10日目
1
穏やかに流れる水面に、赤と青のウキが二つ。ぴんと張った釣り糸の先でぷかぷか泳いでいる。
「……それで怖くて眠れなくなっちゃって、チルさんと一緒に寝ようと思って起こしに行ったの。いつでもおいでーって言ってたから。だけど、全然起きなくて」
「うん」
「仕方ないからリビングのソファで毛布を被ってたら、ハヤテが様子を見に来てくれて、一緒に寝てくれたの。あ、一つのソファで寝たわけじゃないよ。反対側でね。だから、朝は体がミシミシしてた。直ってきたけど」
「ふーん。ハヤテって結構面倒見いいよね。お兄ちゃんって感じ」
「本当に妹がいるんだって。だからかな?」
「いいな、妹。あたし一人っ子だから」
「わたしもだよ」
「そーだった。同じだ」
「ね」
隣で釣竿を握るクレオと顔を見合わせて、くすくす笑う。
空は快晴、じりじりてかてかの真夏日。お昼ご飯を急いで食べて、配送局から少し下ったところにある川べりに座って釣りをするのが日課になっていた。
初日こそ初めての釣りに大興奮だったけど、今じゃクレオとおしゃべりしている間の手なぐさみくらいにしかなってない。だって全っ然釣れないんだもん。
お昼休みのたびに釣り糸を垂らし続けて、これで何日目になるかな? わたしがここに来たのがちょうど十日前で、クレオと友達になったのがその二日後で、次の日に釣りを始めたから……もう一週間もなにも釣れてないってこと!? 釣りって過酷〜。
「……あ、また餌だけ取られた! 好き嫌いせず針も食べなさーい!」
川を流れているのはとても澄んだ水だから、泳ぐ魚も、浅い川底までもよく見える。わたしの怒りなんて知らん顔の窃盗犯は、ヒレをやわらかく動かしてすーっと下流に降りていく。まったくもう。
「クレオ、餌つけて」
「はいはい。ったく、こんなちっちゃい虫くらい触れるようになりなさいよ」
「でも、なんか変な汁とか付くし」
「洗えば取れるでしょ! ほら」
「ありがと〜好き」
「子どもみたいなんだから」
付けたてぴちぴちの餌をひょいっと魚の群れ目掛けて投げると、蜘蛛の子を散らすみたいに逃げていった。なんでよ。おいしい虫だよ。
「ねえ、手紙返ってきたの?」
クレオが急にそんなことを言った。釣り糸がぴんと張り詰めるのと同時だった。手紙? 手紙…………
「はっ、来てない」
「あんた言われるまで忘れてたでしょ」
「そ、そんなことないよぉ」
ベルさんからのお返事、そういえば来てない。出してもう一週間以上経つのに。
「ちゃんと届いてなかったらどうしよう」
「もうちょっとしたらもう一回出してみたら?」
こくんと頷く。でも、手紙が返ってきて、ベルさんに会いに行ったら、もう帰らなきゃいけないや。いつまでも泊めてもらうわけにはいかないし、村のみんなやバレンさんたちも心配してるだろうし。
「あーあ、帰りたくないなー」
絶対怒られるもん。川に浸けていた足を持ち上げて、ぴしゃりとしぶきを立てる。
クレオが隣でむむっとした雰囲気を感じた。イライラしてるんじゃなくて、落ち込んだり不安がってるときによく出す雰囲気。安心させようと、わたしは続けて話しかける。
「夏休みいつまでだっけ」
「……あと二週間」
「二週間かぁ。それまでここにいるかな」
あれ、むっとしてる。話題選びに失敗した?
「学校いいなぁ。わたしも通ってみたいな」
「……別に。学校なんて、そんないいもんじゃないし。みんな子どもっぽいし、男子はふざけてばっかだし」
クレオはそこで一息区切ってから、
「実際通ったらがっかりするよ」
そう言い切って、さっきわたしがしたよりも強く、水の中から水面を蹴り上げた。ぱしゃっと勢いよくしぶきがあがって、二人の服に染みを作る。
「でも、クレオと一緒に通えたら楽しいと思う」
「……それは、そうかも」
うんうん、本当にそう思うよ。だって、クレオとおしゃべりしてると楽しくて、時間があっという間に過ぎちゃうもん。クラスにクレオと、あとノルンもいたら完璧! ……ノルンとは、地上に来たことは伝えたものの、予定が合わなくて、未だに会えてないんだけどね。
ああー、もう本っ当に村に帰りたくないよぉ。ため息をついてでろーんと肩を落とすと、なんだか竿が震えてる気がする。
「ちょっとカフカ、引いてる。ほら見てにゃ! 魚かかってる!」
「えっこれどうするの!? わあー暴れてる!!」
「引っ張るの! せーのっ」
きらきらと輝きながら、わたしの顔の幅くらいの魚が夏の空に舞う。きれい……って、まっすぐこっちに向かってくる!
「ギャーッ! 顔についた! やだやだヌメって、ヌメってしたー!」
「暴れないでちゃんと捕まえて! 逃げちゃうにゃー!」
生臭い! ぬめる! 騒ぎ立てるわたしから釣竿を奪い取って、魚を素早く針から外した。
「やっと一匹釣れた! ……ちょっと。もっと喜びなさいよ」
「ウン……手がくさい」
「しゃきっとする! ほら、この調子でもう一匹釣るの!」
もう満足なんだけど、クレオに叱られて渋々釣竿を振った。
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