「んあ〜……」


 寮のテーブルに両腕を投げ出してだらーん。斜向かいに座るチルさんが、ミックスナッツの大袋をお皿にあけながら目を細める。


「お疲れかね、若人よ」

「うん……気持ちがね。チルさんの二日酔いはもう大丈夫なの?」

「おう余裕よ。迷惑かけたねー」


 ただ今の時刻は夜の七時。晩ご飯を食べて気が抜けたら、イヤミーのことを思い出して嫌な気持ちになってきた。嫌なことってあとからくるよね。あと、クレオとの仕事中にミスをしたこと、全然話せなかったことも胸の奥に刺さってる。


「クレオとうまく話せなかったんだって?」


 ぎくっ。


「なんで知ってるの?」

「パートのおばちゃん情報。お互いもじもじしてて可愛かったって噂してたよん」


 お互い? クレオは終始不機嫌顔だったけどな。


「まー焦るこたないわ。カフカくらいの歳の頃は、友達なんて作ろうと思って作るもんじゃなかったもん」

「じゃあどうやって友達になってたの?」

「いつの間にか。二人ももう何日かしたら勝手に仲良くなってるね。間違いない」

「そうかなぁ」


 チルさんがナッツを一つつまんで顔の前に差し出してくれたから、あーんと口を開けて放り込んでもらった。あまじょっぱくておいしい。


「ひょういえば、もぐ……ねえチルさん」

「んー?」

「今日ララニ中央に行った時さー、イヤミー……イヤムっていう人に会ったんだけど」


 まだ喋り終わらないうちに、チルさんが指でつまんでいたナッツが粉々に砕けた。


「あ? アイツがなに?」


 目が血走ってる。こわい。なにごと?


「クソッ。あの時確実に息の根を止めとくべきだったか」


 カシュッと音を立てて二本目のビールを開け、飲み口にかぶりついた。何度か喉を鳴らしてから勢いよくテーブルに缶底を叩きつける。


「なんか言われた? 正直に」

「な、なんにも?」

「嘘つけ。イヤーなこと言われたんでしょ? いいわ次こそキッサ湾に沈めてやる……フ、ククククク……」


 こわいよたすけて。シャワーを浴びに行ったハヤテを探して男子寮の方を見たら、なんと丁度よくタオルを首にかけて、Tシャツ短パン姿で出てきた。


「ハヤテぇチルさんが変になっちゃったよお」

「なんだ?」

「おうハヤテ出撃よ! 水鉄砲を十五ミリ機銃に載せ変えてきなさい」

「なにいってんだこいつ」


 腕を組んできたチルさんを無視してタオルで頭をふきふき。耳がぴこぴこ。そのまま一緒に台所に行って(引きずって)アイスとスプーンを持って帰ってきた。


「ほれアイス。遠慮せず食え」

「いいの? やったー!!」

「うちの可愛い可愛いお客さんをむちゃくちゃにしやがって……殺ってやる……」

「だから何の話だよ」


 されてないし。アイスのフタを剥がしてスプーンを突き立てる。遠慮なく食べちゃうもんね……んまー! 冷たいっ。舌の上で溶けてる!


「カフカから聞いたの。イヤムに絡まれたんでしょ」

「ああ……お前は気にすんなよ。話がこじれるから」

「いーや気にするわ。今年こそ撃墜してやる。爆発炎上上等よ大会なんて五年くらい中止にしてやるわガハハハハハ」

「おまえはどのみち出れないだろ。あーもう絡まるな酔っ払い。おいくっつくなって!」


 おいし……うま……


「ええ〜こんな美人に抱きつかれて嫌な男なんておりゅ?」

「セクハラで訴えられるか窓から突き落とされるか、好きなほう選べよ」


 あれ、無心で食べてた。全部なくなっちゃった。アイス美味しかったな……次はチョコ味も食べたい。ヘルガさんにもらったお給料もあるし、明日買いに行ってみようかな。


「美味しかった〜ハヤテありがと…………あ、ごめんわたし戸締りの確認してくるねっ」

「カフカ。なあ、おい、違うって! 待ってぇ!」

「ヘルガさんには言わないでねー」


 見ちゃいけないもの見ちゃった。詳しいことはご想像にお任せするね。こういう時は何も見なかったことにして、その場を立ち去るのが一番なの。いち、にの、ぽかん。はいもう熱烈に絡み合う二人の姿なんて忘れちゃいました。あ、星空きれ〜。




 常夜灯に照らされた階段を駆け下りて、誰もいない一階へ行くと、真っ暗で不気味な感じ。洞窟村はいつでもどこでも蛍光キノコが光っていたから、こういう本当の真っ暗闇には慣れてないの。壁をまさぐってスイッチを探り当てて、電気を点けた。


 カチカチと点滅したあと、ぱぁっと部屋が明るくなる。これでひと安心。玄関のドアに手をかけて押してみる。ちゃんと閉まってると思うけど、一応ね……って、


「開いてる……」


 ドアは抵抗せず、外に向かって開いた。外はもちろん真っ暗。急いで閉じてあらためて鍵をかける。


「もう、不用心だなあ。わたしが見に来てよかったね」


 誰に言ってるのかって? 独り言だけどなにか?  

 暗くて怖いの。だからなにが言って気を紛らわしてるの。なんか悪い?


 カーテンのない窓に、しぃんと冷たい暗闇が映っている。なにか変なものが見えちゃう前に背中を向けて、電気を消して階段を駆け上った。


 下りるときはそんなに怖くなかったし、周りも全然気にならなかったのに、今は薄暗い照明が頼りなく感じちゃう。懐中電灯でも借りてきたらよかった。


 踊り場から上を見上げると、昼間作業した二階の部屋が黒黒とそこにあった。横を見ないように勢いよく通り過ぎよう。ちょっと息を整えてから、階段を一段飛ばしで駆け上がる。二段、四段、六、八、十、十二! やった、ここを過ぎたらもう余裕……


「ひゃ……」


 見ちゃった。ていうか、見ざるをえなかった。だって、部屋の隅がぼんやり光ってたんだもん。

 下りる時はいなかったよね? いやいた!? 分かんないよねえこれおばけ? ううん、玄関が開いてたし、もしかして泥棒!?


 と、とりあえず電気つけてみよ。もしおばけでも、明るいところでは消えるんでしょ? 泥棒だったら……盗られたものを返してもらおう。悪い人っていったって、話せばわかってくれると思う。たぶん。


「電気……あれ、こっちだっけ」


 壁をペチペチさわさわするけど、なかなかスイッチの場所を見つけられない。だんだんドキドキしてきた。気づかれたらどうしよう。見つかってから逃げても間に合う? 叫んだら誰か来てくれるかな……


「ヒッ」

「!?」


 背後で響いた呼吸音にぞわりと鳥肌が立つ。驚いて振り向くと、なんとあの光が目の前に迫っていた。

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