火事
お題
なし
夢で見た出来事の文字起こし。
―――――――――――――
清水が生まれ育った村は、とても小さく、何も無かった。
彼は小中高と村で育ち、幼馴染と呼ばれる友人たちに囲まれ、青春を送ってきた。
彼の初恋は野川という女の子。彼女とは中学生の頃で会う。
野川は帰宅部で、放課後サッカー部に通っていた清水とは接点などなかった。そんな二人だが、清水の友人正義と遊んだ時、野川と接点を持つ。
野川は細身の女で、目つきも悪く、加えてサラサラとした真っ直ぐのロングヘアが顔全体を隠し、ますます陰鬱な印象を与えていた。一言で表すなら、ホラー映画の幽霊みたいな女だ。
しかし、なぜだか清水は野川のことを気に入ったようで、それから毎日放課後部活に行く前、野川と帰りを共にしないか、と話しかけに行くくらいだった。
結局、卒業式当日に一度歩いて帰った程度で、彼らはなんの進展も無かったのだが。
大人になって、清水は幼なじみの太田と野川が結婚したことを知る。
もうあの村にはしばらく帰っていない。彼女との接点もない。まぁ、結婚式くらいはお祝いしてやるか、そんな気分で清水は実家に帰った。
野川も太田も変わっていなかった。野川を紹介してくれた正義も、清水のことを大層気に入ってくれていた山田も、みんな変わっていない。
そうだ、このメンツで、何か形に残ることをしよう。
誰かがそんなことを言い出して、清水、太田、野川、正義、山田の男女五人でYouTuberというものを始めることにした。
無論、誰も動画編集なんかしたことない。ゲームも高校生以来やっていない。
そんな彼らが、五人で遊べるゲームを探し、毎週土曜日通話を繋げてワイワイと遊んだ。持ち回りで編集を担当し、YouTubeに公開する。
少しづつファンもできてきて、収益化も通ったある日、野川がYouTubeグループを辞めた。
理由は、太田の浮気だった。彼ら二人は離婚騒動にまで発展し、太田の浮気相手と判明した山田も姿を消した。
結局、清水はまた野川との連絡方法を失ってしまった。
彼は内心、青春を取り戻した気でいたのだ。初恋の子に、たとえ結婚してしまった相手だとしても、連絡を取ることが出来る。それが何よりも嬉しかったのだ。
だが、もう連絡が取れない。
悔やんで悔やんで、でも結局自分には何も出来なかったことが苦しかった。
そんな清水の気を察したのだろう。幼なじみの正義が、野川の新しいLINEを教えてくれた。清水はすがる思いで野川に連絡を入れる。
彼女はすぐに返事をくれた。
「もう誰にも会いたくない。お願いだから、家に来ないで」
それはまるでSOSのようだった。
清水はその日、会社を休んだ。野川の実家は知っている。学生時代、何度も一緒に帰ることを夢みては、跡をつけて覚えた家。
白い壁のアパートの二階。右から数えて二番目の部屋だ。全部で十部屋の小さなアパート。彼女はそこに住んでいる。
心の中で、青春しだいの清水が叫ぶ。行け、会いに行け。
野川から送られてきた写真には、あの日再開した五人の集合写真が映っていた。
会いたい。彼女に会いに行きたい。
清水が野川の家に辿り着いた時、その家は、燃えていた。
轟々と真っ黒な煙を吐いて、赤色灯に照らされたアパートは赤一色に染め上げられている。
いちばん大きな火を吐いていたのは、紛れもなく野川の住んでいた部屋だった。
清水はその場に崩れ落ちる。かっぴらいた両目に映る光景は、紛れもなく恋したあの子の住まう場所。色も形もみるみるうちに変形していく、愛したあの子の住まう場所。
まるで大型のトラックがクラクションを鳴らしたかのような、つんざく悲鳴が聞こえた。鼓膜を激しく揺さぶり、凄まじい声量に消防隊員が表情を険しくするほどの音。
その音がかすれてくるにつれて、清水は自分の喉が痛いことに気づいた。
あまりの絶望に叫び続けていたのは、清水自信であると気づいたのは、彼の喉が涙と痰で詰まった瞬間だった。
清水は噎せる。嗚咽混じりに。そんな彼の背中を、駆けつけた正義がさすった。
「俺にも連絡来てたよ」
「あぁ、正義か」
「野川、救急搬送されたって。まだ生きてるって」
「……そうか」
清水は生気の籠らない眼をそっと正義に向けた。正義は、そんな彼にスマホの画面を向ける。
そこには、野川からのメッセージがひとつ。
「みんなで過ごした時間は、とっても楽しかったよ」
とだけあった。
「そっか、楽しかったか」
「楽しかったってさ」
正義の言葉に、清水は何度も何度も「良かった」と繰り返した。
清水は再度自覚する。
「俺さ、野川のことが好きだ」
そんな清水の方を叩いて、正義は笑う。
「そんなこと、みんな知ってたよ」
即興短編集 野々村あこう @akou_nonomura
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