田口雄一郎は熟考す。CM明け

 場の雰囲気は良くない。上手かみて奥の男が顔を赤くして貧乏ゆすりをしている。


 CMを挟んだ後、少し自由に喋らせたが、話したい事が雲散し、不満だけが残ったようだ。これは避けられなかった事だとしておきたい。


 今は上手かみて手前、左隣の男が再び話し始めている。

 いや、確かに長尺を黙らせて聞かせる程度に、舌も周り、語りは上手いのだ。上手かみて奥の男が抱えていた不満や疑問を、噛み砕いて語り説いている。

 問題はそれを理解できているのか、いないのかだが、暴発のままに当たり散らした下手しもて中央の男よりは、なだめるのに適任といえる。この辺りも、サブコンで指示を送っているディレクターに気に入られている一因なのだろう。


 だが、この男が語れば語るだけ、体感温度は上がる。照明のトバッチリが、こちらに向けられているのだ。

 一番のカメラに赤ランプが点灯し、返しのモニターには左隣の男が映っている。時折、三番が追った別のパネラーの顔を、赤ランプが拾っている。

 何とか立て直せた感はあるが、この状況はかなりの長尺に陥っていた。


 ふと視界の向こうで上手かみて中央の男が目でこちらに何か主張を送っている。今まで事の成り行きを見ているだけの男であったが、何かこの長尺に一石を投じたい様子である。


 一旦、左手を掲げる。二番カメラの赤ランプが点灯し、返しのモニターに自分の顔のアップが映し出される。それを確認し、右手を上手かみて中央に送る。

 左隣の男が言葉を止めると、代わって上手かみて中央が話し始める。


 だが一度言葉を止めるとADの一人に何か合図を送る。ADは上手かみて中央の後ろに駆け寄って、数枚の板切れを渡す。

 十八番のフリップの登場である。この男、確か、こういったフリップを作って持ち込むのだ。今思い出した事である。


 以前にこの男が、控室でフリップ用の粘着紙を丁寧に貼り付けているのを見た事があった。事前に議題に即した内容に当たりをつけ、複数枚のフリップを作成し、スタジオに持ち込んでいるのだ。


 今も受け取ったフリップから一枚を選び、論説と共に粘着紙を引き剥がしている。この手法、見慣れた光景なのだが、本当に効果があるのか常々疑問にも思っている。

 論客連中には、話の腰を折って、視聴者とこの男だけのツーマンになりがちな構図だ。蚊帳の外に置かれれば、あまり面白くはない。まして承知している内容であれば、長尺となった時、暴発の種をばらまかれた状態となる。


 まぁ、生き生きと話している上手かみて中央にしてみれば、ジッと待っていた絶好の機会で賭けに勝ったと思っているシーンなのだが、絵面としては単調になりやすい。

 実際に三番カメラはフリップを目いっぱいに押さえ、それが赤ランプを持っている。返しのモニターにはフリップしか映っていない。


 基本的には討論番組なのだ。込み入った内容であればこういった解説の必要性は度々あるのだが、昼の二時間枠の情報バラエティでやればいい話を、ここで長尺をとってまでやる意味があるのだろうか。

