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ヘルガさんの部屋(あの階全部がお家らしい)から出て、ちょっぴり薄暗い階段を更に上り、四階に到着。寮もこの木の中にあるなんて信じられない! アパートにしたら、一体何人ここに住めるんだろう。木ってこれくらい大きいのが普通なのかな? いや、きっと観光名所になるくらいだから、かなり珍しいはずだよね。
踊り場の角を曲がると、明るく開けた空間に出た。いくつも窓がある広い部屋だ。
左右は細い廊下に繋がっていて、中央には十人以上がゆったり使えそうな、大きなダイニングテーブルと丸太の椅子。手前には薄い壁で仕切られた広いキッチン、奥の窓際にはソファとローテーブル。ここが共用スペースみたいだね。
「ひろーい! ここも部屋中が木だ! あ、この鉢植えかわいい」
「あの村は石ばっかだったもんな」
木の壁を触ってみると、石と違って冷たくない。はしゃぐわたしを苦笑いで眺めるハヤテに許可を貰って、部屋中を見て回った。中でも一番感動したのは、
「冷蔵庫だ……ここ電気通ってるの?」
「おう」
「じゃ、じゃあ、アイスも食べれる?」
ハヤテがフッと笑って冷蔵庫の上の棚をババーンと開け放つ。何段かに積み上げられた浅いカップには、なんとアイスクリームの文字が!
「わああアイスだ!! いっぱいある!」
バニラ、チョコ、プルベリー味もある。わたしアイスをずっと食べてみたかったの!
前に商船のみんながわたしのために地上でアイスを買って、クーラーボックスに入れて持ってきてくれたけど、結局ドロドロに溶けちゃってたんだよね。気持ちが嬉しかったし、ミルクセーキみたいで美味しかったけど、やっぱり固まってるのが食べてみたかったから。
「俺の名前が書いてあるやつなら食っていいぞ。でもチルって書いてるのには絶対手ぇ出すなよ。酷い目にあうから」
「チル?」
頷きながらぱたんと冷凍庫を閉めて台所を後にして、向かって右の廊下の方へと歩いていく。
「寮に住んでる人?」
「そ。この寮、こんなに広いのに今は俺とチルの二人しか住んでないんだ」
廊下に出ると、左右に互い違いにドアが並んでいた。一番手前のドアの前で立ち止まり、乱暴にノックする。
「起きろー」
ゴンゴンゴンゴンゴン! ちょっと乱暴すぎない? 非難を込めてハヤテの顔を見る。
「これくらいやらないと起きないんだよ」
「それにしたってさぁ」
もうちょっと優しくしてもいいと思うけど……そう言いかけたところで、ドアの向こうでゴトン! と重い物が落ちた音がして、どすどすと荒い足音が近づいてきた。
「んもおおおぉうっさいわ!」
勢いよくドアが引かれて、眠そうな目つきの女の人が現れた。
第一印象、ちっちゃい。わたしより歳上なのはなんとなく分かったけど、身長はわたしよりも少し低いくらい。茶色くボリュームたっぷりの大きな尻尾が、リスを連想させた。
ていうか、この人きっとリスだ。上向きに尖った小さな耳も、濃い茶色の毛も、図鑑で見た、木の上で暮らす小さなネズミの姿にそっくり。リス類って呼んだらいいのかな?
「休みなのに悪いな」
「ほんとよ私の有給返せワンコロ」
かわいい口から、ぐーで殴るくらい強い言葉が飛び出したからびっくりしちゃった。でもハヤテだって負けてない。
「そっちだって俺が休みのときでも容赦なく起こすだろうが」
「レディの優雅な休日とアンタが漫画読んで怠惰に過ごす休日とじゃあ価値が全然違うんだっての」
「よく言うよどうせ昼から飲んだくれるだけのくせに」
「っかー、人生の楽しみに口出しするなんて無粋ねぇ。そこのキミもそう思わない? 誰だか知らないけ……ど……?」
仲が良さそうな二人の会話を楽しく聞いていたら、いきなり大人の話を振られちゃった。首を横に振るわたしを見て、リスの人は目をぱちくりさせている。
「ごめんなさい。お酒の話、わかんない」
「…………ちょ、うそ、この子どっから拐ってきたの? 元の場所に戻してきなさい」
「拐ってねーよ」
「ウソ。ヒトの子供がこんな田舎にいるわけないもん」
眠たげだった目が見開かれて、唇がわなないている。ヒトが珍しいのは分かったけど、そんなに驚くことなの?
