イカれたジーン

容原静

ジーン

ジーンはイカれる寸前だった。

どういう感じにいかれる寸前か。

少し例え話を考えよう。

横断歩道の信号が点滅している。赤になる。

渡ってはいけない。此処は田舎ではない。犯罪都市だ。運転が荒いやつが多い。歩行者優先が始まるのはタバコに火を点けるときぐらいだ。

しかしジーンは渡る。彼女は駅へ向かってガムシャラだ。

やりたくもない残業のおかげでデートに遅刻。此れでもう三度目になる。

彼氏は歳上でシニカル。短気でもある。

別れたくない。

怒りを買いたくない。

彼氏は手が出るタイプだ。

暴力反対の彼女も彼氏の暴力を止められない。

愛は拳に挫く。

ジーンは赤信号に気づいていない。

自分に近づく車に近づかない。

車から聴こえるEDMに神経が昂る。

ジーンは自分が車に接触したことにも気づかず吹っ飛ぶ。

意識を失う。

それぐらいにはイカれていた。

ジーンは人には伝わらない自分の世界を信仰していた。

彼女の世界に対して他者は稚拙で幼稚なろくでもないモノとして接していた。

ジーンはその扱いに初期は心を痛めていたが、そんなことで挫けていたらいつまでも楽天的に生きられないといつしか人の評価を気にしなくなった。

ジーンは楽天的な人物。

昨日ジーンの家に知人の友達がやってきた。

ジーンは友達をもてなすため、自分の世界を話し続けた。ジーンにとって人をもてなす武器はそれぐらいしかなかった。ジーンの社交はジーンの世界と同じく稚拙だった。

ジーンは孤独を好んだ。

しかし一人ぼっちは嫌いだった。

所謂コミュニティで扱いづらい人物だ。

話を戻そう。

友達をもてなすことに夢中だったジーンは余りにも話し過ぎた。

普段なら心得ているボーダーラインを越えてジーンは話し続けた。

友達が不快な顔をしているのに気づきながらも口が止まらない。

(どうして私は自分が後に不愉快な目に合うって理解していながら話すことをやめられないんだろう。どうしてかしら。なぜ?)

自分で話しながらジーンは自分の不可解さに疑問を覚えた。

この日ジーンは今まで縛ってきた理性のタガが外れた。

それからのジーンは自分でも信じられないくらい無神経に話す。

タブーな事象を平気で話し、人の嫌がるようなことを話し続けた。

それだけではない。人が聴いていて気持ちいいことも話していた。

しかし余りにもイカれていた。

ジーンはいつの間にか自分が死の岸辺に立っていることに思い立った。

そしてジーンはそこで叫んだ。

「誰か私だけをみてください。お願いします」

しかしその声は空間に響くだけで誰一人彼女の側に近づかない。

ジーンは一人ぼっちになった。

ジーンの周りには嘘つき、オオカミ少女、誇大妄想家という看板が立っている。

ジーンはそれをみて少し悲しそうな顔をして、直ぐに微笑を浮かべる。

ジーンは世の中に背を向けた。彼女は脚を海へ進める。

ジーンはそのまま穏やかな波に反抗し、緑色の海に沈んでいく。

沈み切った後のジーンから泡がぶくぶく海面に浮かぶ。

遠くからみると夕景が緑の海を照らしていた。

こうしてジーンは世の中から消えた。

彼女の部屋に残された一冊のノートを僕は詩集にした。

僕は詩集の最初にこう書いた。

「僕は法では裁かれることのない道徳上の犯罪者です。僕は一人の女の子を見捨てました。僕は彼女に手を差し伸べられた人間でした。彼女が何を思い感じていたのか、一抹だけですが見つめていました。それでも僕は傍観していただけでした。彼女はこの世に見切りをつけて僕たちの前から姿を消しました。この詩集はジーンのさけびです。この詩集を手に取る人が多ければ多いほど彼女を見捨てた僕の罪は酷くなっていく。正直誰も読んで欲しくない。僕だけの彼女でいて欲しい。しかし僕はこの罪の罰を受けます。僕の酷さを認めます。長々とすみません。彼女をこうしてまで痛ぶる僕を許してください」

ジーン。

イカれていたのは君じゃない。

僕だった。

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イカれたジーン 容原静 @katachi0

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