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ぎゅるぎゅるぎゅる。二本の太い鎖が巻き上げられていき、大きな赤いコンテナが屋上の発着場に到着した。ロジャーさんとハヤテがコンテナを乗せている車輪のロックを外し、四角く引かれた白のラインまで運ぶ。
「あれがララニ行きの荷物。もうダブルチェックしてあるから、中とかいちいち見なくていい」
横にいたクレオがぶっきらぼうにそう言った。
ここは飛行機の格納庫が屋上にあるから、重たい荷物をいちいち上まで運んでこなくちゃいけないらしい。トラックなら一階の搬入口に着けられるけど、飛行機だとそうもいかないもんね。
「ありがとう。あと、あの……昨日はごめんね」
「別に」
素っ気ない態度のまま顔を背けられて、ちょっとしょんぼり。クレオは言葉に詰まるわたしのことをちらりと見て、目が合うと慌ててそっぽを向き直した。
気まずい。色々お話したいことはあるけれど、鬱陶しいと思われたら悲しくて、なかなか切り出せない。クレオはむすっとしたまま茶色いおててをぐーぱーさせて、鋭い爪を出したり引っ込めたりしていたけど、わたしの視線に気づくと、怒ったような口調でこう言った。
「分かってると思うけど、飛行機って危ないんだからね。ぶつかったらただじゃ済まないし」
「だよねぇ。事故になったら危ないよね」
「なんでそんな他人事なの? アンタの操縦が下手っぴだから言ってるのにゃ! ……はっ」
クレオは驚いたように息を吸い、ぱっと口元を強く押さえて俯いた。
「ご、ごめん……」
わたしが謝ると、クレオの目線はこっちを見たり、床を見たりと落ち着かない。服の裾をにぎにぎ。
「…………だから、その」
「心配だから、気をつけて行けってさ」
もじもじしていたクレオが、横槍を入れたハヤテをキッと睨む。
「違うし! 勝手なこと言わないでよ!」
フシャーッと怒られたのに、ハヤテはのらりくらりとそれをかわし、続いてやって来たロジャーさんまでのほほんとその様子を眺めていた。ハラハラしてるのはわたしひとりみたい。
コンテナは二人によって定位置まで移動されていて、あとはコチちゃんを真上につけてチェーンで吊るすだけ。わたしは操縦席に乗り込んで、エンジンをかけて機体を浮かせた。ロジャーさんの合図を見ながらそろそろと前進して……はい、ほぼぴったり! ちょっとのズレはロジャーさんがなんかの道具で引っ張って直してくれた。
「上手いな」
へへ、褒められちゃった。
靴底が重たい金属音を拾う。コチちゃんの底面にある取り付け位置にチェーンをかけてるんだ。
「取り付け完了」
「取り付け完了」
ロジャーさんの言葉をハヤテも復唱。下の作業が終わったみたいだね。主翼の横に置かれた脚立をハヤテが上り、軽やかにコチちゃんへと飛び移った。
「よろしくキャプテン」
「まかせてよ」
ララニまでの道なんて分からないから、ハヤテも同行することになったの。
おじいちゃんの帽子をかぶった上から、貸してもらったゴーグルを装着する。似合うかな? 鏡で見てくればよかった。上着はもちろんおじいちゃんのぶかぶかジャケット。袖をまくってボタンで留めてる。
最後の安全確認をして、ロジャーさんとクレオがコチちゃんから離れた。ハッチを閉めて、さあ出発! ……でいい? 後ろを振り向いてハヤテの顔を見ると、
「二、三秒警笛鳴らして」
言われた通りにする。これはてっきり出発を人に知らせるものかと思っていたけど、それだけじゃなかった。
発着場を森のように取り囲む、大樹の樹冠。その中に潜んでいた鳥たちがざわめき、飛び交い、機内にいても枝の擦れる音が聞こえそうなほどの大騒ぎだった。わたしたちにかかっていた、まだらに光を織り込んだ影も大きく揺れる。
「大騒ぎだな。聞き慣れない警笛だから驚いたのか」
「鳥に出発するよって教えたの?」