「地上に興味を持って、自力で降りてきたんだよ。俺とはこないだの速達届けに行ったときに知り合ったの。だよな?」
ハヤテの説明に力強く頷いた。
「うん! 誘拐なんてされてないよ」
「はぇー……ならいいけど」
リスのお姉さんはドア枠に肘をついて手で頭を支え、「心臓にわる……」と呟いた。なんかびっくりさせちゃってごめんね。
「で、今日からしばらく寮に泊まるから、女子部屋の案内してくれよ。局長からは許可済み」
「カフカです! お世話になります」
「あーよろしく、チルです。てか急すぎ」
「しゃーないだろ。じゃあ俺仕事だから、あとは頼む」
「え」
引き止める間もなく「また後でな」と走り出したハヤテの背中が見えなくなると、急に不安が押し寄せてきた。目の前には、初対面の、ちょっと気だるげなお姉さんが一人。
「あの、お休みなのに手間をかけさせてごめんなさい……」
「あーあーカフカに言ったんじゃないの。案内くらいお姉さんに任せなさい。五秒で終わるわ」
どしんと大きな胸を叩いて笑うチルさん。いい人そうでよかった。
「部屋はここ使いなよー」
案内は本当に五秒で済んだ。斜め向かいのドアをぱかっと開けて、はい到着。
「わあおっきい窓! 明るーい!」
「んふふ。案内した甲斐のある反応じゃないの」
部屋は一人で使うには十分な広さで、ベッドと机と椅子、クローゼットが完備。ベッドの上には薄手の掛け布団が畳んで置いてあった。
「布団は干したほーがいいよ。この部屋二年くらい使ってないし。タオルケットとシーツは二階の物品庫の奥に洗ったのが積んであるから、あとで案内してあげる」
「ありがとうございます!」
「そんなかしこまらなくていいよー。一緒に住むんだし」
チルさんも凄く優しいなぁ。嬉しくなっちゃう。
わたしは光に吸い寄せられる虫みたいに、ホコリっぽい部屋のいちばん奥にある、大きな窓の前に立った。波打ちながらどこまでも続く草原の中に、大きな集落がある。あれがココット村の中心かな。
ここに手をかけろ、って言ってるような取手を持って窓を持ち上げると、太陽に温められた空気が押し寄せてきて、淀んだ部屋の空気をあっという間に洗い流す。いいきもち。
「キッチンの使い方とか細かいルールとかはその都度教えるね。さて、掃除手伝うよん」
振り向くと、チルさんは小さな体いっぱいに掃除道具を抱えていた。右手にはホウキとちりとり、左手には水の入ったバケツと雑巾。いつの間に!
