第8話 記念撮影と遭遇。


 制服が届いた日明あきら夏海なつみや母の目前で新しい制服を着込む。

 自室で着替えても良かったが、二人は気にしない素振りだったため、リビングで着替えた日明あきらだった。

 実はこの後、生徒手帳の写真を撮る事になるのだが、撮影は母の店で行う事になっている。

 今は消灯した時間帯。寮生達が各自の部屋で眠っている頃合いだ。

 すると夏海なつみが不服とでもいうような表情で日明あきらに問い掛ける。


「なんで普段の髪型にしないの? 今のままだとモテないよ? これじゃあキモいお兄ちゃんじゃん」

「この子はモテようとは思ってないわよ。そうでなくてもガタイが良いから、目をつけられる事を避けているだけだしね?」

「あ、ああ」

「そんなにキョドらなくても。でも、目をつけられるって?」

「何処の学校でも居るでしょう? 少し見ただけで難癖をつける輩が。肩が当たっただけでも喧嘩を吹っかける輩が」

「あ〜。クラスにも居るね・・・マンモス校だからか知らないけど、一番を張りたがるバカが各クラスに数人は居るわ〜。喧嘩バカともいうけど」

「そういう手合いがクラスメイトに居ないとも限らないから。なによりこの子の素顔ってすっぴんの夏海なつみだし」

「うぐぅ・・・た、確かに出したら駄目だわ」


 流石の夏海なつみもすっぴんを示されればぐうの音も出ないようだ。日明あきらの場合、野暮ったい髪型に伊達眼鏡が追加され完全に別人という様相に変わる。

 その素顔を晒すのは自宅だけだ。

 夏海なつみは不服だったが、今は致し方ないという表情に変わり──、


「学校では極力関わらないようにしましょう」


 渋々という反応を日明あきらに示した。日明あきらと母は何を今更かという表情で苦笑していた。日明あきらからすればスマホのブロックが残る以上、妹と関わる事すら叶わないのだから。

