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ララニ郡ララニ市を越えると森森っとしてきて、更に進むとだんだん山山っとしてきた。あの曲がりくねった幹と特徴的な細い葉っぱは図鑑で見た覚えがある。ジコウゲの木だ。葉っぱは油分をたくさん含んでいて、枝や幹は逆に大量の水分を蓄えている不思議な木で、ジコウゲが生えている場所には他の木がほとんど生えない。
何故かというと、冬季になると葉っぱがざらざらしてきて、擦れ部分から発火するの。そう、自分で山火事を起こしちゃう木なんだ。油分が豊富な葉っぱはあっという間に燃え尽きて、逆に水分をたっぷり含んだ枝は、表皮だけを焦がすだけで済む。木の皮とか葉っぱに産み付けられた虫の卵や病気の菌を自分で焼き殺す、オラオラ系の木なんだって。シア・アリムスの冒険二巻では、ベルさんが追手の目を欺くためにジコウゲの森に火をつけていたのを読んで知った。やんちゃだねぇ。
というエピソードをシア・アリムスの冒険オタクのハヤテが知らないはずもなく、ジコウゲの山を見たとたんに目を輝かせて、
「ここってまさかベルさんが火をつけた森なんじゃね?」
「まっさかぁ。若い頃に放火した山の近くに住もうなんて思う?」
ベルさんのおうちまであと六十コルトルくらい。朝起きて景色を見るたびに「あの時はよく燃えたなぁ」なんて思うの嫌じゃない? わたしは嫌だな。罪悪感を全く感じないタイプの人なら気にしないかもしれないけど。……あれ、ベルさんならありえなくもない気がしてきた。
「実際のベルさんってどんな人なのかなぁ」
本の中では、敵に対しては冷静冷酷無慈悲な音速の撃墜王って感じだった。けどおじいちゃんの無茶や悪ノリに文句を言いつつも付き合ってあげるのが定番だったし、意外と子どもに優しい描写があったり……うーん、なかなか掴めないや。
「あの人、若い頃からずっと写真とメディアが嫌いで、取材なんかから逃げ回ってたらしいぜ。だから今でも資料が全然ないんだってさ」
「へー。恥ずかしがり屋だったのかな」
「どうだろな。俺はめっちゃカッコイイばあちゃんだと思う。今でも趣味でアクロバット飛行してるような」
そのイメージちょっと分かる。わたしはバレンさんっぽい人なんじゃないかなぁって思ってる。
まあいいや。あと一時間もしたら実際に会えるんだもんね。わくわくした気持ちが増してきて、あれやこれやと想像しているうちに、ジコウゲの山の頂上らしいでっぱりを超えて、高原に出た。
ココット村の周りの草原とは色がちょっと違って、緑が濃い。ところどころに白っぽい岩が転がっていて、夏なのに花もたくさん咲いている。
「きれー……」
地続きの場所でも、数百コルトルも移動すればココット村とは全然違う景色になる。いつの間にか晴れていた青空に浮かぶ大きな雲の影が青い草の上にくっきりと落ちて、そこだけ型抜きされたみたいに見えた。顔を上げると、北にはこの場所よりも更に高い山が壁みたいに連なっている。頂上の辺りが白い。雪が残ってるんだ。夏なのに!
また視線を下げると、ララニから、難所のたびに途切れながらもずっと続いてきた細い道が、平坦な空間の前でぱたっとなくなった。
なんだか不自然な空間だった。周囲と同じような草花に覆われているのに、まるで点線で分けられているみたいな感じがする。それもとても広い範囲。
その見えない点線の右端に、周りの風景から浮いた、大きな茶色い塊があった。目を凝らしてみると、やっぱり人工物っぽい。……ぐずぐずに錆びた鉄製の建物? 原型はほぼないみたいだけど、なんとなくドーム状に見えるあれは屋根かな。
「フーエー製作所跡。知ってるか?」
ハヤテに静かな声で聞かれて、わたしは頭の中を探ってみたけど、それらしい覚えはなかった。知らない、と答えると、
「そうか」
とだけ。ちょっと張り詰めた空気が機内に漂ったけど、製作所跡を通り過ぎた頃には元通り。あまりに景色が綺麗で、二人とも見とれちゃったんだと思う。
前方にほんの小さな木立が見えた。エイスは速度を緩めながらゆっくりと下降して、木立の横の、不自然に草がない場所を目掛けて着陸。たぶん、この辺を飛んでいた人が考えることは同じなんだろうね。
「昼飯にするか」
席の後ろに置いてあったバスケットを持って、わたしは外へ飛び出した。
木の近くにはなんとベンチがあった。周りに民家はないけど、もしかして誰かが整備しているのかな、って話をしながらバスケットを開けると、中には三角のおむすびが四つに、からあげと茹でた野菜が入っていた。美味しそう! それではご唱和ください。
「いただきまーす」
あむっ……最高の塩加減。さすがクレオママ。ハヤテも大好きなおにぎりをおいしそうに食べてる。
木陰にいると、ときどき吹く風が冷たく感じる。標高が高いところは涼しいっていうのは本当なんだね。念のためおじいちゃんのジャケットを持ってきてよかった。ぶかぶかだけど、ちゃんと前を閉じたらあったかいの。
「ごちそうさまでした」
空はすっかり晴れた。このまま座っていたら気持ちよくて眠たくなっちゃいそうだったから、ベンチから立ち上がってその辺を散策してみた。ぽかぽかしてて気持ちいい……
「あれ、ここ固い」
やわらかい草の上を歩いていたのに、急に足元に違和感。足踏みをしたりぴょんぴょん飛び跳ねたりしても感触は変わらない。つま先で草と土をどけてみたら、長方形の石が地面に埋まっていた。よく見ると一つだけじゃなく、規則正しい配列で、ずーっと続いてる。ところどころ浮いたりひび割れたりしてるけど、ここは舗装された道だったみたい。
道の先に目を向けると、ゆるく下った向こうには、また木が生い茂っていた。
「いいとこだったんだなぁ」
ハヤテがわたしの横に来て、腰に手を当てた。
「ほんとにね。夏のピクニックに最適じゃない?」
ハヤテが手に持っていた地図を借りる。もう少し先に行くと、次の街まで、崖に挟まれた道がずーっと続くらしい。その距離なんと八十コルトル。ベルさんの家ってそんな険しい道の途中にあるの? 目を細めて進む先を見るハヤテを真似て、わたしも指メガネを作って遠くを見た。
「ほんと、ずいぶん辺鄙な場所に住んでるんだな。家は……崖の上にあんのかな? それとも下?」
「あれじゃない? ほら、左側の崖にぽつんと建ってる家」
「見えるのかよ。まだ二十コルトルくらい先だぞ」
「なんとなくね。表札までは読めないから確かじゃないけど」
「さすがシア・アリムスの孫」
「それほどでもー」
ベルさんのおうちまであと少し。到着予定は、ちょうどお昼時を過ぎた頃。
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