第6話 日課と新生活の恐怖。


 そして夕方。

 母の助手として働きまくった日明あきらは帰り道にもあれこれ買い物を済ませ、疲れた身体に鞭を打ち、バイト先まで送って貰った。


「帰りは何時頃?」

「閉店が二十時だから、昨日と大差ないかも」

「そう。今日も歩き?」

「ん〜?」


 日明あきらは母の問い掛けに対し、修理場を覗き見る。

 そこには店長が両腕で丸を作っており──


「単車の修理が完了・・・してるみたいだから、昨日よりは早く帰ると思う」


 疲れが見える顔のまま笑顔を作る日明あきらだった。母は店長と顔見知りなのか、笑顔で会釈だけしてエンジンを始動させた。


「わかったわ。それと・・・新しい住民票を渡しておくから、車検証の変更を依頼しておきなさいね」

「ほーい」


 日明あきらは離れていく車を見送り、店内に入る。更衣室に入ると整備士見習いのツナギに着替える。

 整備は店長や正社員が行い、その手伝いを行っているに過ぎない日明あきらだった。

 すると店長が更衣室に顔を出し──、


「まさかとは思うが・・・さっきのは彼女か?」


 ニヤニヤ顔で問い掛けていた。

 日明あきらは若干引いた顔で振り返り年齢だけ明かす。


「店長・・・彼女に見えます? 御年四十七才の妙齢な女性が?」


 それは息子だから知る、母の実年齢だ。

 本人が聞けば日明あきらの背後から張り手くらいはするだろうが。

 すると年齢を聞かされた店長はきょとんとした。


「へ? みなとさんって四十七才なの? そうは見えない見た目だわ・・・」

「店長・・・言っておきますけど。いえ、引っ越したので、住民票を渡しておきますね」


 日明あきらはヤレヤレという素振りで首を横に振り封筒に入った住民票を手渡した。


「住民票? あぁ。使用者情報の変更だな。分かった・・・ん? 名字が違うぞ? お前、小湊こみなとだろ? 何で小が消えてるんだよ」


 日明あきらは店長と共に更衣室を出る。

 その際に昨日の出来事を軽い調子で打ち明けた。


「何でって、いろいろあって実父が失踪したので、母の家に引っ越しただけですが?」

「失踪!? というか母って・・・まさか?」

「ええ。そのまさかです・・・みなとさんって先ほど仰有ってましたよね? 店長は彼女とか言ってましたけど、俺の母ですから」

「お前、みなとさんの息子だったのか!?」

「紆余曲折経て離婚してますからね・・・俺は父方の方に引き取られて、最近捨てられましたから」

「そうか・・・それは不運だったな」

「いえ、むしろ幸運でしたね。単車を壊した者と離れる事が出来たので」

「そ、そうだな。愛好家にとっては最悪の部類だものな。そういう事なら早急に手続きしておこう」

「たのんます。店長」


 そう、日明あきらにとっては不運が一転幸運となった。単車を愛さない者と一緒に居るという事は再度壊される恐れがあったのだから。その点、母は大型免許を持つ者でもあるため、クズよりは幾分マシである。その見た目に反して整備士資格まで持っているのだから。


「「「おつかれっした!」」」

「全員、気をつけて帰れな〜!」


 その後の日明あきらはいつも通りの仕事を熟し、無事に退勤となった。単車の修理は完了しており、使用者変更もオンラインであっさりと終了した。この修理も給与天引きなので少しばかり収入が減るのは致し方ないだろう。

 今後は家賃を払わなくて済む分、少しばかり余裕が出るだろうが。

 帰路に着く日明あきらはエンジンを吹かしながら不意に思案する。


(そういや着の身着のままで来たから寒いな)


 それはジャケットを家に忘れた。

 否、アパート火災に巻き込まれて灰となってしまった。日明あきらは速度を少し落とし、途中にある洋服店に入る。このまま家に戻ると寒々しい気分になるからだ。一応、昼間の内に資金も下ろしていたので、購入する事は可能だ。どれだけ購入するかは要相談だが。

 店に入った日明あきらは服を物色する。


「流行はともかく、寒くない物を・・・って春物しかねーな。時期的に夏物も出回る季節か。こりゃあ長袖を中心に選ぶか。ジーパンを数着と下着、靴下とデイパックも忘れずに」


 結果、購入物品は結構な物量になった。

 日明あきらは支払いを済ませた後、駐輪場にてデイパックだけ取り出して中に購入品を納める。薄手の上着もその場で羽織り、ヘルメットを被った。すると店外の一角に紺色ブレザーを着た女子達が騒いでいた。


「ですから! わたくし達は貴方方とは付き合えません! 門限だってあるのですから!」

「門限なんて無視すればいいじゃねーか」

「そうそう。どうせ暇してたんだろ?」

「買い物してないし、見て回るだけなら俺たちと遊んでくれたっていいだろ?」

「はぁ〜。部活帰りで立ち寄って直ぐに買い物も何もないでしょう!? 入ろうとした矢先に声を掛けてきておいて、その言い草はおかしいのでは?」


 日明あきらはヘルメット越しにミラーをみつめ状況を注視する。


「あれはナンパか。こちらの制服は近くの底辺高校か? 程度が知れるとはこの事か」


 注視はするが干渉しようとは思っていないらしい。ここで日明あきらが出張ったとしても何も出来ない。紺色ブレザーは例の私立高校の生徒であり、おかしなタイミングで顔見知りとなるのは危険に思えたのだ。

 日明あきらはエンジンを吹かしつつ、ヘルメットのシールドを下げて駐輪場から歩道に出る。仮に日明あきらが何かしようがしまいが仲裁というか護衛が出張るのだから手出しは無用だ。


「お嬢様に何をしておいでですか?」


 これは在校生である夏海なつみから聞いた紺色ブレザーの対処法だった。


「なんだてめぇ?」

「俺たちの邪魔するなよ」

「関係ない者はおととい来やがれ」


 護衛も同じ女子制服を着ており、リボンの色だけが異なっていた。ナンパに遭っていた女子生徒は赤色、声を掛けた者は青色、普通科の夏海なつみ達は水色で学科毎に異なる。

 赤色は商業科。青色は家政科だ。男子の場合はネクタイがその色で統一されている。

 他校の男子の発言を聞いた女子はため息を吐きながら返答した。


「それはそっくりそのままお返ししますね」


 だが、話は通じておらず逆にしげしげと覗き見られる始末である。


「よく見ればお前もいい女じゃねーか」

「一緒に遊ばねぇ?」

「俺たちと良いことしようぜ?」

「下半身に脳みそがあるような言い回しですね・・・警察を呼びましたので、そのまま捕まってください。婦女暴行未遂という事で・・・キャー!? 痴漢よ! 助けて!!」


 その直後、周囲に人だかりが出来る。


「「「はぁ!?」」」


 声を聞いた者達は男子達を相手に冷ややかな視線をぶつける。日明あきらはその光景を眺めつつ南無さんと心の中で念じた。

 シールド越しの表情は女子が怖いとでもいうような怯えが見え隠れしていた。

 それまでは、お手並み拝見というようにエンジンの暖機運転を行っていたが警察が来たところで車道に出た日明あきらだった。


「冤罪こえぇぇ・・・間違ってもあの学校の生徒をナンパするもんじゃねーな。やっぱ、女より単車に跨がるほうが無難だわ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る