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それからの毎日は大忙し。午前は配達の仕事をこなして、午後からはハヤテとレースの練習をした。といっても、実際に練習できたのは三日間だけなんだけどね。
だけどちゃんと真面目にやったよ。村の人も配送局のみんなも応援してくれてたもん。たぶん、成績には期待してないだろうけど……それでも、ハヤテ一人で出るよりはよかったって喜んでた。それだけでわたしも満足かな。
そうそう、週末の夜、ベルさんを訪ねることになっている前の日に、クレオの家に泊まりに行くことになったんだ。お父さんとお母さんがいるおうちに行くのってはじめてだからわくわくする。
だけどクレオはここのところ元気がなさそうだった。一度ヘルガさんに連れられて、二人でなにかお話をしてからはちょっと元気を取り戻したみたいだけど、それでもふとしたときに寂しそうにするの。雑貨屋さんでの出来事を気にしてるのか、わたしと離れるのが寂しいのか、それともその両方なのか……少し心配。友だちだもん、離れていても元気でいてほしいよ。
夜、コチちゃんの中で空を眺めていると、あっという間の日々だったなあってしみじみした。まだ終わってないんだけどね。
大樹の葉っぱに隠れた狭い夜空。村にいた時と同じくらい狭いけど、わたしはもう一面に広がる空を知ってるから、見えない部分も知ってるから、窮屈になんか感じない。
村に帰ってからもそう思えたらいいんだけど。
「あー…………」
あ、無線機からガサガサ声。ノルンだ。
「やっほー元気だった?」
「カフカ……」
「え、誰?」
わたしの名前を呼ぶ、低いガラガラの声。一瞬違う人かと思った。
「風邪? 大丈夫?」
「…………うん。その、カフカ……私、カフカに言わなきゃいけないことが、あって」
「えー、風邪が治ってからでいいよ。喉しんどいでしょ?」
「まあ…………その、うん」
歯切れもすごく悪い。よっぽど喉がつらいんだ。かわいそうに。
「風邪なのに遅くまで起きてるとよくないよ。あったかくしてもう寝なよ」
「うん……あの、カフカ」
なんだか決意に満ちた声。咳を挟んでノルンが続ける。
「今度、げほっ……大会に出るんだ」
「なんの?」
「レース。その、それで……優勝したらさ、きみに会いに行く。伝えたいことが、あるんだ」
「え、なんかプロポーズされるみたい。結婚はまだできないよ」
「バブォ!」
ガターン! なんか倒れた音がした。大丈夫?
「ノルン、無事?」
「ゴホッ、ケホ……大丈夫……」
ガタガタ、きしっ。「あーもう」って頭をかく音がして、
「とにかく、絶対優勝して行くから! またね!」
ぶちっ。切れちゃった。怒らせちゃったかな?
ベルさんに会いに行く日どりが決まったこととか、エアレースに出ることになっちゃったとか、色々話したかったんだけど……まあノルンとはいつでも話せるからね。
ていうか、ノルンがわたしに会いに来てくれるって! それなら次は、顔を合わせてたくさん話を聞いてもらおう。村に帰ったらまた暇な毎日だろうし。
帰ってからの楽しみが生まれて、ちょっと一安心。まあ、その前にみんなに謝り倒して許してもらわないとなんだけどね。
「気が重いなー……」
こういう時はコチちゃんに慰めてもらうに限る。座席に膝を付いて背もたれに向かい、ぎゅーっ。何を言っても受け止めてくれる、優しいコチちゃん。いつもワガママを聞いてくれてありがと。できるだけ長くわたしのそばにいてね。
ふと、キッサ市で出会ったお兄さんのことを思い出した。大切じゃなきゃ、心配なんてしないって言ってた。
村のみんな、元気かな。アリーさんは足が不自由だから手助けがないと生活が大変だし、シエラさんからお願いされていた商品も放ったらかしだ。ハインツさんの薬はまだあるかな? バレンさんも、船員のみんも……。
「みんな、わたしの大事な人なんだ」
村を出たことを後悔はしてないけど、反省はしてる。
座席に座り直し、着ていた上着を脱いで抱きしめた。おじいちゃんのジャケット。ぶかぶかだけどあったかい。
「おじいちゃんも元気でやってるかなぁ」
人は死んじゃったら空の上で暮らすらしい。大好きな場所に寝転がって、ふてぶてしく笑ってるかな。そうだったらいいな。そうじゃなくても、せめて苦しくなかったらいいな。
狭くて広い夜空に光る星を見て、そんなことを願った。
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