 その後の日明あきらは制服を着たまま母達と共に渡り廊下を歩く。本来なら共用スペースに向かうのは紹介後となっていたが寮生達との予定が合わず後日という話になったのだ。

 日明あきらは先んじて共用スペースに出た母と夏海なつみをみつめつつ渡り廊下の扉前に佇む。

 そして扉を開けた母の手招きを受け──、


「早足で扉を通って」


 階段下で警戒する夏海なつみの隣をスルリと抜ける。夏海なつみは二階と廊下側の気配に気を配り、ゆっくりと扉を閉めた。

 そこは現像機が置かれた更衣室だった。

 母は奥にある証明写真スペースに移動する。

 夏海なつみは現像室の準備を行った。

 今が夜中なので現像機を使う事を避けたらしい。大きな音が響く事で寮生達が起きるから。

 夏海なつみは準備を終えると黙って待機している日明あきらに声を掛ける。


「時間的に消灯してるけど、寝られない勢がトイレに籠もるから、なるべく静かにね?」

「ト、トイレって?」

「いろいろあるの。女の子として」

「く、詳しくは聞かない」


 日明あきらとしても藪を突く真似はしたくないようだ。二人は母の準備が整ったとして、更衣室の奥に向かう。


「それがいいよ。幻滅するのはお兄ちゃんの勝手だけど」

「まぁ・・・女の子に幻想は抱いてないから」

「そう? 私は別だよね?」

「は?」


 日明あきらは伊達眼鏡を掛けつつ、鏡で身なりと整える。今回はフィルムでの撮影となるため何度も撮らせる訳にはいかなかった。

 そして椅子に座りながら夏海なつみの問い掛けに応じた。ものすごくゲッソリとした表情で。


「いや、先日・・・酷い冤罪事件を目撃したからな」

「冤罪事件・・・もしかして?」

「何か知ってるのか?」


 日明あきらからの返しを受けた夏海なつみは困ったように唸る。夏海なつみは何かを知っているような素振りだった。


「う〜ん」


 しかし、その返答を得る前に母が現れ撮影が開始された。夏海なつみは母の真横でレフ板を構える。


「あとで教えるけど・・・とりあえず、顔作ったら?」

「おぉう。忘れてた」


 日明あきら夏海なつみに促されるがまま真顔を作る。笑顔でも良いが生徒手帳でそのような写真を使っても需要はない。

 母は真顔となった日明あきらの表情と立ち位置を把握し、シャッターを切った。

 母はフィルムの枚数を確認し──、


「一応、一枚だけと思ってたけど数枚撮りましょうか。素顔も一緒にね」


 日明あきらがきょとんとなる言葉を吐いた。日明あきらは終わったと思いつつ席を立っていた。


「え?」


 母はきょとんとなる日明あきらに対して座るよう促す。フィルムを巻きレンズ調整を行いながら。


「撮り直しがくるかもしれないじゃない。近い将来、素顔で過ごす事になる可能性もあるし」

「お兄ちゃん! それがいいよ!」

「まぁ・・・仕方ないか」


 日明あきらは言われるがまま、予備の一枚を撮影し、素顔も撮影した。髪は夏海なつみがきれいに纏め、少し遊ばせる風合いで撮影された。

 母はフィルムを取り出して現像室に向かう。

 その間の夏海なつみは──


「さっき言ってた常習犯、寮生かも」


 後回しとしていた話題をぶちこんだ。

 日明あきらは伊達眼鏡をケースに収めていたが、その一言を受け唖然とした。幸い、ケースは落とす事なくブレザーの中へと片付けていたが。


「寮生が常習犯? え、冤罪事件をあちこちで行う?」

「あちこちって訳ではないかも。主にナンパ相手に行うから。でも注意だけはしておいてね」


 日明あきらは唖然としたまま心のメモ帳に残した。仮に関わる事があるとしても極力避けようと。もっとも危険な誰かとして。


「そうだな。そんな危険人物が近くに居るなら気をつけるに越した事はないか・・・」

「危険人物・・・(ごめんね。優希ゆきねぇ。そのまま危険人物として忘れさられていてね・・・)」

 

