはうざそうな表情で叫ぶ者をにらむ。日明あきらは立ち位置を変え、座り込みながら彼のつま先を入念に押さえる。


「骨は・・・折れてないようですね。良かった」

「痛い痛い痛い! よ、良くねぇよ!」


 日明あきらは立ち上がりつつ頭を掻き、誠意のこもっていない謝罪を行う。


「すみません。徹夜が祟ったようで。寝不足はよくないですね〜。気をつけないと」


 ただ若干、棒読みとなったためか相手に気づかれたらしい。わざと踏んだ事を。


「てめぇ!? まさか!」

「何のことでしょう?」

「気づいていやがったな!?」

「はて? すみません眼鏡の度があってないようですね。あ、曇っていたみたいです」

「こんちくしょう!」


 直後、担任は困り顔でやりとりを無視した。


「時間が勿体ないから手短に言うぞ〜。体育祭実行委員! 夕方に委員会があるから集合するように。それとみなとへの案内を・・・」

「「はい!」」

「まてまて! 普通科の松本まつもと五島ごとうが手を上げた事には驚きだが・・・委員長に任せる!」

「「「「えぇ!?」」」」


 そう、無視したのだ。

 茉愛まい優希ゆきも事前に決めていた相手が選ばれると思っていたが、選ばれたのは普通科の一般生徒だった。

 松本まつもと五島ごとうの二人も寮生であり、日明あきらとは既に顔見知りだったが。

 委員長と呼ばれた女子は嫌々な表情で応じる。地味男子はお呼びでないという事だろう。


「はぁ〜。わかりました・・・委員長の小林です。よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」




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