「外に出してもらえない〜って愚痴ってたのはなんだったんだ?」

「ほ、本気出したらいけたの」

「なんだそれ」

「行ってみたいところも会いたい人もいるし、予定よりだいぶ早く出てきちゃった」

「それにしたって、自力で小型機飛ばして来る一二歳がどこにいるんだよ!」

「ふふん。もう十三歳になったもーん」

「変わんねーよ」


 荷物の受付カウンターの椅子に深く腰掛けて、ハヤテはケラケラと笑った。わたしはメジャーやはかりがきれいに置かれたテーブルの向かいで、同じようににこにこ笑ったり、見慣れない室内をきょろきょろ見回したり。


 今いるのは、なんとあの大きな木の中。生きている木を配送局として使っているなんてびっくりだよ。

 人がくり抜いたのか、それともこういう木なのかは分からないけれど、中はとっても広くて、一階部分だけでも、うちのお店が十個は入りそう。ちなみに四階と屋上まであるんだって。


 ぐるりと丸い部屋を形作っている壁はでこぼこといびつで、木目が濃く浮き出ている。入口のすぐ横は待合室なのかな? 木製のベンチが整列している。広い受付カウンターの向こうには、受けた荷物や手紙を保管しておく棚がぎゅうぎゅう詰めで並んでいた。きっとたくさんの人が利用する場所なんだろうね。洞窟村とは大違い。


「お茶」

「あ、ありが」


 ごとん! と、コップが目の前に現れた。薄い茶色の液体がガラスの中で激しく揺れた。

 もちろん無から現れたわけじゃないよ。このコップを差し出してきた人がいるの。


「おいクレオ、そんな当たんなよ」

「うるさい。こっちは潰されかけたんだからね。お茶を出してもらえるだけ感謝しなさいよ」


 わたしがさっき潰しかけたネコ類の女の子、クレオが刺々しい声でそう言った。

半透明なお茶の向こうに、もっちり可愛いピンクの肉球がついた手のひらが透けて見える。ハヤテにはさっきよりもちょっとだけ優しく(だけど音は立ててた)コップを置いて、長い尻尾の毛をぶわっと膨らませている。今にも威嚇されそう。


「さっきはごめんね。お茶、ありがとう」

「…………」


 一瞬ばつの悪そうな顔をして、すぐにそっぽを向いた。絶対嫌われてる……


「ねえハヤテ、クレオって何歳?」


クレオが歩いていった方を見ながら小声で聞くと、にやっと笑って「カフカと同い年」とのこと。

「仲良くなれると思うぜ」

「む、無理だよ。あんなに嫌われてるんだから……」

「んなことないって。クレオはああいう性格だから」

「なんか言った!?」

「なんでもー」


 部屋の奥からシャーッと声が飛んできて、体がこわばる。そりゃわたしだって仲良くなってみたいけど、へらへら「友達になろ!」なんて言ったら首を噛まれそう。

 ハヤテはクレオの態度には慣れっこらしくて、呑気な顔でお茶を飲んでいた。大きな口で、器用に飲むなあ。




 ハヤテには、一人でここまで来た経緯を誤魔化しつつ説明した。だって長老と喧嘩して勝手にコチちゃんを飛ばして来ました、なんて言ったら絶対怒られて今すぐ帰れって言われるでしょ? だから、村のみんなを説得して来た、っていうていにしたの。


 ……はぁいそうです。わたしは嘘をつきました。心が苦しいです。いつかバチが当たるかな。


「でね、おじいちゃんへの手紙の差出人は昔の相棒のベルさんだったんだけど……」

「マジ!?」


 目を輝かせるハヤテの前に、カバンから取り出した封筒を置く。差出人の欄には住所しか書いていなかったからね。


「すげえ、どんなこと書いてあんだろ……あ、教えなくてもいいからな。個人情報だから」

「財宝の在り処とかが書かれてたら面白かったんだけどね、別に内緒にするような内容でもなかったよ。久しぶりに会いたいんだって」

「ああ……でもじいちゃんってもう死んじゃったんだろ」

「うん。だから直接それを伝えに行こうかなって。わたしもベルさんに会ってみたいし。ねえ、このベルさんの住所ってここから遠い?」


 手紙を机の上を滑らせてハヤテに渡すと、手紙の端を指で押さえて頷いた。


「直線距離で二百五十コルトルってとこだな。低高度での法定速度でもあっという間に着くけど……んー、うちの配達範囲内だったら配達のついでに送ってってやれたんだけど、ギリ範囲外だな」