「そ。俺たちだけの樹じゃないからな」
ざわめきは徐々に収まって、ぽっかり丸い空を飛ぶ鳥はいなくなった。
クレオがキャノピーに落ちてきた葉っぱや鳥の羽根をモップで払ってくれてから、ロジャーさんが後退しながら手に持った赤い旗を空に放るような仕草で振る。今度こそ出発だね。
レバーを引いて上昇開始。重たい荷物を難なく吊り下げて、コチちゃんはぐんぐん空へと上がっていく。
「向きはあっち。橋がかかった大きい道が見えるか? あの道の五十メリル上空を進んでくれ。時速八十コルトルは超えないように。もちろん右側通行な」
「おっけー」
わたしは、「そんな初歩的な交通ルールくらい知ってますよ……」みたいな顔で頷いたけど、多分、何も知らないことはバレてる。そうじゃなきゃこんなに丁寧に説明してくれないと思う。
言われた通り、道の右側をのんびり飛行する。下の道路を行き来するバイクを追い越しながら進んでいると、前の方から大きな車がやってきた。四つのタイヤで土の道を踏んづけて、そこのけそこのけ。走行中のバイクはみんな、トラックに道を譲るために端に寄る。
「でっかいねぇ。何を積んでるんだろ。配送局もトラックで配達したりもするの?」
「でかい街ではしてるけど、うちではやってない」
自動車の運転には免許が必要だから、ドライバー自体が希少なんだとも教えてくれた。車の運転って難しそうだもんね。
目印にしていた橋が近づいてくる。木でできたその橋が跨ぐのは、キラキラ輝きながらゆるくうねる、もう一つの道。……ううん、道じゃない。
「あれって川?」
「ん? ああ」
なにをそんな当然のことを……って思われた気がする。ちょっと恥ずかしい。でもわたしにとっては珍しいものだったの。
綺麗だなぁ。それに、常にこんなにたくさんの水が流れてるって羨ましい。
あんまりよそ見をしているのはよくないから、前を向き直した。目的地のララニ……ララニ郡中央配送局までは、約百五十コルトルの距離。ララニ郡は、ココット村のあるシパーフ郡のお隣の郡で、ベルさんが住んでいる町も含まれている。だから昨日書いたベルさんへのお伺いの手紙も下のコンテナに入れてあるよ。
ハヤテたちが勤めている、シパーフ郡中央配送局、通称ココット村配送局は、四村一市からなるシパーフ郡の中でいちばん大きな配送局なんだって。なんたって『中央』配送局だからね。ちょっとかっこいい。
もちろん取り扱う荷物もとっても多い。だから忙しい。でも人手不足。チルさんいわく、忙しいぶん、ほかのとこよりお給料がちょびっといいらしい。本気で将来の就職先として考えようかな。
「離陸も落ち着いてできてたし、飛行機の扱いが上手いな。十三歳でこれだけ操縦出来たら大したもんだぜ」
「へへへ」
ハヤテに後ろからそう言われて、わたしは謙遜もせずに胸を張った。だってあのシア・アリムスの孫だもの。実の孫じゃないけど。
……あー、やだやだ。長老から「血は繋がってないくせに」って言われたことを思い出しちゃった。ふんだ。わたしの大事なおじいちゃんだってことに変わりはないもん。
「おじいちゃんが生きてた頃、よく操縦の仕方を教えてくれたんだ」
「いいなーめちゃくちゃ豪華なコーチじゃん」
「えっへへ、でしょ? でも実際に飛んだのは昨日が初めてなの」
「…………え?」
なに? その間。わたし変なこと言った?
「…………」
「ハヤテ、どしたの?」
「それもそうか……村から出たことなかったんだもんな……いやでも、えぇ……」
返事は聞こえず、なにやらぶつぶつと独り言が聞こえる。
「おーい」
「……なあ、このことヘルガさんには、てか誰にも言うなよ」
「なんで?」
「あと、安全運行でよろしく……」
「? おっけー」
肩越しに見るハヤテは口をちょっと膨らませて、耳が下を向いていた。へんなの。
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