第4話 添い寝と暴露。


 そして翌日。

 日明あきらは慣れぬ部屋にて目覚める。布団は来客用の物を使わせてもらい、フローリングの床に直で敷いて寝たようだ。割り当てられた部屋は勉強机こそあるが基本殺風景な部屋だった。テレビも無く、ゲームも無い。配線は繋がっているがテレビを設置する台すら無かった。


「朝・・・か。疲れ過ぎて爆睡しちまった」


 扉側には昨日持ち込んだドラムバッグが転がるだけだ。中身は昨晩の内に夏海なつみが持ち出し、洗濯して貰っていた。

 日明あきらが風呂に入る時にはグルグルと洗濯機が回っていたから。乾いた洗濯物も机の上に置かれており、今は何処に片付けるか検討中である。これは追々だが、チェストや本棚を用意する必要があるだろう。

 他にも買う物が沢山あるだけに日明あきらは蓄えた資金が散財していく事に辟易していた。父に使われないよう隠していたヘソクリだ。主な用途は単車のパーツ代だった。維持費とは別に用意していたそれは、唯一の楽しみとして取っていた資金だから。

 日明あきらはボサボサ頭を掻きながら、布団から起き上がる。


「時間は・・・七時か。いつもなら飯の用意して・・・ん?」


 枕元にあったスマホを手に取り時間を確認すると、左手になにやら温かく柔らかい物がある事に気づいた。日明あきらは何度か左手を動かし、感触を確かめる。


「これは・・・柔らかな中に程よい芯があって」


 その覚えがあるようで無い感触は寝ぼけ眼の日明あきらの意識を覚醒させるに等しい感触だった。もっとも、感触よりも後に聞こえた声で目覚めてしまったが。


「んんっ・・・」


 日明あきらは聞こえた声音から察してしまう。左手もサッと離し、恐る恐るというように布団をゆっくりと捲った。


「・・・夏海なつみかよ。何で俺の布団で寝てるんだ?」


 そう、日明あきらの左側・・・左手が触れていた部分に妹の胸があった。ブラ紐は当然見えておらずノーブラだった事まで気づいた。

 日明あきらは困り顔になりながら捲った布団を戻す。そして離れるように布団から一人で出た。胸の接触は事故だと思い忘れようとしていたが。


「・・・数年振りだし、これは仕方ないか」


 妹は昔から布団に潜り込む事が多かった。キモいキモいと言い出したのは両親の離婚がきっかけだったが。それまでは学校以外で付かず離れずの距離で遊んでいた兄妹だった。

 布団から出た日明あきらは欠伸した後、机の上に置いていた数本のヘアピンを前髪に着けていく。今のまま洗顔にいくと前髪が濡れるからだ。

 日明あきらは物音させず静かに部屋を出る。隣は夏海なつみの部屋だが、肝心の主は布団で寝息を立てているため不在だ。

 廊下へ出て目の前のガレージ扉ではなく反対側のリビングへ向かう。母は既に目覚めているようで美味しそうな朝食の薫りが廊下に漂っていた。


「確か・・・ガレージ脇の渡り廊下は紹介までは使ったらダメって言ってたな。それと廊下奥の扉も。カーテンを開けるのは長期休暇以外では寮生が出ていった後だとも言ってたっけ。休日は朝の九時まで閉めっぱなしらしいが・・・やっぱり、寮生達に配慮してるのかね? まぁ俺が関わる事は無いだろ。同じ学校になったとしてもクラスメイトが居るとも限らんし」


 それは昨晩、風呂上がりに聞いた寮のルールだ。他にもツラツラと長ったらしいルールが存在しているが寮母の子供は対象外のため、気に留めておくようにとまで言われる始末である。

 この寮は寮母の住まう母家が平家として存在し、寮は二階建てという造りになっている。母家と寮を繋ぐ場所はキッチン側の扉とガレージから繋がる渡り廊下だけだ。これも有事の際には非常口へと代わる場所のため、寮生達も避難訓練の時は利用している。

 共用スペースは渡り廊下の先に店舗へと入る扉が設けられており寮生と出くわすとすればそこくらいだ。そこには共用玄関と二階へと上がる階段、トイレと洗面所が存在している。

 非共用スペースには大浴場と寮生が過ごすリビング、ダイニング、キッチンが存在し残りの全ては寮生達の部屋となる。

 店舗側の二階にも寮生達の部屋があり、主に三年生達が住んでいる。他にも色々と出入り可・不可の場所があるが、それも紹介が終わるまで立入禁止とされた日明あきらだった。

 日明あきらは耳を澄まして外の気配を探る。


「今日は・・・普通に授業があるみたいだな。玄関先が騒がしいし。というか、夏海なつみは起きなくて大丈夫か?」


 そして、布団で惰眠を貪る妹を思い出す。

 すると目覚めた夏海なつみが大慌てで部屋から飛び出してきた。白Tシャツの裾からピンクのパンツと白い太腿がチラチラと見え隠れしていた。


「遅刻しちゃう!? お兄ちゃん! 起こしてくれても良かったのにぃ!」

「目覚ましくらいは置いとけよ。そもそも、何で俺の部屋で?」

「うぐっ。そ、それは、久しぶりだったし・・・って、それよりも! 先に顔洗うから!」

「慌ただしいこって」


 日明あきらは大慌てでキッチンの扉を開ける夏海なつみを見送った。すっぴんの夏海なつみ日明あきらに良く似ていたが。日明あきらは妹の後を追うようにキッチンの扉を開けて入る。

