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七機の集団を順調に追い越し、現在十一位。ここまで来ると、ハヤテの射撃の正確さには舌を巻いちゃう。いったい何者? そう聞いたら、
「ただの冒険家くずれだよ」
照れくさそうに、ハヤテはそう返した。そっか、短い期間だとはいえ、世界を旅してきたって言ってたもんね。ハヤテも自分だけの冒険をしてきたんだ。もっとその時の話を聞いてみたかったな。
もっともっと色んな話をしてみたい。ハヤテだけじゃなくて、局のみんなと。
「七位!」
上位になると、さすがにしぶとい。特に黄色の九番とはしばらくやり合うことになったけど。勝ったのはわたしたち。でも結構なタイムロスになった。
残すは先頭集団のみ……いや、もう崩れてる。現在一位のグレーの三十六番、二位のイヤミー機が集団を飛び出し、残された四機が後を追う。わたしたちとの差は約一コルトル。後ろから迫る
「二十九と四十二はもう目潰しを使ってるな。他の二機には注意」
ハヤテの言う通り、二十九番と四十二番のボディに色水の跡が残っていた。四機は密着して速度を一定に保ったまま飛んでいる。仲良しだね、わたしも仲間に入れてって言ったらすんなり入れてくれそうだけど、抜けがけは絶対に許さないんだろうね。
わたしたちが狙いを定めたのは黒の二十九番。じりじりと距離を詰める。射程内まであと三秒、二秒、一秒、そこでクンッと急降下、流れるようにわたしたちの腹をくぐり、逆に背後を取ろうとしてくるけど、させない。上に逃げる。他の機体も動き出した。青の十三番がわたしを盾にしようと一緒に高度を上げてくる。ぴったりと前につけられたから、近すぎてこちらから攻撃できない。赤の四十二番は抜けがけを狙って、紫の九番がそれを阻止しようとして……
ああもう、頭がパンクしそう! 一気に動かないでよ!
「周りは俺が見てる。カフカは前見てろ!」
ハヤテの叫びが耳に刺さって、すっと頭が冷えた。そうだ、一人で飛んでるんじゃないんだ。
「黒の二十九、撃つか迷ってる。残弾少なそうだ。赤の四十二と紫の九はもう抜けるな。ひとまずほっとけ。……っ、二十九、撃ってくる!」
「了解!」
背後から短い射撃音。多分、狙いすました数発だったんだと思う。ハヤテの言葉のおかげで右に旋回して避けたけど、同じ動きをしてわたしの前から離れない青の十三番が邪魔! 水入りバルーンをわざと翼の先に引っ掛けてこっちにかけようとしてきた。腹立つー!
「うー、落ち着けわたし!」
イライラしたら隙ができる。視線は常に先を見る! 次の水壁が近づいてきた。
「こー……こ!」
右の穴に入ると思ったでしょ。残念、ぐるんとローリングしながらぴったり左の穴をくぐる。青の十三番の横に出て、黒の二十九番は射程外へ。水壁くぐりに失敗したっぽい。
「すげえな!」
でしょ? どうよこの操縦テクニック! 半分まぐれだよ!
青の十三番が機体を寄せてくる。逃げたくなるけど、逆にこっちも寄せてやる! 肝が消えるギリギリのやりとりの勝者はもちろんわたし。ほんの少し頭が出た。でもこれ以上はなかなか引き離せない。そして次のカーブはゆるい右カーブ。まずい。
「前で接触! 落ちるぞ!」
うそぉ! わたしたちよりも前で競り合っていた赤の四十二番と紫の九番が八の字を描くように離れていき、翼で海を切り裂きながら派手に着水した。大量の水しぶきが飛び散る。カーブでわたしを追い抜いた青の十三番はしぶきを思いっきり被ってよろよろと高度を落とした。わたしは上に逃げようとしだけど間に合わないと悟って、あえて機首を下げた。おしりを海面に向けたら温水タンクにモロに海水を受けちゃうから!
水柱が海へと戻っていく。今度は機首を上げて、なるべくしぶきを避けながら更に三機と距離をとった。少しは水がかかっちゃったけど、飛行に支障が出るほどじゃない。落ちた三機はすぐにスタッフさんに救助されていた。
「三位……!」
喉奥で嬉しそうに振り絞られた声が耳に届いた。次はイヤミーだよ。やり返してやろう、ハヤテ!
