第11話 初登校と大嵐。


 この日の日明あきらはいつもより早く目覚め自分で朝食を作ったのち早々に出掛けた。一応、母と夏海なつみの朝食を作ったうえで書き置きを残して。


夏海なつみも極力関わらないでほしいと言ってたし、自分で出来る事は自分で対処しないとな」


 日明あきらはガレージ扉を開け、自転車を引きつつ外に出る。早朝の空気は清々しく周囲には同じ学校に向かう学生もチラホラ居た。彼らは朝練に出ている者達なのだろう。

 時折、見慣れぬ学生として横目で見られていたが。それは女子寮と思われる建物から男子が出ていれば必然なのかもしれないが。


「さて、いっちょ頑張りますか・・・」


 日明あきらは真新しい自転車を漕いで慣れぬ通学路を進む。普段から電車通学、単車での行き来がメインの日明あきらだけに自分の足で漕ぐというのは久しい行いだった。

 近くのコンビニまではそんなに運動している風にはならない。学校への道中は自転車で一時間も漕がないといけない遠距離だったのだ。


「あとで筋肉痛にならなければいいが・・・運動不足が祟ってるかもな。ダンベルも焼失したし、適当なところでペットボトルに水入れて運動すればよかった」


 そう、一人でブツブツと呟きながら日明あきらは通学路を進む。しばらくすると黒いハイヤーが前方から何台も走ってくる。

 おそらくそれがお嬢様達を乗せるための送迎車なのだろう。あるところにはある。自身には無縁ともとれる車列を眺めながら日明あきらは先を急ぐ。教科書の入ったデイパックが何度も揺れる中、立ち漕ぎで速度を上げる日明あきらだった。

 しばらく走ると学校の門が見えてきた。

 日明あきらは近くにあるコンビニにて休憩し、昼食としての弁当を買う。学食を使っても良いが、やたらと値が張るのだ。

 夏海なつみも普段はコンビニ弁当で、教室で友達と談笑しながら戴いているらしい。

 学食を使うのは教員と御令息、御令嬢達だけだ。一般学生は購買かコンビニ弁当が殆どだ。

 日明あきらは学生がチラホラ居る店内で弁当を物色する。


「握り飯と兵糧。それとペットボトルの水でいいか。野菜もほしいが傷みそうだしな・・・」


 見慣れぬ学生として周囲から視線を注がれているが、これも致し方ないだろう。日明あきらの胸ポケットには校章が付いておらず、同じ制服を着た不審者か転入生であると判断出来るのだ。それこそ、この時期の転入生こそ珍しく興味深げに日明あきらの野暮ったい姿を見ている者が多数だった。

