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「あれぇ」
いけると思ったんだけどな。バイクに差していた地図を広げ、じっと見たりぐるぐる回したりしてみる。
さっき衝撃の事実を知ってから、ぼんや〜り配送局に向かって歩いていたら、見事に迷子になっちゃった。ここどこ? 公園? 人があんまりいない。
あ、茂みの奥になんか発見。近づいてみたら、とても広い空間に、四角い石が何列もずらーっと並んでる。石の前でうつむいたり、お花を抱いたりしている人がちらほら。
しばらく考えてやっと分かった。これ、きっとお墓だ。
洞窟村にお墓はないから、初めて見た。死んだ人ってそのままにしておくといずれ腐っちゃうから、自然に還る場所が必要なんだよね。土の中とか、海とか……
洞窟村で亡くなった人は、海に沈めるんだ。おじいちゃんもそう。沈めるところを直接見てはいないけど。
おじいちゃんとお別れしたときのことを思い出して、わたしは少しさみしい気持ちになってきたけど、ここにいる人たちにとっては、悲しいだけの場所じゃないみたい。ほらあの人、お墓に向かって笑いながら話しかけてる。もういない大事な人にもう一度会える、素敵な場所なのかも。
地図を見たら、この墓地から配送局まではすぐみたい。ほっと一安心。局へ向かう墓地の外周を歩いていると、ひときわ大きな石が目に入った。
字が刻まれている。えー、慰霊……碑。下にもなんかいっぱい書いてる。そしてそれを見上げる一人の背中があった。
おばあさんかな? 追い越しざまに見えた顔は、なんだか途方に暮れているようで、ちょっと心配になっちゃった。あの人も迷子だったらどうしよう。少し通り過ぎた場所で振り返って様子をじっと見つめていたら、おばあさんがわたしに気がついて目を丸くした。
困った顔でわたしを見てる。やっぱり迷子なのかも。
「あの、大丈夫ですか? 困りごとがあればお手伝いします」
こういう時、道に迷ったの? って聞くと逆ギレするご老体もいるから、こう聞くのがベストなのです。わたし、じじばば取扱い検定があったら一級を取れる自信があるよ。
だけどその人はわたしの問いかけに答えずに、ずっと困った顔をしていた。わたしとしたことが、質問のしかたを間違えちゃった? と心配していたら、
「あなた、名前は?」
吐息みたいな声で突然そう聞かれて、ちょっときょとんとしてから、カフカです、と答えた。そしたらおばあさんは「あぁ」と首をゆるく振りながら大きく息をついた。
「知らない子だわ……」
うん、だと思う。わたしもこんなに毛が長いおばあさんには初めて会ったし。
それで、どうしようか? 悩んでいたら、おばあさんは急に顔を伏せてつぶやいた。
「ごめんなさい」
どうして謝るの? 気がすごく弱い人なのかな。大丈夫ですかって聞こうと顔を覗き込んだら、ぎょっとしちゃった。目からぼろぼろと涙を流していたの。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「えぇ、なんで? どうしたの? どこか痛い?」
わたしの声なんて聞こえていない様子ですすり泣いている。バイクを置いて柵を飛び越え、うつむくおばあさんを支えてあげたけど、ひどく泣き続ける一方だった。
「だ、だれかー……」
周りに控えめな声で助けを求めたら、何人かの大人が駆けつけてきてくれた。おばあさんはとうとう膝を地面について泣きじゃくって、大人たちに慰められてる。
あの、わたしどうしたらいい?