 フロアADに目を向ける。視線を受け取ってか、インカムの口元を手で隠し、何かをサブコンへと送っている。意図に気づいてくれただろうか。


 フロアADはしばしやり取りを繰り返すと、口元から手を離し、両腕で糸を巻く。良さそうだ。二番カメラに向かって右手を掲げる。礼は送っておこう。


 そのまま左手を上手かみて中央に向けて掲げる。男がその合図を受け取るのにかかっている時間に、こちらに熱烈な視線を向けるパネラーが複数いることに気づく。

 下手しもて奥の女と、上手かみて手前の男だ。この場合は、下手しもて奥に送るのが順当だろうか。


 漸く合図に気づいた上手かみて中央の男が話を止めた瞬間に、パネルを押さえていた一番カメラは赤ランプを手放し、二番カメラがそれを引き継ぐ。

 返しのモニターにはスタジオのパネリスト全景が映っている。


 満を持して、下手しもて奥に左手を送る。その瞬間に三番カメラが首を振り、一寸を置いて赤ランプが点灯する。返しのモニターには下手しもて奥の女の顔がアップで映る。


 下手しもて奥が話を始める。内容は上手かみて中央のフリップ内容に向けられたものだったようだ。論説にはどうも気に入らない別視点からの意見があったらしい。

 使われたフリップに言及が及ぶと、上手かみて中央は対象のフリップを再びカメラに向ける。一番カメラがそれを拾い、赤ランプが三番カメラとの間を交互する。


 こういう論調はまた別の意味で面白いとは言える。ただ、昼の情報バラエティーでも見た構図ではある。繋げ方としてはやや、討論に寄った形になるが、ここでやる必要はあるのか、という疑問は極僅かに残る。

 とは言え、場の転換、空気の入れ替えとしてはいい傾向にある。広げやすい方向に展開されていると言える。パネラーたちの表情も不満から引き離され、女とパネルを交互に見合わせている。


 ただ一名、右隣にいる下手しもて手前の女を除いて、だ。相変わらず微動だにしない。

 発言をするような雰囲気も感じられなければ、やはり右隣にいるのにも関わらず、赤ランプを持った二番カメラがスタジオ全景を捉えない限り存在そのものを忘れてしまう。

 この女はなぜこの場に選ばれて、ここに座っているのだろう。プロデューサーがこの女を手配した経緯がどうにも読み込めない。第一、初めて見る顔だ。アイドルやグラビアタレントという雰囲気でもない。

 有名大学の出身肩書でも持っているのだろうか。


 ここまで無言無反応が徹底すると、逆に話を振ってみようかという好奇心に駆られる。だが切っ掛けが掴めない上に、展開が読めない。せっかくここまで立て直した番組の雰囲気を、再び危険に晒す可能性もある。


 フロアADが糸を巻き始める。今まで下手しもて奥を映していた三番カメラが、首を振って上手かみて手前の男を映す。ディレクターはお気に入りの論客にご執心のようだ。

 ある意味催促とも言えるスイッチに、頭を悩ませる。ここで上手かみて手前に戻すことに異論はないが、構図としては単調だ。


 確かになにか言いたげであった雰囲気はあったが、目を向けると、下手しもて奥の女の発言に納得のようなものを浮かべて目を向けている。

 ボキャブラリーを引き出すことができるだろうか。いや、まだ早いような気がしてならない。短尺が悪いというわけではないだろうが、この男は長尺に使ってこそ、という雰囲気はなんとなく感じている。


 それよりは、若干場を濁すことになるかも知れないが、どうしても右隣に居座る女の事がいよいよ気になって仕方がない。

 番組の開始からまだ一言も声を発していないのだ。意見に耳を傾けるタイミングと言っても過言ではないだろう。少し強引だが、勝負に出てみようと思う。


 糸を巻き続けるフロアADに手を掲げる。二番カメラが赤ランプを得て、返しのモニターにスタジオの寄り気味の映像が映し出される。


「まだ一言も喋ってないけど、ここまでで、貴女どう思うか聞いてみたい。」


 左手を右隣に振る。パネラー全員の顔が、下手しもて手前に向かう。

 三番カメラが、赤ランプを持ち、返しのモニターにも確かに、下手しもて手前の女が映し出される。全員が、一寸静寂を経て、女の言葉を待った。


「異世界なんてあるはず無いじゃないですか。異世界転移なんて荒唐無稽ですよ。量子論でもそんな事ありえないです。」

まさかの番組パネラーの討論、番組の趣旨、全否定であった。


CM送りを口にするまもなく、軽快なSEが鳴り響く。

場が氷点下まで凍りついたまま、番組はCMへと移行した。(終)

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司会者 田口雄一郎は熟考す。 うっさこ @ussako

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