 中では母が楽しげに料理しており──


「あら? おはよう。ゆっくり休めた?」

「おはよう、母さん。いつもよりは」


 ダイニングテーブルには朝食が用意されていた。日明あきらは少し多めに盛られた茶碗から自分の席に気づきつつ座る。

 他は少なめで母娘の席である事が判るから。

 日明あきらが「いつもよりは」と言ったのは父親の面倒があったからだろう。

 母は困り顔のままクスリと笑った。


「いつもよりは・・・ね」


 ちなみに母家の間取りは、キッチン奥にトイレと洗面所、裏玄関。リビングの隣には母の寝室と兄妹の部屋。廊下奥の扉の手前に脱衣所と風呂場が存在している。

 この寮は元々下宿だった造りをそのままにリフォームした建物のため、母家の方が古く寮の方が若干新しい造りとなっている。それでも地震で共倒れと成らぬよう鉄筋補強されているようだが。

 日明あきらがモグモグと朝食を食べていると、夏海なつみが大慌てで戻ってきた。その顔はすっぴんではなく化粧が施されており、昨晩見た妹の顔だった。


「簡単に流してから行く」

「朝ごはんくらい食べないと大きくならないわよ? 胸が」

「うぐっ。じゃ、じゃあ、猫まんまで!」

「行儀悪いわねぇ。隣には見せられないわ」

「見せる見せないの話じゃないの! 私達は庶民なの! 隣と一緒にしないで!」


 夏海なつみはそう言いつつもモグモグと朝食を口に放り込んでいく。余程急ぎの用事があるのだろう。朝の八時前だというのに遅刻だと騒ぐのだから。

 母は味噌汁のお代わりを日明あきらに手渡しつつ、自分の席に座り微笑んだ。


「早朝補習だものね」

「好きで休んでない! 大体、優希ゆきねぇが私のパンツ脱がして、直接水をぶっかけなければ風邪を引く事も・・・なかったもん!」

「いつもの調子でお風呂場で喧嘩するからよ〜」

「風呂掃除してる時に入ってきたあっちが悪い!」


 するとそんな夏海なつみの様子を見ていた母が呆け顔の日明あきらに一言添える。


「時間が許す限りでいいから教えてあげたら」

「・・・授業の進み具合にも依るが?」


 早朝補習で急いでいたと知り、速度が遅い割にシビアだと思う日明あきらだった。


「既に通った道だから簡単だと思うわよ?」

「まぁ復習になるから構わんけど」

「だ、そうよ?」

「!! お兄ちゃん! ありがとう! でも! 出席日数も大事だから帰ってから教えて!」


 夏海なつみはそう言うとパンイチTシャツのまま部屋へと急いだ。このまま制服を着込み、ガレージから自転車で向かうのだろう。

 呆け顔の日明あきらはバタバタする妹を眺めながら、微笑み続ける母に問う。


「そういや、自転車・・・買わないとダメだよな」

「そうね。ただ、編入試験があるから合否が判ってからでも遅くないわよ? 制服も作らないといけないし」

「そっか。でも、確か・・・学ランじゃなくてブレザーなんだっけ? 紺色の」

「県立は市販の制服でも良かったけどね」

「うへぇ。出費が嵩む・・・」

「それは私が出すから気にしないで」

「いや、親でも貸し借りは良くないから最低限は出すよ。バイト代からコツコツ貯めたヘソクリもあるし」

「そう? というかアルバイトしてたのね」

「禁止だったけどな。こちら側なら教師達の目につかないから」

「ふふっ。勉強片手にアルバイトとバカの面倒。親はなくとも子は育つ・・・か。私が出来る事は食事を用意する事みたいね」


 母はそう言いつつも朝食を頂き、楽しそうだった。思いの外、逞しく成長した長男に期待している風でもあった。クズの面倒をみていたからこそ反面教師で育ったともいうが。

 母は朝食を食べ終えた日明あきらに──


「今日は色々買い物に向かいましょうか。外での撮影もあるから帰りになるけど」


 ニコニコとお願いしてきた。

 日明あきらは一日休めると思っていたが、一人で稼いできた母の本職を思い出す。


「それは助手として?」

「そうなるわね。力仕事が得意な男手が出来て助かるわ〜」

「ま、まぁ、いいか。暇だし。参考書も見て回りたいから」

「ええ。本屋さんにも寄りましょうか。それと朝一で役所の手続きも行わないとね」

「でも夕方はバイトがあるから長居は出来ないけど」

「それじゃあバイト先まで送ればいいわね」

「うっす」


 そう、日明あきらの母はプロのカメラマンだ。自分の店を経営する傍ら、寮生達の面倒を見つつ子育てを行っていたのだ。もっとも寮の管理は夏海なつみも手伝っているようで、それほど大変ではないようだ。

 母は食事を終えると片付けを始め、不意に日明あきらが驚く一言を口にする。


「そうそう。言い忘れてたけど、この寮はほぼ女子寮と化してるから不意打ちで下着姿や裸を見る事になると思うけど相手にしないであげてね? 一々反応していると身が持たないから。しかも恥ずかしいって感性が麻痺してる残念な女の子しか居ないのよね〜。家柄は良いのに何処か残念な子ばかりが集まって・・・どうしてこうなったんだか?」

「は? じょ、女子寮?」

「そ。残念な女の子が住まう寮なのよ、ここは。外ではポンコツ寮とか呼ばれてるけどね〜。不本意ながら」

「ポンコツ寮・・・」


 寝耳に水とはこの事か。

 日明あきらは洗面所に向かう途中で呆けながら固まった。女子しか居ない建物に男一人。昨晩夏海なつみが言っていたデリカシー云々はこの事が一番の理由なのだろう。



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