5
「カフカ、着いたよ。……ねぇ、起きてる?」
「ふがっ」
いけないいけない。ぽげーっとしてた。わたしに腰を掴まれて動けないクレオが、こっちを振り返ってジトッと睨んでいる。
「ごめん考え事してた」
「もうっ。危ないからしっかりしてよね」
「はーい」
キッサ市での配達が終わって、ココット村に着いたのが三時過ぎのこと。クレオと一緒に早めにあがらせてもらって、村の中心部までお買い物に来たの。
通りはとっても賑やかで、洞窟村とは大違い! お店の数はなんと二十倍。なお、これは洞窟村ジョーク。
「あ、カフカちゃんだ」
「こんにちはー」
「二人ともお仕事終わったの?」
「ん。今日は早く終わった」
「これ二人でお食べ」
「わーいありがとう!」
村には配達でよく来てるから、顔見知りも多いの。はじめは驚かれたけど、今はもう慣れて、みんなに親切にしてもらってる。
「へへ、ラッキー。この村の人ってみんな優しいよね」
「そうだけど、カフカには特に親切な気がする」
「そう?」
「ん。きっと可愛いから」
八百屋さんからもらった果物を親指で割って、クレオとはんぶんこした。厚い皮の中には、薄皮に包まれた一口大の果実がたくさん詰まっている。一つつまむと、口の中が甘酸っぱい果汁でいっぱいになった。おいしい!
「んー、酸っぱいやつ!」
クレオが一口食べるなり、目をつむって悶絶してる。たまにすっごい酸っぱいやつがあるんだよね。
「当たりだね。……んーっ、わたしも来た」
すっぱーい! 一つの実に二つも入ってるなんてことある!? 口を押さえて落ち着いてから目を開けると、同じように涙目のクレオと目が合った。おかしくて二人で笑っちゃった。
「ここ。一緒に来たかったの」
クレオがそう言いながらドアを開ける。その後ろに続いてお店に入ると、木とポプリのいい匂い。所狭しと置かれた棚に並ぶのは、今にも動き出しそうな小さな人形たちの庭に、ドレスみたいに綺麗な装丁の古本、キラキラ光るビーズの量り売り、ふかふかのぬいぐるみ、優しい焼き色をした手作りクッキー……目に入る物ぜんぶ可愛い。
「クレオ、すごいよこのお店、宝箱みたい」
「可愛いよね……あたしも、来てみたかったの」
クレオはうっとりした顔で頷いて、胸にかかったハンドバッグの紐を握った。てっきりよく来るお店なのかと思ってたけど、そうじゃないんだ。
「あ! ね、あれ見て。ちっちゃい飛行機!」
「……すごい、精巧。こっちのやつ、カフカのコチちゃんに似てない?」
「ほんとだそっくり。欲しいなぁ……あ、あっちのお皿も可愛い。この鍋つかみも、こっちのぬいぐるみも!」
「この犬、ハヤテっぽい」
「あはは似てるー!」
クレオが見せてきたのは、眉毛が太いわんちゃんのぬいぐるみ。苦労性っぽい顔してて可愛い。
色んな動物のぬいぐるみが並べられた棚にハヤテ犬を戻すと、明るい茶色の毛並みをした猫のぬいぐるみが目に留まった。おめめがくりくり。
「こっちはクレオに似てるね」
「……はぁ? こんなに可愛くないし」
「え、可愛いよ? ねークーちゃん。うちに来る?」
「ちょっとやめてよ、売り物に勝手に名前付けないで恥ずかしいこと言わないで」
「クーちゃんもそう思うでしょ?「ウンウン、クレオもあたしも可愛いよ!」だってさ」
「やーめーてーにゃ!」
へへ、怒られちゃった。買おうか迷ってたのに、絶対だめだって。ちぇっ。
わたしとクレオは店の中を隅から隅まで見て歩いた。だから、小さなお店なのに、見終わるまで小一時間もかかっちゃった。
素敵な時間だった。大好きな絵本を枕元に置いて見る夢よりも、ずっとずっと。
最後の棚を二人で眺めて、同時に小さな歓声をあげた。いろんな色のガラス玉と、よった編み紐でできたストラップが並べられていて、カラフルですごく可愛いの。
「かわいい……」
呟くクレオの声は、夢見心地な感じ。私もそう。うっとり見とれちゃってた。
「ねぇ、クレオ」
「……うん」
言わずもがな、だよね。ぬいぐるみとかよりも高くないし、身につけやすいし、なんたってかわいい!