「大丈夫、わたし一人でやれます! ヘルガさんにも自分で掃除してねって言われたし」
「いーよー二人でやったらすぐ終わるし」
ありがたいけど、大事な休日にこれ以上付き合わせるなんて申し訳ないよ。雑巾を水に浸そうとするチルさんからやんわり奪い取って、真剣な目で訴えかけた。
「本当に平気だから! チルさんは気にせずお昼まで二度寝してお酒飲んでて!」
「あれぇ、会ったばっかなのに駄目人間なのバレてる?」
チルさんは眠たげな目をさらに細め、はむ顔で腕を組んだ。薄手のタンクトップの中で窮屈そうにしている胸が、細い腕に押し潰される。
「んー、まあいっか。なんか困ったことがあったら言ってよ」
「うん。ありがとう」
自分の部屋に帰っていくチルさんにお礼を言ってから、一人になった部屋を改めて観察した。壁も床も、ついでにクローゼットも、全部繋がっている。木を削って作られた部屋なんだ。こんなに削られてるのによく生きてるね。
クローゼットの中はもちろんからっぽ。後でコチちゃんの中から荷物を持ってこなきゃ。
「あ、コチちゃん……どうしよう」
外にほっぽったままだった。雨が当たると良くないっておじいちゃんが言ってたから、どこかに屋根の下に置かせてもらえないかな。最悪この大樹の木陰でもいいんだけど……
「この天気だし、しばらくは平気か」
雨は雲がないと降らないんだもんね。わたしは掛け布団を抱え、雲ひとつない空に向けて投げ出した。
掃除を終わらせて一階に降りると、さっきと違ってガヤガヤ賑やか。階段からひょこっと顔を出して見てみると、人がたくさん! 窓口でお客さんとやりとりしている人に、書類とにらめっこしている人、あ、手紙や荷物を仕分けている人たちの中にクレオがいる。やっぱりみーんな毛でむくむく。ヒトなんて一人もいない。
窓口担当の人が受け取った荷物を持ってカウンターに背中を向けた。ぱちっと目が合う。
「あ」
あの立派な角、本で見たことがある。多分鹿だ。口元と首が長くて、黒い目は左右離れた位置についていて……
「キャーッ!! あの子よ!」
「えっ」
何事かと固まるわたしを指さす鹿の人。その場にいる人たちの視線が一斉にこっちを向いた。
「クレオが言ってた子?」
「ホントだったんだ」
「すげぇ」
「かわいー」
ガヤガヤわらわらと鹿の人を中心にわたしの前に集まってくる。珍獣になった気分。
「カフカちゃんって言うの?」
「は、はい」
「キャッ! 声可愛い〜!」
「ねえねえほっぺ触っていい?」
「……いい、けど」
「わあぁもちもち! すべすべ! 本当に毛が生えてないんだ!」
「一人でここまで来たって本当?」
「毛並み超綺麗! シャンプー何使ってる? ヒト用のとかあるの?」
「クレオを潰しかけたんだって? お転婆だね」
「おやつ食べる? 飴とクッキーあるよ」
も み く ち ゃ
なでられ掴まれつつかれながら、長老がダウを飼い始めたときのことを思いだした。不安そうなダウを子犬だぁかわい〜って無遠慮になでくりまわしてたなぁ。あの時はごめんね、ダウ。あなたの気持ちが分かったよ。
「勝手に触らないの! はい散った散った」
いよいよ担がれそうになったところで救いの一声が入った。ヘルガさーん! しっしと追い払われて、みんなは渋々持ち場に戻っていく。
「あーんカフカちゃん、また後でねッ」
くねくねしながら投げキッスするシカの人。カッコイイ大人の女の人かと思いきや、結構フェミニンな性格なんだね。
……あれ? 鹿ってメスには角がないんじゃなかったっけ?
「まったく……ごめんねカフカちゃん。みんな悪い子じゃないんだけど、はしゃいじゃって」
「ううん。平気です」
「部屋は綺麗になった?」
「はい。チルさんに色々教えて貰いました。明るくてすっごく気持ちのいい部屋でした!」
それは良かった、と微笑んで、窓の外に目を向ける。
「あなたの飛行機、整備場に運んじゃいなさい。荷物もそのままね」
「?」
荷物も? 首をかしげるわたしにヘルガさんが続ける。
「整備場はこの樹のてっぺんにあるの。荷物は持って上がるよりも上から降ろした方が楽でしょ?」
……てっぺん?
外に出ると、大きな樹冠の影が落ちていた。見上げた空は、暗い緑色の葉っぱをわんさか抱えた枝に隠れてしまっている。
木陰を少し歩くと、ゆるい斜面を下りきったところに放置されたコチちゃんがちょこんとお座りしているのが見えて、思わず走り出しちゃった。放ったらかしにしておいてごめんね。そんな気持ちで木陰と日向の境界を超えたとき、後頭部に違和感を覚えた。
じりじり。なんかあったかい……いや、熱い……いやいやいや、
「うわぁあ痛い! 頭が焦げるー!」
太陽というオーブンで焼かれるパイになった気分。夜をやわらかな光で晴らしてくれた、あの優しさはどこへ? 時間の経過でこんなにもトゲトゲしくなっちゃうの?
