第7話 面接と前祝い。


 それから数日後。

 日明あきらは母に促されるまま夏海なつみが通う私立高校の門を潜った。


「でけぇ・・・」

「それはそうでしょう。ここら一帯の学生が通うマンモス校だもの。元々は女子校だったけど共学化した直後に生徒数が膨らんだのよね〜」

「そうだったのか。俺には無縁と思っていた場所だから、改めて入るとなると尻込みするわ」

「今までなら無縁よね。生活苦の末に県立高校だったから。それはそうと通うのは今までと同じ普通科でいいわね?」

「ああ。商業科とか家政科って言われてもピンともこないし他科への転科は出来ないだろ?」

「出来ない事もないけど、あまりオススメは出来ないそうよ。一年で転科するならまだしも、二年だと基礎よりも応用に変わるらしいから」


 日明あきらは創立記念日という学校の休日に門を潜った。格好は華美ではない私服を着込み、髪の毛はいつも通りの地味で決めた。

 そして同じく私服姿の母と共に校内を進む。

 日明あきらはお上りさんの如く、キョロキョロと校内を歩く。


「だろうな。しかし、でけぇ・・・」


 それを見た母は終始苦笑しっぱなしだ。

 本日は休日だからか校内は人っ子一人おらず部活動を行う者達も居なかった。完全なる休日の様相を呈しており、自分のために休日返上となった教師に悪いと思う日明あきらだった。


「ほんとに今日なんか? 平日の方が?」

「平日は平日で忙しいそうよ。マンモス校だから教師は余るほど居るけど全員が何らかの役職を持ってて暇ではないそうだから」

「そういう事なのな」


 そう、今日は日明あきらの編入試験を行う日だ。事前に県立高校から転校する旨の書類を受け取って送付してある。書類審査の結果は合格。奨学生の話も継続可能だった。

 そして筆記試験は不要という扱いだった。

 これも両校が同じ自治体だから出来る事でもあるのだろう。なお、本日行うのは面接だ。

 見た目のうえでは少々野暮ったいが人柄を見れば問題はないだろう。

 なにより〈みなと寮〉の寮母の息子だ。

 女子寮と化した建物内に男が加わるのだ。

 それであれば尚のこと人柄を知らせる必要があるだろう。本来なら男子寮に住まわせる必要があるが、何処も一杯で住めないそうだから。

 試験会場のある建物に入ると日明あきらは母と共に廊下で待機する。日明あきら自身は今更緊張する事は無いが、この静寂な空間は喧噪ある学校とは別物という印象を持ってしまう。