「おそろいで買お!」
「……うん!」
笑い合い、わたしは迷わず赤と白が混じったガラス玉のストラップを手に取った。
「コチちゃん色でしょ」
「えへへ、正解」
クレオは得意げに口元をふくらませて、キーホルダーを吟味しはじめた。似た色合いでも、どれもちょっとずつ模様や紐の色の組み合わせが違うから、どれにするか迷う気持ちはよく分かる。
まばたきもせずに真剣な顔で悩んでる。今日は色んな顔が見れて嬉しい……そう思っていたら、お店のドアが開いて、三人組の女の子が入ってきた。
みんな、わたしたちと同じくらいの歳かな。おしゃべりに夢中で、お互いの顔と商品以外、なにも見えてないみたい。
「可愛い子たちだね。ねえ……クレオ?」
「…………」
どうしたんだろう。さっきまで見ていた棚から目を背けて、今入ってきた子たちに背中を向けている。
もしかして知り合い? 苦手な子なのかな。
「どうかした?」
「……べつに」
その時、棚の影から女の子たちが出てきた。
三人のうち、両端の二人はなんともなさそうな顔だった。だけど真ん中の女の子はクレオを見るなり「あっ」と声を出して、途端に気まずそうな顔をする。
クレオは振り返りもしなかった。全身の毛を逆立てて、耳を横に向けたままぴくりともしない。
三人組の子たちは、しばらくするとお店の反対側に歩いていった。真ん中の子は、来た時よりもちょっと足音を強く立てて。
クレオの耳が前向きに戻って、ぴんと立っていたしっぽもゆるくなった。だけど全然その場から動こうとしない。
こういうとき、なんて声をかけたらいいかな。何があったのかとか、聞いていいのかな。
逆の立場だったらどうかなぁ……ちょっと考えたけど分からなかったから、クレオの腕に抱きついた。
「……ちょっと。いきなり抱きつかないでって前に言ったでしょ」
「えへへ。ごめーん」
「もう……」
「これにする?」
クレオが手に持っていた、白に少しだけ空色が混じったストラップを見ながらそう聞くと、クレオはちょっと恥ずかしそうに視線をふらふらさせてから、小さく頷いた。
会計を済ませて外に出たら、空は夕方のけはい。丘から村を見下ろす巨大な木が影になって、村の半分が切り分けられたみたい。
生ぬるい風の束にも一筋くらいは涼しさが混じる、そんな時間だった。小さな紙袋を開けてストラップを取り出すと、ガラス玉はたちまちお日様の色に染まった。
「ね、これ何に付ける?」
「まだ、未定。カフカは?」
「どうしよっかな〜。今のところ、コチちゃんのキーが最有力候補かな」
「だと思った」
クレオはそう言ってくすっと笑う。よかった。ちょっと元気が出たみたい。
それから二人でおしゃべりしながら歩いた。どこに向かうかは決めずにね。だって目的地を決めたら、そこに着いた途端お喋りは終わりになっちゃうでしょ? ずっと話していたい気分だったの。
なのに気づいたら村のはずれ、配送局へ続く道のはじまりにいた。あれ?
「わたしって帰巣本能でもあるのかも」
「ふふっ」
丘の上にそびえた大樹に戻っていく鳥たちを見ながら、そんなことを思ったり。
さすがにこの坂をバイクと一緒に歩いて上がるのは大変。バイクにまたがったクレオの背中に抱きつくと、大樹の向こうに隠れた太陽を追いかけるみたいに、クレオのバイクはのっそりと進み出した。五十五ccのエンジンが苦しそうにうなる。
「ねー、カフカ!」
クレオの声が、通り過ぎていく風に混じって耳に届く。
「なにー!」
クレオは威勢よく叫んだわりに、次の言葉に繋げるまで、しばらく間があった。
「今度うちに泊まりに来ない! ママもパパも会いたがってるから!」
「行きたーい!」
もちろん即答! 行きたいに決まってる。
「あと、一緒に海にも行きたい! あたし、キッサ市のはずれの海岸が大好きなの!!」
「絶対行く!」
「南にある森にも! もうすぐ美味しい木の実が採れるから! あと、秋の仮装祭りにも! それと、それと……」
そこで太陽に追いついて、言いかけた言葉を押しとどめるような日差しに思わず目を細める。
クレオは黙ってゴーグルを下ろして、続きは口に出さなかった。そのうち配送局の前について、バイクから降りようとした時、ばごっと二階の窓が開いて、チルさんの声が降ってきた。
「カフカ、これ! へいパァス!」
チルさんの手から離れて、窓からひらひら降ってきた白く四角いもの。「大事な物なんだから投げんなよ!」っていうハヤテの声も聞こえる。読めない軌道にあわあわしながらも、どうにかキャッチ。手紙だ。もしかして……
「ベルさんからだ!」
そう叫んだわたしから、クレオが目を逸らした気配がした。
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