「次はここ!」


 ぱらりと水滴が散ったガラス越しに前を睨みつけ、遠くから狙いをつけていた抜け道に突っ込む。翼の先で水入りバルーンを引き裂いたけど、かかってないから多分大丈夫!


「次は……あ、あの左下が空いてる! あそこに突っ込むね!」

「酔い止め飲んでくりゃよかった……」


 ハヤテがげっそりしてるけど、今は気にかけている余裕はないの。ごめんね。

 本来想定されている場所じゃなく、装置や障害物の隙間を見つけて、最短距離を最高速度で進んでいく。反則ギリギリかとも思ったけど、正攻法じゃどうやったって追いつけないんだもん。こっちはひどい妨害行為を受けたんだから、これくらいは許してもらえるよね。今のところ止められる気配もないし、多分大丈夫!


 わたしの思い切った選択のおかげもあり、最後方の集団にぐんぐん近づいてきた。背もたれに背中をバウンドさせて「ハヤテ、ハヤテ!」って叫ぶ。


「そろそろ出番だよ。大丈夫?」

「おう……やってやんぞ!」


 思ったより力強い答え。前の集団でどんぱちやってくれてるおかげで、距離はどんどん縮まっていく。

 あ、一機が隙を見て飛び出した。そうはさせるかと残る四機が弾を発射するけどなかなか当たらない。


「まずはあいつだな。練習通りにできそうか?」

「うんっ」


 多分、まだだれもわたしたちに気づいていない。次の水壁が迫り、五機はそれぞれくぐりやすい抜け穴に向かって体勢を整える。わたしはその一番上、ラインスレスレを行く。

 機首が持ち上がり、太陽と目が合う。ゴーグル越しでも眩しい光に目を細めながら、もたつく四機を追い越して水壁を乗り越えた。四機の反応はない。驚いているみたい。だいぶ距離が離れてから弾がコチちゃんの脇をぴゅんと通り過ぎていった。今更撃ってきたって遅いよー!


「落ちるよ!」


 斜め上からさっき抜けた機体を捉える。海よりも薄い青色の背後をめがけて急降下。ガコッ、と後席両脇に取り付けられた水鉄砲の砲塔が狭い可動域内で動く音がした。もうすぐ射程内。三、二、一!


 ガガガッ。三発分の連射。少なくない? そんな考えはすぐに改めさせられた。

 薄青色の尾翼の下で剥き出しになっている揚力装置から蒸気が上がり、とまり木を見つけた鳥のようにすーっと落ちていく。なんとか体勢を立て直そうとするけど、コース上に設置された風船に頭からぶつかって思い切り水をかぶり、とうとう着水してしまった。


「すごい! 全弾命中?」

「まあな。撃墜王とでも呼んでくれ」

「まだ一機でしょ。全部撃ち落としたらそう呼んであげる」

「違いねーな!」


 ノッてきた! 次の集団はかなり大きい。一・五コルトルくらい先かな。


「だれにしようかな」

「あの赤いの、前に出たそうにしてるぜ」

「よし、あれに決まり」


 また障害物。もう無茶なコース取りはせず、正攻法で最短のルートを飛ぶ。だけどひとたび集団の仲間入りをしちゃったらこうはいかない。だから抜くなら一気にね。

 十機の集団。機体を寄せたり寄せられたり、もどかしげに牽制しあっていたけど、水のリングをくぐり抜けた瞬間、予想通り赤の十四番が仕掛けた。ほぼ横並びだった白の三十二番にかなり強引に幅寄せ。競り合っていたけど、コースアウトを恐れて白が引く……と見せ掛けて背後から射撃。でも赤はそれを予期していたのか、高度を下げて海面スレスレに逃げる。けど、こっちの位置まで気にかけてる余裕はなかったみたいだね。


「きた」


 また連射三発、すぐに左方向へ離脱。赤の十四番が海面を引き裂いて水しぶきをあげる。

 青の二番がわたしたちを逃がすまいと集団を抜け出した。集団はだれも青を攻撃する様子はない。わたしたちをまとめて出し抜くタイミングを見てる。わたしはそんなもたもたしてらんない!


 前方に水壁、海面間際の難しい角度の抜け穴を難なく通り過ぎる。青が妥協してコースを変更した隙に、一切ぶれない直進で突き放す。また順位アップ!