「コチちゃーん溶けてない!? ごめんね暑かったよねぇ」
羽根を撫でようと手を触れたら、あつーい! これもうフライパンだよ!
「夏の太陽ってこんなに刺激的なんだね。コチちゃんはこんなギラギラした中を飛び回ってたの?」
そういえば、シア・アリムスの冒険の中で、おじいちゃんはゴーグルをつけている描写があった。わたしも欲しいな。こんなに眩しくちゃ、昼間は空を飛べないよ。ちょっと木の上まで上がるくらいなら平気そうだけど。
フォーン――――
お腹に響く低い音が一帯の空気を震わせた。音のする方、大樹の上の方を向くと、弾けた豆粒みたいに鳥が一斉に飛び立って、遅れて一機の飛行機がゆっくりと空に重なった。親鳥みたい。
両翼にプロペラがついていて、ずんぐりしている。一目見て速く飛ぶための飛行機ではないって分かるけど、かといって飛行船みたいに鈍足でもなさそう。小型の輸送機かな。小型って言ってもコチちゃんよりは大きそうだけどね。
ボディの基調は青で、底だけ黒色。南へと方向転換して、ぐんぐんスピードを上げながら大樹の周りをぐるりと一回転。そしたら、右の翼を地面に向けて斜めに立てて、横向き飛行! ……荷物だいじょうぶ?
フォン! 短く警笛が鳴り、傾いた機体のキャノピーから柴色の三角耳がちらりと見えた。ハヤテだ!
「いってらっしゃーい!」
聞こえないって分かってはいるけど、ありったけの声で叫んで大きく手を振った。どこまで行くのかな。どんなものを届けるのかな。
ハヤテ機のエンジン音がすっかり風に馴染んで聞こえなくなってから、わたしはコチちゃんのエンジンキーを回した。ぶるるるん、どどどどど。徐々に温度計が上がっていって、三分足らずで揚力機関のランプが赤から青になった。温まった合図だよ。
「はっ。離陸と着陸の時に警笛ね」
ぴぉー。コチちゃんの可愛い一声。ぐるりと周りを見渡して、障害物が無いことを確認。ゆっくりと機体を浮かせる。
重力をほんのり感じながら、世界がどんどん広がっていく。隠れていた坂の向こうも、そのまた向こうにある集落も、今なら見える。夏草が波うつ、緑色の大地。
緩みかけた口元を引きしめて前を向き直す。大樹のてっぺん付近を覗き込むように機体を移動させると、生い茂る枝葉の真ん中がぽっかりと空いていて、いくつものラインが引かれた石の床が見えた。隅には屋根付きのおうちに納まった三機の飛行機が。さっき見たものと同じ型の輸送機が二機と、もっと身軽そうなものが一機。
長く警笛を鳴らして慎重に高度を下げると、整備服姿の、体格のいい男の人が停めてあった飛行機の隅から出てきて、こっちに向かって合図を送ってきた。オーライオーライ……商船のみんなが使ってる手信号と一緒だ。
無事着陸。木陰になっている隅っこまで誘導されて、コチちゃんも嬉しそう。
さっきの男の人が、コチちゃんの横でぴんと揃えた手を首の前で真横に動かした。これはどういう手信号? ぽかんとしていたら、今度は手を横に向けて、びんの蓋を開けるように手首を捻る。やっと分かった、エンジン切れってことね。
キーを回してエンジンを落ち着かせてからキャノピーを上げると、誘導してくれた男の人がのしのしと歩み寄ってきて、こっちに手を伸ばした。
「ロジャー」
名前、だよね。わたしも名乗って手を握ると、コチちゃんから降りるのを手伝ってくれた。
わたしの二倍くらいありそうな大きな手だった。体も大きいよ。二メリルくらい余裕でありそうだし、黒く汚れた整備服越しでも分かるくらい、骨格ががっちりしてる。見た感じ牛かな? 頭の角は短く切ってあって、黒い前髪(前毛?)で目が隠れている。
わたしは案内してくれたことへのお礼と、しばらくここに滞在することを伝えた。ロジャーさんはそれにのっそり頷いて、顔をコチちゃんに向ける。……見えてる?
