16日目
1
次の日の朝、鳥のさえずりと苦しそうなクレオのうめき声で目を覚ました。
いつの間にか一緒の布団で寝ちゃってたみたい。可哀想に、わたしの下敷きになっていたクレオは熟睡できなかったみたいで、ちょっと疲れた顔をしていたけど、昨日のおしゃべりのことを話題に出したら恥ずかしそうににやにやしてた。
朝ごはんを食べて、身支度を済ませたら準備ばんたん。外に出て丘の上の大樹を見上げていると、警笛の音が薄く響いたあと、こんもりとした樹冠の中から青い飛行機が飛び出してきた。
ファンダム社のロングセラー機、エイス。そこそこ広い荷室とそこそこ広い操縦席とそこそこの飛行性を兼ね備えていて、自家用、社用、趣味のレースにもってこい。そこそこ安くてそこそこ飛べるいい機種だ……とはロジャーさんの談。座席は縦に二つ。T-3よりも大人しいエンジン音を振りまきながら、クレオの家の裏の空き地に降り立った。操縦席から出てきたのはもちろん、
「おはようハヤテ」
「おはよう。楽しかったか」
青いスイングドアが開き、ハヤテが飛行帽を脱いだ。突き出ていた三角耳が一度寝そべってからびよんと跳ね戻る。わたしはぶいっとピース。
「もちろん。ねっクレオ」
「ん、楽しかったにきまってる」
秘密の話もいっぱいしたもんね……と耳元でささやかれて、昨晩のことを思い出してにやけちゃった。二人で顔を見合わせてうふうふ笑う。
「女子だねー……じゃあ行くか。クレオ、お母さんたちは?」
クレオが返事をする前に、クレオのママが勝手口から出てきた。手には布がかかったバスケットを持っていて、ハヤテを見るなりにっこり笑顔になる。
「ハヤテちゃん、これカフカちゃんとお昼に食べて」
「お、ありがとうございます」
ハヤテちゃん……
「ママね、年下はみんなちゃん付けで呼ぶの」
にしたってハヤテちゃんって……でも本人はまんざらでもない顔をしてる。クレオママは美人だからね。わたしはクレオのそばを離れてハヤテの横に立ち、ヘラヘラ笑うハヤテをひじで軽く小突いた。
「よろしくね、ハヤテちゃん」
「任せなカフカちゃん」
ぶふー! カフカちゃんだって! なんか吹き出しちゃった。お返しに小突き返そうとするハヤテから逃げ回りながら、クレオに手を振る。
「また明日ね!」
「ん、気をつけてね!」
明日のレースはクレオも応援に来てくれるんだ。めざせ一位……とまではいかないけど、かっこ悪いところは見せられないね。
そんなこと思ってたらハヤテに捕まって髪をぐしゃぐしゃにされた。このー!
この道を通るのは二回目だ。ララニ郡を目指して、わたしたちを乗せた配送局じるしのエイスが飛ぶ。今日の天気はくもり。雨は降らないってラジオで言ってたけど、どうかな。夏は急に雨が降ったりするらしいから。
ベルさんのおうちがあるアラマ町までの距離は、およそ二百五十コルトル。前に行ったララニ郡中央配送局よりもずっと遠いね。休憩なしで飛べば三時間ちょっとで着くかな。
「お泊まり会はどうだった?」
「サイコーでした。クレオの親友から大親友になっちゃった」
「そりゃよかった」
ハヤテが目を細めたのがミラー越しに見えた。
「よかったら村に帰ってからも友達でいてやってくれよ。手紙とか、電話とか……電話は繋がってないか。まあ、無線とか」
その言葉を聞いて、ハヤテもクレオの事情を多少は知っているみたいだってことに気づいた。友だちとうまくいかなくて、学校に通えなくなったことがあるってこと。わたしの返事は言うまでもないよ。
「もちろん」
ハヤテが顔をこっちに向けてニヤッと笑い、すぐに元に向き直った。なあに?
指先の肉球がラジオのスイッチを押し込む。たちまち流れ出した音はクリアで、ボトルキャップみたいな選局ツマミに触れかけた手が操縦桿に戻っていく。
いくつかのCMが流れたあとに時報が鳴って、聞き覚えのあるポップな音楽が流れ出した。そういえばこの時間って、ユクフィーのラジオの時間だ!
『ユクフィーのゆくら』
ガガガピー! 乱暴にツマミを回されて、指針が目盛りの間を勢いよくすっ飛んで行った。なんで!?
「聞きたかったのにー! わたしユクフィー好きなの」
「……マジ?」
「ハヤテは嫌いなの? 最近流行ってるって友達が言ってたよ」
ちょっと沈黙したあと、そーっとツマミを回してさっきの局まで戻ってきた。ヒリカちゃんとしゅまりちゃんのゆるい会話が聞こえてくる。
『それでさ、最近よく握手会に来てくれる人がヒリカねーちゃんの弟にそっくりってのは』
ガガガガガピー! ザザー……指針は右端に大激突。しゅまりちゃんの開幕トークはノイズの波に呑まれた。
「ちょっと、なによ」
「別の局にしようぜ」
「えー?」
どしたの。情緒不安定? 文句を言いたかったけど、機長の命令は絶対だからね。あとでノルンに録音したやつを聞かせてもらおっと。
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