 それからしばらくすると、母が満足気な表情で戻ってきた。現像がうまくいったらしい。

 一応はプロなので失敗は無いが、デジカメと違って撮り直しが利かないため、この反応は致し方ないだろう。

 母は店側に移動し──


「今から切り抜くから少し待ってね」


 写真を慣れた手つきで切り抜いていた。

 切り抜いた写真が出来上がると、防犯システムを稼働させて更衣室に戻る。

 日明あきら達は母の手元に視線を向けつつ近づいた。


「どんな感じになったの?」

「どれどれ?」

「眼鏡を付けた方は学生って感じね。こちらは少し大人っぽい雰囲気かしら」

「へぇ〜。お兄ちゃん、こっちがいいよ」

「眼鏡は駄目って事かよ?」

「だってぇ〜。地味で暗いし〜」

「暗いとか言うな! 俺はこっちでいいよ」

「要らないの? それなら私が貰っとく! いいよね? 母さん」

「またなの? まぁいいわ。ホントお兄ちゃんが好きよね〜」

「別にいいじゃん!」


 日明あきらは妹の不可思議な反応を微笑みつつ眺め、ネクタイを少し緩める。この学校のネクタイは自分で結ぶタイプだったため慣れない内は歪む事が確定している代物だった。

 日明あきらは扉の取っ手を握り、夏海なつみと共に共用スペースへと移動する。


「さて、戻るか」


 母は二人の背後で電気を消していた。

 すると夏海なつみが渡り廊下に向かう前に、二階へと視線を向ける。


「直ぐ渡って。誰かこちらに向かってきてる」

「お、おう」


 日明あきら夏海なつみに促されるまま渡り廊下の扉を開けて大急ぎで母屋に向かう。共用スペースに残った夏海なつみは母を待ちつつ降りてくる者をみつめる。

 降りてきた者は、ピンク色の薄手シャツを着た、茶髪ロールヘアのお嬢様だった。


「あら? こんな時間に何をしていらっしゃるのかしら?」


 ノーブラの胸をユサユサと揺らし、薄暗い共用玄関を悠然と歩く。夏海なつみ日明あきらを急かして正解だったと思いつつも降りてきた者に応じる。


今宮いまみや先輩・・・いえ、母の手伝いでして」

「そう。寮母さんも大変よね〜」

「それで先輩は?」

「お風呂場にショーツを忘れてしまってね。ほら? 今は下に穿いてないから〜」

「さ、晒さないでくださいよ!」

「この寮には同性しか居ないし、気にしても仕方ないでしょう?」


 それを聞いた夏海なつみは羞恥心を呼び覚まそうと呆れ顔で諭した。彼女・・・今宮いまみや茉愛まいは商業科所属であり、日明あきらと同年代の女子高生だ。


「仕方ないで晒して、お客さんが来たらどうするつもりですか?」

「こんな時間に来客は無いわよ?」

「なくても慎みというものを持って頂きたいものです!」

「慎みねぇ? それを貴女が言うのは少々おかしいのではないかしら? Tシャツとノーブラの胸、紫のショーツが丸見えの格好だもの」

「私の事はいいんです!? 晒すものが限られてますし。胸は無いですし!(自分で言ってて悲しい・・・)」

「それなら私でも一緒でしょう?」

「先輩は一枚脱げば裸じゃないですか!」


 すると、そんな二人の言い合いの最中、母は何食わぬ顔で素通りしつつ一言添える。


「声量を抑えなさい。寝てる者も居るのよ?」

「「あっ」」

「それと・・・今度から母屋に離れて暮らしていた長男が住むから、恥ずかしい格好で出歩かないでね。同年代の女の子が布一枚で歩き回る事って、凄い恥ずかしい事だと思うから」

「母さん!?」


 その一言を受けた夏海なつみは心配気になる。茉愛まいはきょとんとしつつ訝しげに問い掛ける。


「え? ど、どういう事ですか?」

「そのままの意味よ。今後は異性の目に触れる事が多々あるから、ほどほどにね。明日、全員にも紹介するから」

「もしかして、先日のお願いって?」

「ええ。紹介しようにも用事があるって誰もが聞かないから。あまり待っても、今のままじゃ、あの子が窮屈な目に遭うからね?」

「それって決定事項なんですか?」

「決定事項ね。学校からも許可を得てるわ。貴女のお爺さまからも」

「そ、そうでしたか。わかりました」


 お爺さまという言葉を受けた茉愛まいは真っ赤な顔で頷いた。異性に見られる恐れがある・・・それだけで恥ずかしいという感性が目覚めたようだ。夏海なつみは急激な変貌をみせられ、疑問気な反応を示す。


「どういう事? 理事長がなんで?」

「さぁね。理由は分からないわ。ただ、先日の面接時に好印象を得たのは確かみたい」


 母は店の扉を施錠しつつ答えた。

 すると茉愛まいきょとんとしつつ夏海なつみの母、愛海まなみに対して問い掛ける。


「え? 面接したのですか?」


 愛海まなみは実にあっけらかんと答えた。困り顔の夏海なつみを撫でながら。


「ええ。編入試験でね」

「編入試験・・・もしかして?」

「商業科ではないわよ。普通科の生徒だから。ある程度は私から説明してるから寮長として説明することは無いと思うわ」

「そう、ですか。わかりました・・・」


 どうも茉愛まいがこの寮の寮長らしい。格好こそ痴女のようだが、その表情は真面目なものに変わっていた。最後は少し勿体ないというか寂しそうにしていたが。



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