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空の旅は今日もつつがなく、とっても楽しく過ぎていく。草原や森を見下ろし、何本もの小川を飛び越えた。大きな牧場もあったよ。牛が放牧されていて、近くで見てみたかったな。あと、すれ違った飛行機の操縦手にまたびっくりされたりもした。
ハヤテと色んな話もしたよ。ここよりずっと北にある田舎町の生まれで、お姉ちゃんが一人と妹が二人の四人兄弟。おうちはオコメ農家で、長男だから跡継げって言われてるけど、無視してるらしい。妹たちはまだ小学生で、可愛いけどやかましい。二つ年上のお姉ちゃんは正直苦手……とかね。
なんで故郷から遠く離れたココット村の配送局で働いているのか尋ねたら、苦い顔で「借金を返すために、給料のいい仕事をしてるんだ」って言ってた。なにか重い過去でもあるのかと思ったら、数年前、故郷を出て旅をしていたときに、飛行機の操縦を誤って重要文化建造物を破壊したせいなんだって。自業自得だった。
お話してて、すごく思うこと。それは、やっぱり歳が近い人とお話するのは楽しいってこと! 村にいた頃は、商船の人たちか、ノルンと無線で喋るくらいだったから。……別に村のじじばばが嫌いってわけじゃないけどさ。
だけどわたしから話すことがあんまりないのがちょっと悔しい。キノコの栽培方法とか、洞窟村の老人たちの人間関係とかならいくらでも話せるけど、きっと興味無いでしょ? わたしも兄弟の話とかができたらよかったのに。
「見えてきた」
ハヤテが声で示しているものがすぐに分かった。だって、物凄く大きな街が見えてきたんだもん! 昨日見た海辺の町とか、ここに来るまでに見かけた村とか、そんなの比じゃないくらいの大都会。一体いくつの建物があるの? 百? 千?
「そんな都会じゃないけどな」
「うそっ」
てっきり首都かと思った。でもハヤテが言うには、首都はここの十倍は大きいんだって。考えただけで目が回る〜
街のはずれにあるレンガ造りの大きな建物が、目的地のララニ郡中央配送局。ハヤテが無線で到着を伝えると、建物の中から人が出てきて誘導してくれた。まずはコンテナが降ろされて、それから着陸。コチちゃんから降りるわたしたちに、配送局の制服を着た小柄な人がちょこちょこと走り寄ってきた。
「ハヤテさんお疲れ様ですー! 受け取り書類にサインお願いしまーす。こちらは新人さんですか? はじめまし……どひゃー!? ヒトだ!! しかも子供!? なんでこんなところに!?」
なんかこの驚かれっぷりにも慣れてきたなぁ。
「バイトのカフカです」
右手を手を大きく上げて挨拶した。ハヤテも横から付け足す。
「訳あってしばらく面倒みてんだ」
今日は逆に助けて貰ってるけどな、と言いながらサインを書いて、複写された控えをちぎってカバンに納めてから局員さんに返した。
「こ、こんにちは。耳のかたちかわいい……あっ、確かに受け取りました! ちゃんと休んでいってくださいね。二時間のフライトにつき、最低十五分の休憩が必要ですから。バイトさんも例外じゃありませんよ」
「はーい」
そうして案内されたのは、整備場の隅っこにあった、アウトドアテーブルとイスが置いてあるスペース。ハヤテはここで勤める人たちとは顔見知りらしく、軽く手を挙げたりして挨拶してる。でも、みんなからわたしの存在についてつっこまれるから、「バイトだよ」とか「知り合い」とかいちいち返すのが大変そうだった。
椅子に座って冷たいお茶を飲んでさっぱり。操縦席でお日様に炙られていたから、汗をたくさんかいちゃった。帰りは窓を開けていこう。
吹き込んでくるぬるい風を感じながら、目の前の、広い割にがらんとした整備場を眺めた。きっとほとんどの飛行機は仕事に出てるんだね。数少ない、お留守番中の輸送機のお腹に二人の整備士さんが潜り込み、のんびりとした動作で工具を突っ込みながら喋っている。
局の前には石で舗装された道路が敷かれていて、ひっきりなしにバイクや人が行き交っていた。あと、たまに車も。これで本当に中くらいの街なの? ここに住む人が洞窟村を見たら、村とさえ思わないかもね。わたしって本当に世間知らずで、小さな世界で暮らしてたんだって思い知る。
「疲れてないか?」
ハヤテが聞いてきたから、わたしは「全然」と返した。元気いっぱいだよ。
「じゃ、そろそろ出るか。帰りもよろしく」
「うん!」
行きの道中はわたしの操縦に不安を感じていたみたいだけど、わたしの素晴らしく的確かつ卓越した操縦技術を目の当たりにして、すっかり安心したみたいだね……調子に乗りすぎ?