「いい飛行機だ」
見えてた! 褒められるのは嬉しいね。
「コチちゃんです。古い飛行機だけど上手に飛べるよ」
「コチ306。今は無きミカオ重工屈指の名機だな」
へー。そういうのはよく分かんない。
「いい飛行機はいい男といい女にしか乗りこなせないもんなんだ。例えば伝説の冒険家、シア・アリムスとか」
「おじいちゃんのこと知ってるんですか?」
ロジャーさんは答えず、ブルンと鼻を鳴らした。感情と話の筋がよく分かんない。
「ハヤテから話は聞いている。シア・アリムスの孫娘なんだってな」
「うんそうだよ」
「もう一度握手してくれ」
「いいけど……ねえ、おじいちゃんのこと知ってるの?」
なんか独特な人だなーって思いながら差し出された大きな手を握った。黒く分厚い爪がついた太い指がわたしの手をすっぽり包む。力が強い。ちょっと痛いから離してもらおうとしたら、顔を見てぎょっとしちゃった。
「知ってるなんてもんじゃない。大ファンなんだ……」
涙が前髪の下からダバァって流れてる。うちのおじいちゃんってそんなに人気者なのね。
「生きてるうちに動いてるコチ306を見られるなんて。エンジン音を聞けるなんて。しかも本物の、シア・アリムスが乗ってた本物の機体……くぅううう!」
熱く力説しながら悶え苦しんでる。分かった、この人オタクなんだ。航空機&うちのおじいちゃんオタク。オタクは自分の大好きなものに触れすぎると無理の境地に至って発作を起こすってアンさんから聞いたことがある。
「大丈夫?」
「ああ……悪い。年甲斐もなく興奮してしまった」
ぶるるん。胸を押さえながら大きな深呼吸を何度もして、どうにか落ち着いたみたい。
「整備は誰が?」
「ずっとおじいちゃんがしてたけど、死んじゃってからはわたしがやってたよ」
そうか、と頷いて、あらたまったようにわたしに向き直った。
「俺は二十歳からずっと航空機の整備士をやっていて、それなりの腕も経験もある。よかったら整備させてくれないか」
思ってもいなかった提案だった。わたしの整備方法なんておじいちゃんの見よう見まねだから、実はちゃんと面倒を見れているのか心配だったの。プロの人に見てもらえるなんてこっちがお願いしたいくらい。
「いいの? ぜひお願いします」
「すぅぅぅぅぅ…………ありがとう……」
あれ、むしろそちらが嬉しそう。
涙を光らせるロジャーさんを放っておいて、わたしは赤い羽根を撫でた。よかったね、コチちゃん。久しぶりにちゃんと整備してもらえるんだって! わたしもコチちゃんもまとめて泊めてくれるなんて、本当にありがたいな。配送局の人たちみんなに感謝しないとね。
コチちゃんから荷物を下ろして、ゴミが残っていないか確認する。数時間の空の旅の間、わたしを守ってくれていた操縦席なんだもん。綺麗にしておかないと。
足元に落ちていたチョコレートの包み紙の欠片を拾い、ぴょんと飛び降りたところで、ロジャーさんがさっき言った言葉を思い出した。
「ねえロジャーさん。コチちゃんに乗ってるわたし、いい女だった?」
しばらく考え込んだあと、わざとらしく首を傾げる。
「すまん、コチ306しか見てなかった」
「ちぇっ」
なーんだ。カッコイイコチちゃんに見合う新米凄腕操縦士なんて、どこにもいなかったんだね。
「冗談だ。様にはなっていた。現に三百コルトルも操縦して飛んできたんだろう?」
肩を落とすわたしを低い声で慰める。初めての飛行で三百コルトルっていうのが長いのか短いのかはよく分からないけど、ロジャーさんの声色は明るかった。
黒く大きな鼻の下にある口が今までになく「にぃっ」と広がって、白い歯が見えた。
「ナイスフライト。ようこそココット村配送局へ」
前髪からちらりと見えたつぶらな目が、優しそうに細まる。わたしはすっかり気を良くして、ロジャーさんに笑い返した。我ながら単純!
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