イヤミー機は一位に攻撃をしかけながら追いかけていたけど、弾を撃ち尽くしたのか、少しずつ引き離されているみたいだった。そういえば、あの一位の機体には見覚えがあるような……三十六番って、わたしの隣にいた男の子だ! 一人しか乗ってないぶん軽いから、一度距離ができたら追いつくのは難しそう。
「ちょっと邪魔するぜ」と言って、ハヤテが席の隙間からやけに細長いペンみたいなものを差し込んで、その先で無線機のボタンをいじりはじめた。なにしてるの?
「うっす、ララニ中央配送局の負け犬さん! あ、負け猫か」
え、いまイヤミーの飛行機と繋がってるの? やだぁ声聞きたくないよー。
「…………」
イヤミーは何も言わなかった。怒り混じりの吐息がマイクをガサガサならす。
「小汚い真似までしたのに実力で負かされる気持ちはどうよ?」
「……負けるのはお前らだろッ!!」
そう叫びながら、ガンッと何かを殴る音がした。
「ハッ、おめでてーな。うちのエースに勝てるなんて本気で思ってんのかぁ? こっちが勝ったら土下座するって約束、しっかり思い出しとけよ」
「うるせぇ!!」
ぶちっ。通信が切断された。あのとき土下座とまでは言ってなかった気がするけど、まあいいや。
イヤミー機が気持ち速度を上げて柔らかいブロックでできた迷路のようなコースを進んでいくけど、操縦がかなり乱暴で雑だ。ときどきブロックに翼をかすったり、プロペラではねたりしているせいで、ペースが落ちてきた。いける。射程内、射撃開始! だけどイヤミーはブロックをボディでなぎ倒しながらむりやり避け、はじけ飛ぶブロックの破片に混じってコチちゃんの後ろに回った。まずい!
右か左か、どっちに避ける? ……考えてる暇はない、左! ……うわぁハズレ!
一発もらっちゃった。かくんとコチちゃんの高度が下がったけど、抜かれるほどじゃない。まだ立て直せる。ブロックの迷路を抜けて、またイヤミーが迫ってきたけど、なかなか撃ってこない。やっぱり残弾ないか、少ないんだ。
「弾は?」
「あと十発」
こっちも余裕はない。イヤミーの後ろをとりたいけど、これ以上減速したら一位と更に離されちゃう。イヤミーは一位を追うことを諦めて、わたしたちを負かすことに躍起になってるから、こっちはだいぶ不利だ。
どうする?
「……全力で逃げる!」
前方に岩だらけの小島。木に書かれた矢印に従って左へ曲がり、岸壁すれすれを飛ぶ。イヤミーも負けじと着いてくる。プロ目指してただけはあるじゃない。腹立つけど!
「前!」
「っ、なにこれぇ!」
崖の上から海に向かって突き出すように生えた大きな木から垂れ下がる、太いツタが目の前にあった。一瞬後ろを見てたせいで反応遅れた! プロペラには絡まなかったけど、翼に当たって機体が傾いた。制御を失ってあらぬ方向へと飛んでいくその後ろから、イヤミー機の銃口が向けられる。
「こんっ、のおぉ!」
操縦桿を力いっぱい押し返し、ギリギリで弾を避ける。コースラインからはみ出そうになったところで急旋回。次はこっちのターン! 逃げるイヤミーに迫る。
「ははは! 惚れ惚れするぜ!」
「わたしに!? それともコチちゃんの性能に!?」
「もちろんどっちもだよ!」
八連射。イヤミー機は崖から離れて避ける。半身後ろについて、機体を強引に寄せてくる。崖に接触させるつもりだ。
操縦席から、猛獣じみた血走った目がわたしを睨んでいる。怒ってるねぇ。一人だったらちょっと怖かったかも。
でもわたし、一人じゃないから。
ガコッとロックを外す音。後席のキャノピーが開き、吹き込んできた風がわたしの長い髪を散らす。
……あ、やっと気づいたの? 慌てて離れたってもう遅いよ。
大きな水鉄砲から勢いよく放たれた色水が、慌てふためくイヤミーを真っ赤に染めた。
「おっと手が滑ったぁ」
ハヤテの手から空っぽの水鉄砲がぱっと離れ、ひゅるひゅる回りながらイヤミーの眼前に直撃。よろけてあっという間に後ろへ流れていく。
「イエーイ!! 土下座確定!」
「しゃあ! バ――――カ!」
後で泣きながら謝ったら許してあげてもいいよ。ゴールで待ってるから安全運行でおいで!
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