「どうかした?」
柵の外から声がした。見てびっくり、ヒトだ! 若いお兄さん。
「うわぁヒトだ!」
「君もだろ」
「はっ。そうだった」
「気持ちは分かるけどな」
田舎ではあまり見かけないからね、とその人が言う。
わたしはお兄さんの手を借りて柵を越え、道に戻った。ちょっと離れてた方がいいんだって。どうしてか聞いたけど、色々思い出しちゃうんでしょ、って言ってた。よくわかんない。
「どこから来たの? メレレ島? 親は?」
「えっと、ココット村」
「嘘だろ? あんな田舎にヒトの子どもが住んでるなんて聞いたことないよ」
歩きながらそう言われて、正直に話すか迷った。洞窟村で育った、伝説の冒険家シア・アリムスの孫娘です。おじいちゃんの飛行機に乗って家出してきました! ……だめだね。
「個人情報だから秘密……お兄さんは?」
「俺はそこのメレレ島の生まれだけど、今は島を出てここで漁師やってる」
そこの、で東の空を指さした。指の先には島が浮いている。
「お兄さんも島を出たの?」
「そりゃ若いのはみんな出てくよ。土地は痩せてるし、水だって限られてるだろ? 面白いもんなんてなんも無いし。老人たちには止められたけど」
わたしは急に、このお兄さんにものすごく親近感を覚えた。だよねだよね、どこの島でもじじばばがうるさいのは同じなんだね。
「分かる〜。じじばばたちってなんであんな頭でっかちなんだろうね。うちもね、ヒト以外は野蛮なケダモノだ! 危ない! とか言って、一歩も外に出してくれなかったの。差別にもほどがあるよ」
うんうん、と頷きつつ、お兄さんは片目を細めて笑う。
「老人が止める気持ちも分かるんだけどね」
「そう?」
お兄さんははっきりと頷いてから後ろを振り向いた。同じように振り返ると、石碑の近くにあるベンチにさっきのおばあさんが座っている。今は落ち着いているみたい。よかった。
お兄さんがまた歩き出したから、つられてわたしも歩き出す。少し先の道を曲がると、キッサ市の配送局に着くはず。お兄さんにそろそろお別れだって言いかけたら、先に言葉が降ってきた。
「君って人懐っこいし、可愛がられて育ったんだなってすぐ分かったよ。その「じじばば」たちによほど大事にされてきたんだな」
「え〜?」
わたしは半目でお兄さんを見上げた。まあ、確かにみんなわたしのことを可愛がっていたけど、でもあんな村にずーっと閉じ込めようとしてたし、大事なことを教えてくれなかったし。特に長老!
「そうかなぁ」
「そうでしょ」
お兄さんが大人っぽくふふっと笑う。
「大切じゃなきゃ心配なんてしないでしょ」
どきっとした。それと同時に、ちくっとした。
口がへの字になる。みんな今どうしてるだろ。わたしがいないせいでお店は使えない。バレンさんがなんとかしてくれてるとは思うけど、やっぱり不便だと思う。
お兄さんは、黙りこくるわたしを苦笑しながら見つめてる。大人の余裕ってやつ?
「……お兄さんは大人になってから故郷を出たの?」
「そうだよ。家出娘ちゃんとは違ってな」
……へ?
ばれてる!? なんで!?
「ななななんのことやら……」
「早く帰って謝ったほうがいいんじゃないの?」
「しっ……しらない! ばいばい!」
「あ、ちょっと」
逃げるようにバイクを引っぱりながらエンジンをかけ、慌てて飛び乗った。サイドミラー越しのお兄さんはこっちを見ていたけど、追いかけてくる様子はなくて、ほっとして道を曲がる。
危なかった。感じのいい人だったから、つい油断してあれこれ喋っちゃった! 前方に見えてきた配送局の隣に見慣れた影を見つけて、大きな声をあげる。
「ハヤテー!」
ききーっ。エアブレーキをかけながら百八十度急回転、急停車。
「うおっ。その停止方法どこで習った」
「今編み出した! カフカブレーキ!」
「危ないからもうすんなよ」
ハヤテはそう言ってから、何かに気づいたようにじっとわたしを見る。
「やたら汗かいてね? ちゃんと水飲んでるか?」
「の、飲んでるよ?」
顔を覗き込んできたハヤテにほぼ空っぽの水筒をむりやり握らせた。ほう、と言って水筒入れに戻すと、また鼻先をずいっと近づけてくる。
「……なんかあったろ」
なんでみんなそんなに鋭いのよ!
「ななななにもなかったよ〜ピ〜ピュルリぴろりろりー」
「口笛うま」
「ほらほら、ちゃんと配り終わったよ! ハヤテももう終わったの〜?」
荷台をパカッと開けて見せて、無理やり話題を変えた。もう、察しがいいんだから。まだ怪しんでいるハヤテを早く帰ろうと急かして、びっしょりかいた冷や汗を拭った。
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