第5話 寮の内観と学校。


 寮生が出払った〈みなと寮〉は閑散としていた。全員が出払った事を確認した母は母屋の廊下のカーテンを全て開ける。そこには夜の内に見えていなかった大きな庭が拡がっていた。

 一見するとフットサルでも出来そうな一面緑の芝生だった。実際に窓ガラス寄りにはネットが張れるポールが何本も立っており相当な額の金がかかっている風でもあった。

 リビングから自室に戻る最中の日明あきらはリビングに戻る母と入れ替わるように廊下を歩む。


「ほへぇ〜。マジか・・・」


 言葉で聞いてたよりも大きな造りとなっている女子寮・・・余程の事が無ければ行くまいと思ってしまう日明あきらだった。

 余程の事とは男手が必要な力仕事だけだろう。もっともそういう仕事があればの話だが。

 廊下から自室に戻った日明あきらは手持ち無沙汰で自身の部屋を見渡す。


「母さんが店を開けて、従業員が来るまでは動けないか。勉強道具も無いし、何するか? スマホでソシャゲしか出来ないな」


 布団は敷きっぱなしだが、現状何も無い部屋ではどうする事も出来ない。宿泊研修で勉強でも出来ていれば問題は無かったが、この研修は一・二年だけが強制参加する勉強とは無縁のイベントだったため後悔しても意味は無かった。

 日明あきらは寝間着から私物に着替える。布団に寝転がり時間が来るまでのほほんと過ごす。幸い、私服の何着かは研修中に着ることがあったため、困る事は無かった。

 すると日明あきらは布団の中に違和感がある事に気づく。


「ん・・・この感触は?」


 布団の中をごそごそと探る日明あきらは、ピンクのブラジャーを拾い上げてしまう。

 おそらく夏海なつみが脱いで放置した物だろう。日明あきらが着く前に夏海なつみは風呂に入っていたようだから。


「あんにゃろう・・・脱ぎ癖は相変わらずかよ」


 日明あきらは布団を全て捲り、ブラジャー以外にもショートパンツがある事に気づき、拾い上げながら部屋を出て夏海なつみの部屋の扉を開ける。本当なら勝手に入る事は許されない行為だが、忘れ物を届けにきたように放り投げるだけにした。後で怒られるのは確定しているだろうが、自室に女物の下着が残る事だけは避けたかったようだ。


「女子寮っていうから油断ならんし。変な疑いは掛けられたくないぞ?」


 日明あきらはそう呟きながら自室に戻る。すると、ガレージの方で大きな音がする。

 日明あきらはガレージが見える窓を覗き込み音のした方をみつめる。


「ん? 従業員が来たのか。従業員もガレージに自転車を置くんだな」


 そこには年増・・・と呼べそうな見た目の女性が自転車を置いていた。若干、頭が痛そうな素振りで、ガレージ脇の扉から室内に入る。

 日明あきらは気づかれないよう顔を隠して自室に戻る。こそこそしているようだが、こればかりは仕方ないだろう。この家に住むことになったのは昨日からなのだ。日明あきらが店舗前に居たのは閉店後。

 その時点で従業員も帰宅していたから。


「でも・・・何処かで見た事のある人だよな? 誰だっけ?」


 そう、ボソッと呟くと──、


あかねちゃんなら何度も会ってるでしょう? お酒を飲むと脱ぐ癖があるウチの姪っ子だけど」


 半開きの扉の脇から母が顔を出した。

 従業員が来た事で出かけられると踏んできたらしい。日明あきらはその名前を聞いて思い出す。それは日明あきらの従姉の名前だ。


「あ、あかね!? 行き遅れの!!」

「その行き遅れね。まだ貰い手が無いから毎晩お酒で愚痴りまくりよね〜。酒さえ飲まなければ貰い手もあるのに飲んで脱いで醜態を晒して・・・毎回ごめんなさいされるという・・・」

