いつも通りの会話をしていたら、あっという間に到着。青い門を飛び越えて、白い街並みの中に降り立つ。この半円形の青い屋根を乗せたまあるい建物がキッサ市の配送局みたい。

 キッサ市の配送局は街の大きさに見合わず小さくて、ココット村配送局よりも更に人手不足らしい。だから市の一部はわたしたちが配送を担当しているの。


 現地の局員と協力してコンテナを下ろしたら、わたしとハヤテはそれぞれ、手紙と荷物を積み込んだバイクにまたがった。クレオが乗ってるのとは違って、空を飛ぶタイプだよ。小型とはいえ揚力機関がついているから、結構重い。


「じゃあ気をつけてな。なんかあったら連絡よこせよ」

「うん。ハヤテも気をつけてね」


 ハヤテにバイバイして、わたしもスロットルを回す。もうバイクの運転だってお手の物!(たま〜に転げそうになるけど)

 局の前を通り過ぎるとき、窓から局員さんが顔を出してお見送りしてくれた。手を振って応え、大通りへと向かう。


 角を一つ曲がると、世界ががらりと変わった。人がたくさん! 上空から見たときもびっくりしたけど、横から見ると迫力が違うね。人の流れに乗るタイミングを計れなくて右往左往。このままじゃ日が暮れそうだったから、思い切って人と人の隙間に突っ込んだら避けてくれた。


「ミミ通りは……あっちか」


 人の歩調とそう変わらない速度で走りながら、地図を見て行き先を決める。少し走ったところにある交番の角を左に曲がると、小さな路地に出た。曲がったりくねったり階段があったり、道幅も一定じゃない。狭いところは人が三人くらい横に並んだらぎゅうぎゅう詰めになっちゃいそう。

 いちばん手前の家の壁からぶら下がった看板に、ミミ通り一番、と書いてある。わたしの配達箇所で合ってた。


「迷路みたい」


 入り組んだ建物の隙間を縫うように道が続いている。道そのものが隠れ家みたいで、ちょっとわくわくしちゃう。


「コールさん、リリさん、ピッツさん……」


 仕事自体は慣れたものだから、次々に手紙を郵便受けに入れていく。順調順調。

 アーチの影でしましま模様になった道を抜けると、ちょっと開けた場所に出た。小さな噴水があって、その周りで賑やかに遊んでいた子どもたちが、わたしのエンジン音に反応して振り向いた。

 四人、みんな男の子かな。イヌ、ネコ、ウサギ、ウマ。目をまん丸にしてわたしのことを見ている。


「ヒトだ」

「白い」

「ちょーレアだ」

「しかもまだ子どもじゃん」


 あなたたち、わたしよりも頭一つぶん小さいって自覚がないの?


「どう見てもわたしのほうが年上でしょ」

「しゃべった!」


 当たり前でしょ。珍獣扱いしないでよ。


 とはいえ悪意とかは感じないし、相手はお子ちゃま。通り過ぎるときは笑顔で手を振ったよ。

 広場を出て、曲がりくねった路地を行く。すると、とある場所から建物がぐんと高くなって、見上げる空が細い縦長になった。


 これがアパートかぁ。同じ大きさの窓と郵便受けが、外壁に等間隔に並んでいる。つくりは一緒だけど、花台に置かれたプランターや花の種類、色なんかはみんな違っていて、それぞれ違う人が住んでいるんだって思えた。


 二階以上の集合住宅には、玄関じゃなくて窓の横に郵便受けがあるのが一般的らしい。左のハンドルを回してバイクの高度を上げ、アパートの二階部分に並び、配達を再開する。ときどき家の中にいた人が顔を出して、驚き半分、興味半分の笑顔を見せた。


