「いそげいそげー!」

「結局一匹しか釣れなかった!」


 小さなバイクが一生懸命に坂道を登る。ハンドルを握るクレオの背中にしがみつきながら、わたしは時計を見て叫んだ。


「あと一分!」


 叫んだのと同時に坂を登りきった。バイクから飛び降りて、ヘルメットを脱ぎながら局内に飛び込む。


「セーフ!」


 ドアを開けながらそう叫ぶと、まだギリギリお昼休み中なのに、もうお客さんが何人かいた。ロビー中の人から苦笑されて、二人揃って恥ずかしい。


「二人ともおかえり。今日の釣果は?」


 奥のデスクから、局長のヘルガさんが綺麗な声で聞いてきた。わたしは網に入った魚をバケツから取り出して掲げて見せる。


「見て! 初めての一匹」

「ウソ。あれで本当に釣れたの?」


 ヘルガさんってば、信じてなかったの? わたしはいつか釣れるってちゃんと信じてたよ。たとえ装備がハヤテが二十分で作ったお手製竿だったとしてもね。


「屋上に上がる前に冷蔵庫に入れていきなさい」

「はーい」


 返事をして、一緒に急ぎ足で階段を上る。クレオとはここでお別れ。


「じゃあ気をつけてね。危ない操縦しちゃダメなんだからね」

「うん。クレオも頑張ってね」


 手のひら同士でやわらかくタッチして、わたしはもっと上を目指して駆け上がる。


 ここに来て二週間弱。お手伝いにもすっかり慣れて、人手が足りないときは配達にも行ってる。今日もハヤテと一緒にキッサ市へ配達に行くんだ。

 キッサ市はココット村の東にある海辺の街。家出した日に上空を通り過ぎた、あと白い建物がたくさん並んだ街のことだよ。


 賑やかな街みたいだし、楽しみだなぁ。ココット村や隣の村には配達や買い物で何度か行ったけど、「市」ははじめてだもん。

 新聞紙でくるんだ魚を冷蔵庫に入れて、急いで屋上に向かった。もう待ってるかも。


「ごめん遅れたー!」


 やっぱりもう待ってた。他の輸送機はもう出払っていて、エンジンがかかった状態の二号機だけが取り残されている。ハヤテは操縦席のスライド式ドアにもたれながら、ロジャーさんと雑談しているみたいだった。ロジャーさんは大きな体を縮こまらせて翼の陰にしゃがんでいたけど、わたしを見つけるなり這い出てきた。


「おう。大物でも釣れたか」

「うん。はじめて一匹釣れたんだ」

「マジで釣れたのかよ。あの竿で?」


 横からそう言われて、信じられない気持ちでハヤテを見る。あなたも信じてなかったの? 竿を作った本人なのに? 大人って適当すぎない? わたしとクレオはメイドインハヤテの釣竿の性能を心から信じてたのに。


「作り手としての自覚が足りてないんじゃない?」

「枝とゴミで作っただけだし」

「プロ意識の欠如! ねえロジャーさんどう思う?」


 話を振ったはいいものの、腰ベルトに吊るした点検ハンマーを服の裾で磨くのに夢中になっていた。なんだ、と言わんばかりに前髪の隙間から片目を覗かせて首を傾げる。


「うん? 聞いてなかった。ハヤテが悪いんじゃないか」

「ひでー」


 ロジャーさんのマイペースさっていいよね。わたしは好きだよ。


「ほら、揃ったなら早く行ってこい」

「はーい。ロジャーさんは午後は何するの?」

「俺はレースに向けてエイスの手入れをする」


 視線で指したのは、整備上に唯一残った飛行機、エイス。コチちゃんと同じようなかたち(ロジャーさんから見たら全く別物らしいけど)をした二人乗りの飛行機で、追加料金(だいぶ高い)を貰って依頼された速達物の配送に使うよ。ハヤテが洞窟村に来たときも、これに乗ってきたんだって。

 そして毎年恒例、キッサ市で行われるレースには、このエイスで参加しているらしいよ。再来週のレースに向けて、色々いじくるところがあるみたい。


「行ってきまーす!」

「気をつけてな!」


 小型輸送機T‐3のエンジン音は結構やかましい。窓を開け、負けないように声を張り上げて、上昇する機内からロジャーさんに向けて手を振った。

 さて、今わたしが座っているのは、ハヤテの隣の席。ココット村配送局所有のT‐3、その中でも旧型の二号機には副操縦装置がついていないから、単なる助手席。自分で飛ばすのも好きだけど、手ぶらでのんびり景色を眺めるのも楽しい。あ、南に向かって飛んでるあの輸送機うちのだ。だいぶ遠いけどギリギリ見える。


「あれチルさんじゃない? ちっちゃく三号機って書いてる」

「ん? あー……あんな遠いのによく見えるな」


 ハヤテには見えないの? わたしって実は目がよかったりするのかな。あんな薄暗くて狭い洞窟村で育ったから、視力のよさを有難く思う機会なんてほぼなかったけどね。


 われらが二号機は向きを変えて、キッサ市を目指して進み出す。ゴーゴー! 空気が澄んでいるから、四十コルトル離れたこの場所からでも、海と市の入口が見えた。白い街と青い海に見とれちゃう。


「楽しそうだな」


 ハヤテにそう聞かれて、無意識のうちに席から身を乗り出していたことに気がついた。ちょっと恥ずかしくなって、浮いていたおしりを元に戻す。


「まあね。だって前に通ったとき、人がいっぱいいて感動したもん。迷子になったらどうしよう!」

「そんなウッキウキで言うことか?」


 呆れ半分で笑われて、「迷子になったらすぐ交番にいけよ」って教えられた。わたしは配達する手紙を入れるためのバッグのサイドポケットに入れてあった街の地図を取り出して、交番の場所を確認する。


「知らない人についていくなよ」

「はーい。もう、心配性なんだから」

「カフカがもうちょっと慎重だったらそんなことも思わねーんだけどなー」

「あ、このマーチ通り? のキノコ料理専門店気になる! 今度の休みに行こっかな」

「聞けよ」

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