17日目

 青い海、白い砂浜、そしてステキなコチちゃん!


「カッコよすぎる……」


 コチちゃんは人で溢れかえったレース会場のその中心で、運営スタッフに囲まれて、改造が規定通りかの確認作業中。新旧様々な飛行機がずらりと並ぶ中にいても、ちっとも衰えない魅力。お利口にお座りして「あたしの装備はいかが?」なんて思ってるのかな。いいね〜絵になるね〜。


「あのコチ306を見て誰も反応していないだと……ただの模造品だとでも思っているのか!?」

「そりゃそうでしょ。逆の立場だったらどう思います?」

「……物好きが作った偽物だと思う」

「ほら」


 ハヤテとロジャーさんの会話が終わるのと同時に確認作業も終わったみたい。三十七の番号が入ったシールがペタッと貼られた。問題なしってことだ!


「さっすがロジャーさん。わたしとハヤテが改造してたらあそこに貼られてたのはバッテンのシールだったかも」

「フン」


 ぶるるん。すまし顔だけどちょっと嬉しそう。


「カフカー! よかった間に合った」


 人混みをかき分けて出てきたのは、クレオとヘルガさん。バスが混んでて遅れたみたい。


「調子はどう? そろそろじゃない?」

「えへへ、ばっちり。確認作業が終わったら搭乗だって。……あれ、チルさんは?」

「いつものよ」


 呆れ顔のヘルガさんの背後から小さな影が迫る。にょきっ。


「ね、え、さん。冷たいのご用意しました〜」

「あらどうも」


 飲み物のカップがすっぽりはまるトレーを持って、チルさんが現れた。クレオにはジュース、自分とヘルガさんは……ビール? おお、ヘルガさんが珍しく昼間からお酒を飲もうとしてる。


「ヘルガさんってば真面目ぶってるけど結構お好きだもんねぇ」

「出されたから飲むだけ。あなた程々にしておきなさいよ」

「はぁーい」


 早速飲もうとして「座ってから飲め」ってドヤされてた。安定のチルさん。


「カフカ、頑張ってね。けど無理しちゃだめだからね。怪我はもっとだめ」

「うん。ありがとクレオ」


 クレオのトートバッグに付けられた、白と青のストラップが揺れる。わたしは空を指さして大きな声で宣誓!


「目指せ一位!」

「一位は、ちょっと大変かも」

「でも去年の優勝と準優勝の人が今年は出てないらしいし、なんかの間違いでいけるかも!」

「ん……じゃあ、信じとく」

「まっかせて。最低でもあのイヤミーだけは抜いてやるから」


 とそこで、選手はそろそろ搭乗の準備をするようにっていうアナウンスが流れた。選手らしき人たちが移動を始める。


「頑張ってこいよ」

「応援してるからねー。イヤムの野郎には気をつけな」

「気をつけて。怖くなったら棄権してもいいから。ハヤテ、カフカのことよろしくね」

「うす。任せてください」


 みんなの激励を受け取って、わたしとハヤテはコチちゃんの元へと向かった。後席の横から前に突き出た水鉄砲の砲塔が、両翼の上できらんと光る。左右四十発ずつ、計八十発の水弾が装填済み。風防に撃って視界を奪うための、色水入りの手持ち水鉄砲も準備済み。

 周りの飛行機にも、続々と選手が集まってきた。今年の参加数は、全部で四十二チームだって。四十二分の一位……ありえなくもないんじゃかい? ハヤテの準備運動を手伝いながら聞いてみる。


「ねえ、もし本当に一位になっちゃったらどうする?」

「そうだなー、アイス百個買ってやろうか」

「ちょっと、全然期待してないでしょ」

「んなことねーよ。無茶させたくないだけだ」


 ぐっと指をしならせて、親指の腹についたぷにぷにの肉球をわたしに向けた。


「気楽にな」

「本気だそーっと」

「おい」


 いつものように頭をわしゃわしゃされそうになったから、きゃーって言いながら機体の反対側に逃げた。苦笑いでゆっくり追いかけてきたハヤテの顔が急に不愉快そうに歪んで、どうしたんだろうと顔をあげようとしたら、何かに頭を抑えられて動かない。


「カフカちゃんが出るって本当だったんだ」


 こ、このねちょねちょした声は! ぞわっと寒気が走って、押さえつけてくる手を振り払った。


「ぎぃやー! 出たね! 勝手に触んないでよイヤミー!!」

「は? 傷つくんだけど」

「てめー何しに来たんだよ」


 牙を剥くハヤテの後ろに隠れて、わたしもがるるるる……イヤミーはわざとらしくため息をついて、あろうことかコチちゃんの機首にもたれかかったの! ムキー!


「古臭い……いや失礼、古き良きデザインだね。絶滅寸前の生き物にはお似合いなんじゃない?」

「だから触らないでってば!」

「不愉快なツラ拝ませやがって。とっとと消えろ」

「おお怖い」


 肩をすくめて体を起こして、まだら模様が入ったイヤミーの手がコチちゃんのプロペラを付け根から先まで撫でた。ギャーッ! 鳥肌!


「じゃあね〜健闘を祈る」

「フシャーッあっち行けシッシッ!」

「マジで何しに来たんだアイツ……」


 やっと帰った! 腹立つ背中だなぁドロップキックの練習しとくんだった。


「コチちゃんきもちわるかったねぇよしよし。あとで綺麗に洗ってあげるからねぇ」 「あーやなもん見た。平気か?」

「うん。二人でぶっ飛ばしてやろ!」

「反則にならない程度にな」


 ぴんぽんぱんぽーん。会場中のスピーカーから放送が流れる。選手は番号順にスタート位置についてね、だって。わたしはキャノピーを跳ね上げて前席に、ハヤテはスライドさせて後ろに乗り込んだ。わたしたちは三十七番だから、移動までちょっと時間がある。バイクに乗った係員に誘導されながら順番に移動する色とりどりの飛行機をガラス越しに眺めながら、あの機種はなんだ、とかってハヤテに聞いたりした。現行のメジャーな機種はロジャーさんから借りた雑誌を読んでいるうちに覚えたんだけど、まだまだ知らない機体もたくさんある。

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