「こんにちは。どこから来たの?」

「こんにちは。ココット村から!」

「へー。ありがとう、かわいい郵便屋さん」


 そんなやり取りを何度かして、たまに飴玉を貰ったりして、わたしはあっという間に全ての手紙と荷物を配り終えた。

 通りの終わりの家に荷物を届けてハンコを貰い、バイクにまたがろうとしたけど、やめた。だってすぐそこに海が見えていたから。


「わ……」


 路地から明るい道に一歩出ると、視界はきらめきと青色で埋め尽くされた。ざあ、ざあ、と繰り返し聞こえる、このざらついた優しい音はなんの音だろう。

 わたしはバイクのエンジンを切って、側面についたスイッチを蹴りつけてタイヤを出して転がしながら柵の近くに寄って、広い海原を眺めた。


 ふと思いついて、ポケットからハヤテに貰ったコンパスをかばんから取り出し、柵の上の平らな部分に乗せた。ぐるっと回して白い針とマジックで書かれた目印をぴったり合わせる。


「洞窟村があるのがあっちかぁ。あれじゃあないよね。大きすぎるし」


 水平線の向こうにぼんやり見える大きな浮遊島から目線を落として、今度は柵の真下をのぞき込む。透明な海水の中で小さな魚がゆらゆらと泳いでいた。あの魚、ヒレがカーテンみたいで可愛い! こっちには……かたつむり? みたいなのが岩にくっついてる。へんなの。


 ざあざあっていう音は波の音だったみたい。目をつむってずっと耳を傾けていたくなる、気持ちのいい音。


 わたしは腕時計を見て、少し考えた。配達が早く終わったし、ちょっとだけ散歩してみようかな。

 ここは照りつける太陽を遮るものがないから、汗が吹き出るほど暑い。だけど気分はとびきりよかった。波の上を木の葉が漂うみたいな足取りで海沿いを歩いていく。


 そしたら、だんだん柵の向こうの海が引っ込んでいって、代わりに岩場が現れた。更に進むと岩場は砂に侵食されていって、やがて広い砂浜にたどり着いた。

 看板がある。キッサビーチだって。砂浜にはカラフルな水着姿の人がぽつぽつといて、海で泳いだり、ボールで遊んだりしている。


 もう少し歩くと、塗装されたパイプで組まれた階段式の客席がずらーっと海を向いて鎮座していた。あれなあに? きれいな海を眺めるための席? きょろきょろしていたら、すぐ近くの店先に貼ってあるポスターが目に入った。ビーチバスケ教室生徒募集中、第八回シパーフ郡サーフィン選手権大会のお知らせ、そして、


「第三十一回キッサ市エアレース大会、だって。ハヤテが出るやつだ」


 ポスターに書かれた簡易地図を見てみたら、会場はまさにここ。

 エアレースって色んなルールの大会があるらしいんだけど、この大会は障害物と妨害ありの、二人一組で参加するやつなんだって。障害物ってなんなんだろ。トゲトゲした鉄球が振り子みたいに揺れていて、ぶつかったら海の藻屑……みたいな? そんなわけないか。


「エアレースに興味があるの?」

「わあ!」


 お店の小窓が開いて、中からにゅっと女の人の頭がでてきた。びっくりした……女の人はちょっと申し訳なさそうに、だけどすごく楽しそうに笑って耳をピコピコさせている。


「へへっ。エアレースに興味があるヒト類の子供の配送局員なんて初めて見た。どこから来たの?」

「んと、ココット村で」

「ああ!」


 わたしが言いきらないうちに歓声をあげて、目をキラキラさせる。


「去年の大会でララニのトラくんをぶん殴ったリスさんがいるところでしょ?」


 ほえ?


 それぜったいチルさんじゃん。


 チルさんしかいないじゃん。


「あれは痛快だったな! あのトラくんってばずっと不正妨害の疑いがあってさ。それに反則スレスレの小狡い操縦で、色んなとこから嫌われてたんだけど、いつも証拠不十分で野放しにされてたのよ。だからあの子がぶっ飛ばしてくれてサイコーだった!」


 汗がだらだら出てきた。チルさん、本当に殴ったの? あの時はアイス食べながら聞き流してたけど、ただの比喩表現かと思ってたよ。


「でもそれで出場停止になったから、今年は出れないのかぁ。残念」

「ぼ、ぼうりょくはよくないから、しかたないと思う」

「あれ? キミの仲間じゃないの?」

「仲間だけど……」

「まあいいや。今年もココット村応援するわ! がんばってねー!」


 ぱたん。小窓が閉じられて、大口を開けたわたしが一人取り残された。


 ハヤテが一人で出ることになった理由が分かって、苦笑するしかないや。ははは……

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