 しばらくすると中から女性の声が響く。


みなと日明あきらさん。どうぞ」

「しっかりね」

「お、おう。行ってくる」


 母の小声の激励を受けた日明あきらは扉をノックし教室内へと入室する。

 そこに居たのはズラリと並ぶ──、


「ようこそみなと君。では、今から面接を行う」


 教師とは別種のお偉方だった。

 日明あきらは教師だと思っていたのに目前に居たのが、学校の経営者達だったから内心、唖然としてしまった。それこそ顔に出していない事を褒めたい日明あきらだった。

 その後の面接は当たり障り無い内容から人柄を示す内容まで多岐にわたった。一種の心理合戦の様相であり、日明あきらは間を置かず聞かれた通りの回答を即座に答えた。

 地頭は良し。器量も良し。見た目は野暮ったいが派手とは無縁の姿のため、不必要に風紀を乱す事はないと、面接中なのに各自から感想を語られた日明あきらだった。

 面接を終えた日明あきらはお辞儀しながら教室を出る。


「失礼いたします」


 内心ではヒヤヒヤしつつ教室外に出ると、母が女性の誰かと会話していた。


「終わった?」

「なんとか。ところでそちらの方は?」

「他の寮の寮母よ。もなか寮のね」


 母は日明あきらが出てくると、もう一人に目配せし移動を始める。この場に居続けても中に居る者達の迷惑になるからだ。


「もなかじゃないわ〈さなか寮〉よ」

「そうだっけ?」


 母はきょとんとするが、相手は苦笑気味に応じた。歩きながらでの自己紹介となったが。


「漢字をあてればそう読めるだけよ。どうも初めまして〈さなか寮〉の寮母です」

「こちらこそどうも、みなと日明あきらです」

「それで、面接の感触はどうでした?」

「なんとも言い難いですね。結果は後日との事ですが」

「難しかったの?」

「飛び交うように質問が飛んだから。間違えないようフル回転させたから、甘い物食べたい」


 日明あきらは本当に疲れたのだろう。

 緊張はしていないが、少しだけ気を張っていたようで頭を振りながら応じていた。

 母は〈さなか寮〉の寮母と顔を見合わせ苦笑しつつも昇降口へと向かう足を余所へ向ける。


「時間も時間だし、開いてるわよね?」

「教職員用なら開いてるでしょ?」

「???」

「この際、前祝いでも行いましょうか」

「前祝い? まだ合格した訳じゃないだろ?」

「そうでもないわよ?」

「へ?」

「これがもし教師達の面接なら本当の意味で試験なんだけど、中に居た御仁達を思い出せば」

「今回は寮に住んで問題ないかの判断ね。ある意味で女子寮同然の〈みなと寮〉に男の子が一人だもの。問題が起きたら大変だから」

「この子の場合、女の子より単車に跨がる事を望むから問題はないわ。残念な夏海なつみのおかげで女子の免疫もバッチリだしね」

「あ〜。そういう事なのね〜」


 日明あきらからすればどういう事やねんな話だが、母と〈さなか寮〉の寮母は言外の意思疎通が出来ているのか、ニコニコと会話を弾ませていた。日明あきらは、この時の会話から両者が同年代である事を知った。


「大体、清水さんが面接官に居る時点で」

「ええ。寮関係だって分かるわよね。本来なら私も面接官だったのよ? いざ来てみればあの子が居るじゃない? 予定が一瞬で消えて手持ち無沙汰になったわよ」

「それはまた・・・」


 日明あきらは母達の背後を進みながら二人の会話に耳を傾けていた。ある意味で面接官の一人がこの場に居る。日明あきらはなんとも言えない気分で付いていく。

 三人が着いた場所・・・パッと見が学食っぽい建物に入ると、母は関係者の黒いカードを取り出して食券機の前で決済していた。

 〈さなか寮〉の寮母も同じく決済し、甘味を注文していた。日明あきらはお任せしていたので二人と共に四人掛けのテーブル席に座る。


「味は保証するわ」

「貴女が作ったわけではないでしょう?」

「い、いただきます」


 日明あきらは母に促されるがまま目の前に置かれた白玉餡蜜を頂く。緑茶と共に置かれたそれは日明あきらの脳髄に贅沢な糖分を与えていった。満足そうな日明あきらをみつめる母と〈さなか寮〉の寮母。

 二人も同じように白玉餡蜜を頂きつつ──、


「たまにきて食べてるもの。学生用とは違うから、風味は異なると思うけど」

「食べてるって・・・本業で?」

「もちろん。寮の事ではめったに来ないわよ」

「それもそうね。実質委託みたいなものだし」


 日明あきらが知らない事情を語る。

 同業だからこそ知る事情なのだろう。

 しばらくするとテーブル上に置いた母のスマホが震える。母はスマホのメッセージ画面を開き、満面の笑みで大いに喜んだ。


「あら? 結果が出たから、このまま制服の採寸を行いましょうか」


 日明あきらはごちそうさまを行ったのち、きょとんとしつつ母に問い掛けた。


「え? もうでたの?」


 〈さなか寮〉の寮母も呆気にとられた表情から微笑みに変える。そして母に対して意味深な言葉を返した。


「流石だわ。さて、私もそろそろ戻るわね。寸法が分かったら連絡頂戴。予備で賄えるなら直ぐに届けさせるから」

「ええ・・・」


 それは忙しくなりそうだとでもいうような早足での移動だった。後片付けを母に一任し、そそくさと外へと出ていった。母は呆然と応じ仕方ないとでもいうように後片付けを行った。


「まぁ副業で任せているし、仕方ないわね」

「母さん? あの方って?」

「寮母である前に洋裁店の店長よ。学校に卸している制服の全てを担ってるの。先ほど予備と言ったのは女子制服と違って、男子の物は余程の事がない限り、直ぐに出来るという意味ね」

「それで・・・採寸は?」

「今から購買に向かいましょうか。そこで計測出来るから」

「お、おう」


 その後の日明あきらは採寸を終えたのち、母の車に乗って自転車を買いに向かった。

 肝心の編入は創立記念日から三日後の月曜日となり教科書も制服と共に寮へと届けられた。




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