局員さんたちに出発することを告げて、コチちゃんのところへ行こうとした時だった。整備員さんが胸元の無線機でざらついた声を受け取り、わたしたちは壁際に寄るように指示されて、間もなく一機の小型輸送機が発着場に着陸した。
青いボディに、配送局のマーク。スライド式のドアが開いて中から出てきたのは、配送局の制服を着た、背の高い操縦士さん。たくましい体つきだけど、長い手足のしなやかな動きがブコツさをあまり感じさせない。
「げっ」
ハヤテがすごく嫌そうな声を漏らした。どうしたのって聞こうとしたら、先にさっきの操縦士さんが「おやー?」とこちらに気づいて近づいてきた。帽子を被ったまま、黒いまだら模様の散らばるスマートな顔を笑顔に変えてこう言った。
「やあ、あのココット村配送局の負け犬くんじゃないか、久しぶり! あんな田舎からわざわざご足労どうも」
あ、このひと嫌い。
「はいどうもインチキ野郎。行くぞカフカ」
何この失礼な人。なんか言い返してやろうかと思ったけど、ハヤテがわたしの首根っこを掴んで行こうとするからやめてあげた。心の中ではシャーッ!
「なになに可愛いマスコット連れてんじゃん。弱い犬だから自分より弱い生き物とつるんでると安心するんだね」
背中にぶつけられた言葉に、わたしたちは同時に立ち止まった。
はあ? この人蹴ろうかな。蹴っていい? いいよね。本気でハヤテに許可を貰おうとしたら、ぐぉ、と低い唸り声。次の瞬間、牙を剥き出しにしたハヤテがイヤミー(仮名)さんに掴みかかっていた。
「てめぇまたぶっ飛ばされたいのかよ」
「おおこわい! 土臭い野良犬はすぐに噛み付いてくるんだから恐ろしいな。カフカちゃんもそう思わない?」
「思わない!」
大きな声でそう返してやった。腹立つ! 目を丸くするイヤミーに続けて言ってやる。
「ていうか勝手に名前呼ばないでよ。そもそも、先に噛み付いてきたのはそっちでしょ?」
ハヤテの手を振り払い、肩をすくめてとぼけるイヤミー。今だよハヤテ、一緒に回し蹴りしよう。目でそう合図したら、まんざらでもない顔で頷いた。せーのっ
「やめろよイヤム。またやってんのか」
片足を浮かせたところで、騒ぎを聞きつけた整備士の一人が、イヤミーの肩を掴んで強い口調で怒った。イヤムって名前なの? じゃあもうイヤミーのままでいいや。
「ちょっとお喋りしてただけだって」
ふーん。悪びれるそぶりもないんだ。整備士の人も面倒くさそうな顔で「もう行け」ってジェスチャーしてくる。そっちが百パーセント悪いのに、こんな態度されるなんて納得いかない!
