11日目 ほか

「嫌だッ!!!」


 いつも寡黙なロジャーさんが、整備場に住みついた鳥が飛んでいくほどの大声で叫んだ。ハヤテが腰に手を当ててたずねる。


「なんで?」

「あらゆる航空機はッ! ノーマルが一番カッコイイんだッ!!!」


 ピチチチ……また鳥が飛んでいった。ロジャーさんは広げた手でコチちゃんを指して、もう一方の手をかたく握り、熱っぽい声を振り絞る。


「五機」

「……なにが?」

「コチ306の現存数。そのうち飛行可能な機体は二機のみ」

「それってコチちゃんも含まれる?」

「含まれない。幻の三機目、世界で一番状態のいいコチ306が、今まさにここにある!」


 ふーん。


「それをレース用に改造しろだと!? ふざけるな!! そんな愚かな考えは今すぐ捨てろ!」

「愚かって」


 ……昨日、わたしの提案はすぐに却下された。危ないからだめーって。


 でもあきらめなかった。だってココット村配送局のイメージダウンになるって聞いたらいてもたってもいられなかったし、エリクさんに付きまとわれてるヘルガさんが気の毒だったし、それにレースってちょっと楽しそうだったし……。

 村に帰る前の最後の恩返しのつもりだって言ったら、意外にもクレオが加勢してくれて、そのうちエリクさんもノリノリになって、三人でわーわー言ってたらチルさんが折れて、ハヤテも折れて、最後にヘルガさんが渋々許可してくれたの。やったね。


 なのに思いもよらない壁が立ち塞がったのです。それがロジャーさん。


「だいたいなんでカフカが操縦することになったんだ。コイツでいいだろ」


 コイツ、って言われたハヤテが複雑な顔で腕を組む。


「俺あんま操縦上手くないんで、人乗せてレースはちょっと。ほら、借金もそれで」

「ああ……クソ、そうだった。ならカフカがエイスを乗りこなせるように練習したらいい」

「保険適用外なんだもん。今から申請しても間に合わないって」


 ロジャーさんが、ぐう、と唸って奥歯を噛み締める。


「改造された愛機を見たら亡きシア・アリムスが悲しむぞ」

「おじいちゃんなら全然気にしないと思うけどなぁ。ねーコチちゃん」


 話しかけながら右翼によじのぼり、あちこちにうっすらと残る板金のつなぎ目を指でなぞった。


「ねえここ、修理の跡がある。それにエンジンもプロペラも載せ替えたことがあるっておじいちゃんが言ってたよ! これじゃ既にノーマルとは言えないんじゃなあい?」


 ロジャーさん、無言ののち、無視。くるっとわたしに背中を向けて、何事もなかったかのように仕事に戻ろうとしてる。ずるい大人!


「ハヤテ、やっぱダメだったね」

「だな。プランBでいくぞ」

「おっけー」


 備品の工具ボックスをコロコロ転がしてきて、コチちゃんに横付け。引き出しからきらりと輝くレンチを取り出し、寝板に座って地面を蹴った。コロコロコロー。


「仕方ないから、わたしが自分で改造するしかないねー!」

「だなー。俺も手伝うぞ!」


 二人で声を張り上げてそう言うと、ロジャーさんの背中がビクッと動いた。


「揚力装置ってこの中だよね。カバー外してみよ」

「おう、俺がしっかり見とくからやってみな。なあにボルトの一つなめたところで替えはいくらでもあるぜー」


 ふふ、ロジャーさんが目が飛び出そうな顔で見てる。構わずレンチをガチャガチャ。


「あれれぇ、全然サイズが合わない」

「もうめんどくせーからモンキーでやっちゃえよ。ほら」

「やめろ! それは十七だ!」


 シュババ! 工具箱から十七のレンチを出してコチちゃんの下に潜り込み、無理やり握らせてきた。


「あ、ほんとだ。ありがとロジャーさん」

「フンッ」


 ぶるん、と息を吐いて自分の仕事に戻った。わたしも作業を続ける。


「えいっえいっ。なかなか緩まないよー」

「お? カフカ、回す方向が逆だぜ。緩めてんじゃなく締めてんじゃねーか」

「あれっほんとだ〜!」

「このおっちょこちょいめ」

「てへっ」


 あ、見てる見てる。すごいイライラしてる。


「はぁ、やっとカバー外れた。あれぇ、なにこれ……ぽいっ」

「今の『ぽいっ』てなんだ。なにをぽいした」

「なんでもないよ。ただ変な四角いのも一緒に外れたから、その辺に置いといただけ」

「ちゃんと戻せるように外した順に並べて置け!」

「さて次は本体を取り外すよ。ハヤテ、メス」

「メス!? おかしいだろ! 何に使う気だ!」

「ここのケーブルが邪魔だから切っちゃおうかなって」

「きっ……!? このっ……ぐっ …… 」


 今のは効いたみたい。もちろんメスなんてあるわけないけど。

 ロジャーさんは頭を抱えてしゃがみ、「ぬう」とか「ぐう」とかうなっていたけど、ダン! と意を決したように床を叩いて立ち上がると、わたしの座る寝板をコチちゃんの下から引っ張り出した。


「俺がやる!」


 やったね。ハヤテとしたり顔で視線を合わせて、ひじを軽くぶつけ合った。

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