「変わらないんだ・・・」

「あれから数年経ってるけど変化はないわね。三十路なのに」


 日明あきらは母の嘆きを聞き、ブルッと身体を震わせた。日明あきらもある意味で狙われている。母方の親族は男が少ない。

 大半は成人で未成年の男子は日明あきらだけとなる。その成人の従兄衆も結婚しており未婚という意味でも日明あきらは狙われているのだ。あと一年経てば結婚が可能になる。年の離れた従姉が狙うのだ。

 それほどまでに恐ろしい事はないであろう。

 日明あきらは何としてでも顔を合わせまいと決意する。せめて合わせる時は夏海なつみがキモいとする何時もの姿で居ようとも思った。

 母はそんな日明あきらの決意を知ってか知らずか、実にあっけらかんと手を振った。


「ま、近いうちに紹介するし、その時までに覚悟だけは決めておきなさい」

「うへぇ」

「さて、出かけるわよ。準備は朝の内に済ませているから、車に乗るだけでいいわ」

「へーい」


 日明あきらは母に促されるまま、着の身着のままで部屋を出る。手荷物はスマホと財布だけ。当面の資金はキャッシュカードで下ろせば済むため、折りを見て生活費だけでも手渡すつもりのようだ。

 日明あきらは助手席に座り、ガレージが開くのを待つ。このガレージ扉も自動のようで、開ききると朝日の眩しさが目に刺さった。

 母は扉が開くとエンジンを始動させる。


「今日は隣の市役所を回って、その足で撮影に向かうから。昼は何処かで昼食としましょうか」

「母さんに任せる」

「希望を言ってもいいのよ?」

「俺がスケジュール管理してるわけじゃないから、希望が通るか分からんだろ?」

「それもそうね。まぁ・・・今日はさほど大変ではない撮影だから問題はないでしょ」

「大変ではない・・・ねぇ?」


 日明あきらは荷台に積まれた機材を見てゲッソリする。大変ではないと言いながら結構な台数のカメラや機材が積まれていた。

 一体、何処の撮影をするつもりなのか?

 それだけが謎と思う日明あきらだった。



  §



 一方、補習に間に合った夏海なつみは補習後の教室内をジッとみつめて不意に思う。


優希ゆきねぇの昨日の動き。絶対、気づいてたよね・・・鼻は利く割に男運だけが無いから、お兄ちゃんが巻き込まれないよう気をつけないと。あかねさんは・・・放置一択でいいね)


 これからホームルームが開始されるのだが、夏海なつみの真剣な表情を見たクラスメイト達は別の意味で騒がしかった。


「何かあったのかしら? 夏海なつみが珍しい顔をしてるけど?」

みなとさんは今日も可憐だ・・・」

夏海なつみがあの顔をする時って」

「他校に通う、お兄さん絡みよね・・・?」

みなとさんに御兄様が居るだと!?」

夏海なつみといい澤田さわだ先輩といい、ああいう顔をする時は決まって男関係だものね・・・」


 それは一般中学から一緒に受験した友達だ。

 一名ほど派手な容姿の男子が会話に参加しているが、全員から完全無視されている。


「その二人も犬猿の仲だけど」

澤田さわだ先輩は男運なさ過ぎて、毎度クズを拾っては捨てられてるしね・・・」

「違うって。あれは世話好きなだけで、付き合うとかいう話じゃないらしいよ?」

「そうだっけ? 先日も九頭くず先輩から捨てられていたよね? 幼馴染以外とは関係を持ちませんって大声で叫んで、それなら不要って事になって」

「聞いた聞いた。どうせその幼馴染もクズでしょう? あの先輩って見る目だけはないから」

みなとさんに御兄様・・・これは手土産を持って御挨拶に伺わねば!」


 夏海なつみは周囲の会話を耳に入れる事はせず、ジッと黒板をみつめて考える。


「・・・母さんがどのタイミングで依頼するかよね? 近日の休日となると創立記念日?」




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