「おい。カフカには謝れや」
「ハヤテにも謝ってよ」
同じことを思っていたみたい。嬉しくて便乗してみた。
「ああいいよ。今年俺に勝てたら、いくらでも謝ってやるよ」
にやにやしながら「当日が楽しみだな!」と吐き捨てると、整備士さんに乱暴に腕を引っ張られて、そのまま抵抗せずその場を後にした。こっちを振り向きもせずにひらひらと手を振って歩く背中はガラ空きだった。
「バーカ」
「転んでオイルまみれになっちゃえ」
無防備な背中に向かって、ハヤテが親指を下に向ける。私もすかさず真似しようとしたけど止められた。なんでよ。
「あったまくるー! 何あれ! 知り合い!?」
コチちゃんに乗り込んでさっさと出発した。頭にきすぎて、一刻も早くあの場を離れたくなったから。制限速度ギリギリで飛ばすわたしの後ろで、ハヤテが小さく唸る。
「一応」
「友達?」
「なわけねーだろ。一昨年のレースで負かしてから粘着されてんだよ」
「レース? なにそれ」
ひじを壁について悩んでいる気配がした。どこから話そうかな、みたいな感じ。
「……ココット村の東のキッサ市っつー港町で、毎年、市が主催するエアレースの大会があってさ。速度制限があるし、ガチな大会ってワケじゃないんだけど、公営のイベントだから結構盛り上がるんだ」
ふむふむ。港町のキッサ市って、わたしが村を出て最初に見つけた街のことかな。
「で、ララニ郡とシパーフ郡内の配送局も宣伝がてら毎年出場しててるんだけど、ララニ中央がぶっちぎりで速かったんだ。さっきのアイツ、イヤムって奴、十代の頃エアレーサー目指してたらしくて、毎年全体の三位とか四位とかに入賞してて、かなり得意になっててさ。全国の配送局でレースしたら俺が一番、みたいな感じだったらしいんだけど……二年前、俺がココット村配送局に勤めてすぐに出場した大会で、うちがイヤムを抜いて三位になった」
「ハヤテが出たの? すごいね」
「俺は操縦があんま上手くないから、後席で妨害してただけだけどな」
妨害ってなに? 不穏な単語が聞こえたけど、とりあえずスルーしておく。
「そのときヘルプで首都から一年だけ来てた局員がいて、その人が滅茶苦茶速かったんだよ。で、鼻を折られたイヤムが俺らを逆恨み。去年チルと俺で出場したとき、あからさまな妨害にあって、結局俺らは最下位に。それ以来ことある事にバカにしてくるってわけ」
「えー最低」
「ああマジ最低」
自分の実力不足を人のせいにするなんて情けないね。
「レースは本業じゃないんだから、下らねーことでいつまでも粘着してくんなよな。ったく……」
大きな大きなため息をついて、ハヤテは天井を仰いだ。
エアレースって飛行機の競走だよね。聞いたことはあったけど、もちろん見た事はない。楽しそうだしいつか見てみたいな。
それにしても、チルさんとハヤテが二人で参加してたなんて。意外となかよし?
「なわけねーだろ。他に誰もいないから渋々だよ」
あっそう。
「今年もあるの?」
「ん」
「いつ?」
二本指を立てて、わたしの顔の横から突き出してきた。二ヶ月後?
「んや。二週間後」
「えーっすぐじゃない。また二人で出るの?」
「いや……今年はどうかな。棄権か、俺一人で出るか……」
急に歯切れが悪くなった。振り向いてハヤテの顔色を見ると、やけにくたびれた感じ。耳もちょっと垂れてる。
「チルさん、出ないの?」
「まあ、いろいろあってさ……それより悪かったな。イヤムのやつが失礼なこと言って」
あ、大人が都合の悪いことを誤魔化すときに使う言葉、堂々の第一位「いろいろある」だ。なーんか隠してるね。急に話題を変えたし、間違いない。
まあいいや。折を見て誰かに聞いてみよっと。
二週間後かぁ。わたしはまだここにいるかな。いるなら見に行きたいな。
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