 日明あきらは他にもノート類やスマホの充電器を購入した。ここ数日で出費は嵩むが焼け出された以上何もかもが必要な物だった。

 日明あきらはコンビニから出ると自分の自転車のカゴに購入品を収める。肩に背負ったデイパックのジッパーを開けて仕舞おうとした。


「こんなもんか。あとは・・・って」


 その直後、猛烈な勢いで近づく者が居た。


「お兄ちゃん! 置いてくなんて酷い!!」


 それは汗ダラダラな夏海なつみだった。その顔は化粧が流れると思ったのかすっぴんであり、周囲には見せられない姿だった。

 日明あきらは苦笑しつつ、買ったばかりのハンドタオルを手渡す。


「すまんすまん。一応、配慮したつもりなんだが」

「それは校内だけって言ったじゃん! あ、タオルありがと・・・少しだけ待ってて! 化粧してくるから」

「おう。なんか必要なら買っておこうか?」

「それじゃあ・・・スタミナ弁当を二つ! ほうじ茶とフルーツ牛乳も!」

「お、おう・・・結構食うんだな」

「朝ご飯は食べたけど、さすがに空腹だよ〜」


 夏海なつみは腹をさすりつつ店内に入る。日明あきらは妹の後ろ姿を眺めながら苦笑しっぱなしだった。


「それもそうか・・・お疲れさん」


 一方、二人のやりとりを見ていた周囲の学生達はというと──


「今の子、誰だ?」

「あの地味太君の身内か?」

「身内だろう? お兄ちゃんって言ってたし」

「トイレに入っていったけど、化粧って」

「ああ。すっぴんだろうな。というか・・・」

「すっぴんが可愛いって珍しくね?」

「わかる! 大半は作られた可愛さで隠すブスが多いが、ありゃ本物だわ」

「誰がブスだって? 誰が?」

「はっ・・・居たのか?」

「居ましたが? 彼女をそんな風に見てたの」

「そ、そんな事はないぞ。おまえは可愛い」

「あの子と私、どっちが可愛い?」

「え、えっと・・・おまえ?」

「なんで疑問形なのよ!?」


 一部で痴話喧嘩が発生しているが珍しいと思う者が多かった。日明あきらは我関せずという素振りで会話に耳を傾ける事は無かったが。

 しばらく待つとトイレからいつも通りの姿の夏海なつみが出てくる。待ちぼうけを食らった日明あきらは購入していた弁当を手渡した。


「ほい。弁当」

「あ! ありがとう、お兄ちゃん!」

「次いでにシュークリームも入れといた」

「わぁ! ホントだ! ありがと」

「・・・ところで何処で食べるんだ?」

「ん? 教室かな・・・あ! プリンもあるぅ」

「教室か? 早弁は出来るのか・・・?」

「割とね。結構、学校と家とで距離があるから食べてる子が多いよ? 本当なら今日の予定、私が案内するはずだった話も先輩達にかすめ取られたし、私に出来る事は通学だけだったんだよ? 校内じゃ一緒に居られないから〜」

「そ、そうか・・・それは悪いことをしたな」

「そうそう。悪いことだから明日からは忘れないでね?」

「善処します」

「そこは、はい! だけでしょう?」


 それは本当に珍しい光景だった。

 日明あきらとしても周囲としても。

 普段から明るくキリリとした表情で校内を歩き、周囲には分け隔てなく接する夏海なつみが男子の前でデレデレだったから。

 お兄ちゃんという単語から二人が本当の兄妹とは誰も思うまい。すっぴんを見た者達も既にコンビニには居らず、トイレから出てくる前後を知るのは日明あきらだけだった。

 二人は自転車を引きつつコンビニから移動する。学校の門前には送迎車が多数止まり、御令息や御令嬢達が次々と降りていた。

 日明あきらは呆然とその光景を眺め、夏海なつみと共に駐輪場を目指す。


「改めて見ると圧巻だな・・・」

「慣れてくるとそうでもないけどね。九時の授業開始までに、ひっきりなしで車が行き来するから。あまりにも台数が多いからって他の門とかからも出入りしてるからね〜」

「これは一握りって事か・・・はぁ〜ぱねぇな」

「全校生徒中、一般生徒の方が少ないからね」


 二人はズラズラと出てくる派手な男子やら取り巻きを連れた女子達を眺めつつ先を急ぐ。駐輪場には一般生徒しか居ないが、駐める位置は早い者勝ちだ。校舎に近いところへ駐める者やら正門に近いところへ駐める者が割と多い。

 中程は空きが多く、それも次々と通学してくる学生でごった返していく。中には近隣から徒歩通学してくる者の居るが、それは極少数だ。

 二人は自転車を中程に駐め校門に移動する。

 日明あきらは隣を歩く夏海なつみに次なる質問を行う。


「ところで部活ってどうなってるんだ?」


 興味本位というかこの後に行われる案内では聞くに聞けない事だからだろう。夏海なつみも空気を読んで、楽しげに答えた。


「一般生徒で活動している者は少ないね。近くに居る子が大半かも。寮のある場所から遠いっていうのもあるけどね」

「ということはお嬢様達だけが活動しているって事か」

「ご子息達もだね・・・」


 夏海なつみは頼られる事に内心で喜びつつ苦笑した。ご子息と発した直後、嫌な者を見たと視線をそらしたが。そこには夏海なつみのクラスメイトだろうか? 花束を持った男子が立っていた。