「は、ははっ。すげえ……これが五十年前の……ヒト類が作った飛行機なんだな」


 次は八機。やっぱり、単機が集団に追いつくのはたやすいね。もみ合う集団の後ろからコチちゃんが眈々と迫る。

 ここまで順位が上がると敵の視野も広い。後ろから迫るわたしたちに、黄色の四番から妨害役が顔を出した。構えているのはもちろん色水鉄砲。


「来るぞ」


 大きな銃口から色水が発射される直前、ほんの少しだけ機体を傾けて、すぐに逆に元に戻した。フェイントだよ! 

 手持ちの色水鉄砲は、一度撃てばほぼタンクが空になるくらいの心もとないもの。色水はコチちゃんの翼を汚しただけで尽きちゃったみたい。

 じりじりと距離を詰めていき、いよいよこっちからでも飛びかかれる距離になったけど、まだ我慢。返り討ちにされて集団に取り込まれたらたまったものじゃないから。


 現在、全周のうち半分に差し掛かるところ。二周飛ばないといけないから、まだ四分の一だね。半分ってことは、たしか……


「島を飛び越えるんだっけ!」

「ああ、あの山のてっぺんを通る!」

「了解!」


 全周コルトルの島。山のてっぺんが折り返し地点になっている。

 ビーチで手を振る水着姿の観客の横を通り過ぎ、鬱蒼とした森林の上を走り抜けていく。前方になんか変な形の岩。長い洞窟になってる。


「あそこ通れたら一気に抜けそうじゃない?」

「無理すんな! 水やらバルーンにぶつかるのとは訳が違うんだぞ!」

「当たらなきゃ大丈夫!」


 私が選んだのは岩山の横を大回りするルートじゃなく、細い岩の柱が不規則に連なる洞窟の道。ぶつかったらただじゃ済まなそうだけど、考えないようにしたら怖くない。

 わたしの他にも二機がこの難しいルートを選んだ。ここでは射撃禁止だから、三機の列が行儀よく縦に並ぶ。反響するエンジン音のうるさいのなんの。


 先頭の機体がふっと消えた。ううん、上ったんだ。奥の壁に上向きの矢印が書かれた巨大なクッションが設置されている。もう一機も機体を上に傾け、わたしもそれにならう。急な上りになった洞窟をまあるい光に向かって突き進み、すぽーんと明るい空の下へ。


「はい無事ー!」

「操縦初心者がする冒険じゃねーぞ!」


 あれれ、ハヤテってばちょっと声が震えてない? うふふ。

 あとは山まで一直線。遠回り組の六機はかなり後ろにいる。前にいるグレーの二十六番と緑の三十番に集中。山のてっぺんで追い抜いてやるんだ。


 ごつごつした山肌をぐんぐん進み、もうすぐ頂上。バイクに乗ったスタッフさんが大きな旗を振っている。グレーの二十六番が緑の三十番に射程外から射撃。山肌で土埃が弾ける。


「二十六番イラついてそうだな」


 わたしも同感。苛立ってると、隙もできやすい。

 先頭を行く緑の三十番に食らいつき、山の斜面ギリギリをいくグレーの二十六番。わたしは余裕を持ってあらかじめ機体を上昇させる。一瞬、二機と距離が離れる。二十六番は難なく頂上を越えてすぐさま海へ向かって角度を下げたけど、緑の三十番の操縦技術に二十六番がついていけず、大きく膨らんだ。わたしは頂上と同じ目線でまっすぐと折り返し地点を通過し、もたつくその背後を取った。


 発射。右に逃げるグレーを銃口が追い、数発が命中、一気に体勢を崩してコース外へ。次は緑の三十番。逃がさないよー!

 山の斜面に沿って下った緑とは逆に、わたしは高度を保ったまま海へと戻った。風向きはわたしの味方。追い風を強く受けて距離を詰めていく。


「落とすよ!」

「おう!」


 緑の三十番に向かって弾と一緒に急降下、そして離脱。小さな水柱のあとに遅れて三十番が後ろへと流れていく。


「ナイス! これで順位は!?」

「十八位! 残弾は約半分。一桁いけるぞ!」


 すっごくいい調子! これまで以上に遠くへ視線を向ける。次の集団は七機、次は四機、そして先頭集団は六機。イヤミーが乗る、ララニ中央配送局の飛行機もそこにいる。

 先頭集団までは四コルトルくらいかな。ずっと狭い村で暮らしてきたから、まだ距離の感覚が曖昧。


 四コルトル。


 いける。ううん、絶対にあそこまで行ってやる。

 馬鹿にされっぱなしなんて許さない。わたしは受けた恩も恨みもずーっと覚えてるタイプだからね。

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