「どうした?」

「ううん。なんでもない」


 夏海なつみは見なかった事とし日明あきらの左腕を抱く。派手系少女と地味系男子というアンバランスな組み合わせだ。

 周囲の目を引くというのはこのことだろう。

 しばらく進むと校門前に二人の女子が陣取っていた。一人は見覚えのある茶髪ロールヘア。

 一人は憤然とした表情の茶髪ポニテだった。

 否、二人ともが憤然とした表情だった。


夏海なつみさん・・・それはどういう事なのかしら? 弁明はあるかしら?」

「妹といっても、それはやり過ぎじゃない?」

「おはようございます、先輩方。どうやり過ぎなのでしょう? 兄妹のスキンシップですよ」

「極力関わらないんじゃなかったの?」

「それは校内だけでしょう? 大体、一年生と二年生では学生棟が違いますし、私が行き来出来ない事もご存じですよね? 例外は今宮いまみや先輩だけですし」

「確かにそうね・・・私だけが例外ね?」

「お嬢様、私もです!」

「それも今回だけよ? 担当を一時的に果菜はなさんと代わって貰っただけなんだから。今頃あの子もゆうさんのドジに巻き込まれてないかしら? 心配だわ〜」

「そ、それは悪かったとは思いますけど・・・」


 茉愛まいは微笑みつつ扇子を取り出し口元を隠す。


「そうそう。悪いと思うなら──」


 立ち位置を日明あきらの隣に改めた。

 夏海なつみと同じく日明あきらの右腕に抱きつこうと思ったようだ。

 だが、その直後・・・唐突な突風が発生した。


「「きゃあ!」」


 それは朝の天気予報で、ところによって荒れるとあったのだ。夏海なつみは咄嗟に腕を放し、スカートを押さえる。茉愛まいも大慌てで押さえる。その風は夏海なつみのようなミニはともかく茉愛まい達の膝丈スカートでも捲れる風だった。


「!!?」


 一方、威風堂々としていたのは茶髪ポニテの優希ゆきだけだった。否、何らかの思惑を思案し過ぎて捲れた事に気づいていなかった。

 驚愕顔の日明あきらは咄嗟に反対を向き、オドオドと優希ゆきに謝る。

 動悸が荒れたように右手で胸を押さえて。


「す、すまん」

「? どうして貴方が謝るのですか?」


 優希ゆきは思考から引き戻されたのかきょとんとしつつ首を傾げる。

 日明あきらのキョドりを見た夏海なつみ茉愛まいいぶかしげな視線を優希ゆきに向ける。

 荒れ狂う風は未だにあり、スカートを押さえる二人は唖然とした表情に変わった。


「「はぁ?」」


 が、その直後の二人の行動は早かった。


夏海なつみさん、とりあえず休戦です」

「そうですね、先輩」


 夏海なつみ茉愛まいは真剣な表情に変わり優希ゆきの捲れたスカートを片手で掴みつつ中へと侵入する。

 自身のスカートは反対の手で押さえたまま。


「私がストッキングを脱がせますので」

「はい。予備の紐パンを穿かせます」

「ちょ、ちょっと! 二人してなんなんですかぁ!」

「ところで先輩。これ・・・入りますかね?」

ゆうさんのお世話に尽力しすぎて、疎かになっているのかしら? これは女の子としてどうなのでしょう?」

「まるで・・・タワシですよ。なんとか納めましたけど」

「これは夕方にでもエステサロンに連れていきましょうか。予約は私が取っておきますから」

「それがよろしいでしょうね。残念過ぎます」

「二人して何を話しているのですか! 人のスカートの中で!!」


 優希ゆきはその場で硬直したまま赤面していた。優希ゆきのスカートの中で会話する二人の小声は周囲には聞こえていない。

 風の猛威が未だにあり、誰もが夏海なつみ達と同じような体勢で身を屈めていた。


「やはり冷水をぶっかけ過ぎたから、感覚が鈍感になったとか?」

「それだと夏海なつみさんも同類になりますよ? 同じくらい掛けられてますし」

「ですよね・・・なんでなんでしょう?」

「お世話に気が回り過ぎて、自己犠牲精神でも育ったのでしょうか?」


 なお、日明あきらにも会話は聞こえておらず日明あきらは反対を向いたまま見てしまった物を反芻するしか出来なかった。


(く、黒いパンストだけ・・・彼女は露出性癖でもあるのだろうか? 昨日もパンストの下は何も無かったし・・・俺、死期が近いのか? 流石にそれは嫌だなぁ・・・)



 


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