「そっか。場所さえ分かれば一人で行くから大丈夫! ありがとう」


 コップの中身を飲み干して、ご馳走さま、と立ち上がるわたしをハヤテがぎょっとした顔で見上げた。


「その住所ってあっち? それともそっち?」

「待てぇ! そんなアバウトな感覚で行けるか!」

「でもここにはちゃんと着いたよ? ほら、ハヤテがくれたコンパスがあったから」

「……まさか、ここまで地図も無しに来たのか?」

「うん」

「うっそだろおまえ」


 呆れられちゃった。なによ、ハヤテが「真っ直ぐ行ったら着く」って言ったのに。


「休みの日に送ってってやるから何日か待ってろよ」

「えー悪いよ」

「むしろこっちの心臓に悪いんだって。それにカフカはこの間までヒトにしか見たこと無かったんだろ? 世間の常識分かるのか?」

「わかんないけど、何かあったらその辺の人に聞いてみる」

「世の中優しい人ばっかりじゃないんだぞ。それにヒトの子供なんてこの辺じゃ珍しすぎてどんな目で見られるか」

「そうかなぁ」

「そうだよ。ああもう、こんなん絶対一人にさせらんねぇ。でかい町に出たら五秒で誘拐されるに決まってる……」


 ぶつぶつ言いながら頭を抱えるハヤテ。ちょっと心配性すぎない? 村のじじばばたちみたい。これ以上余計な心配をされる前にさっさと出発しよっと。


「そろそろ行くね。またハヤテに会えて嬉しかったー。もっとお喋りしたいから、帰りにも寄っていい?」

「勝手に行こうとすんなって! 行き方教えてやんねーぞ!」


 ちぇっ。


「頼むから一人では行くな。俺が責任もって連れてってやるから、それまで寮に泊まってけ」

「いいの?」

「部屋なら余ってるし、多分大丈夫だろ」


 ハヤテは立ち上がり、部屋の奥にある階段の前で手招きをした。


「うちのボスも世間知らずな子供をほっとくような人じゃないからな」


 ハヤテの後を追いかけて、年季の入った木の階段を駆け上がる。




 階段を二階分登った先には、鍵のついた古い扉が待ち構えていた。周りの壁と同じ質感の木でできている。コンコン。


「おはようございまーす。局長、今いい?」

「えっ今!?」


 女の人の、素っ頓狂な声がドアの向こうから返ってきた。


「今っすけど」

「……まあハヤテだしいいわ。どうぞ〜」


 失礼しまーすと言いながらハヤテがねじれた太い枝でできた引手を引く。中はとっても温かみのあるきれいなお部屋だ。赤いソファと焦げ茶色のテーブルが置いてあって、その下はモザイク柄のカーペット。正面の壁にはドアがあり、その横に黄色い小さな花をメインにしたおしゃれなスワッグがかけてある。とっても素敵!


 そんなとっても素敵な部屋の真ん中に、超ミニスカートの看護師さんがいた。


 背の高い女の人だ。顔は犬っぽいけど、ハヤテよりも耳もしっぽも大きくてマズルが細い。体のラインにぴっちりと張り付いた白いナース服の裾から、クリーム色の毛に覆われた長い脚がすらりと床に向かって伸びている。美脚。


 ハヤテが背後から手を伸ばしてきて、わたしの目を両手で隠した。なんで?


「朝からなんつー格好を……」

「キャアアア! ちょっとお客さんがいるなら先に言ってよ!」


 目を隠されながら回れ右。一旦退室して、五分後に「どうぞ……」と聞こえたからもう一度部屋に入ると、さっきの女の人は濃いグレーの制服に着替えていた。スカートはゆったり膝丈。


「初めまして、ヒト類のお嬢さん。私はシパーフ群中央配送局、通称ココット村配送局局長のヘルガです。ハヤテのお友達かしら? ここへはどんなご用事?」


 背筋をぴんと伸ばし、両手をお腹の前で重ねるヘルガさん。かっこいい〜出来る女性って感じ。わたしもちゃんと自己紹介をしなきゃ。


「初めまして、朝早くにすみません。わたし、ハヤテの友達のカフカっていいます。地上には今日初めて降りてきました」


「まあ」と目を丸くする。


「やっぱり『上』に住んでる子なのね。それじゃあ地上は分からないことも多いでしょう? 何か困ったことがあったら手助けさせてね」

「ありがとうございます! あの、さっきの服ってああいうパジャマなんですか?」

「違うのあれはね来月の村のイベントで着る衣装でお店のミスでサイズが小さいのが来たんだけど返品の手間をかけさせるのも悪いしちょっと試しに着てみただけなのけっしてそういうのじゃなくて」

「そういうのってなんですか?」

「そっ……そういうのよ」


???


「あのなー局長、ちょっと相談があるんだけど」


 ハヤテが横から割って入ってきて、わたしと出会った経緯から、ここに来るまでの経緯を説明してくれた。目的地まで送って行きたいから、週末までの数日間、ここに泊めてほしい、ってことも。

 ヘルガさんはすぐに納得してくれた。にっこり笑って、細い指でハートみたいにちょっとへこんだ丸を作る。


「もちろん! 何日でも泊まっていって」

「ありがとうございます!」


 嬉しくてぺこっとお辞儀をする。やっぱり長老たちが言ってたことは嘘なんだ。ハヤテもヘルガさんもすっごく優しいじゃない。ケダモノなんて酷い呼び方して、あのおじじたちってば信じらんない!


「相手の方にはいつ伺うか連絡してあるの?」


 ヘルガさんの言葉に首を横に振る。


「なら手紙を送って、返事が来てから行ったらいいんじゃない? それまではここに泊まって地上の暮らしをゆっくり楽しんだらと思うの」


 そっか、いきなり行ったら予定が合わないかもしれないもんね。ヘルガさんの言うことを聞くことにした。


「あ、でもあんまり長く泊まったら迷惑じゃ」


 わたしの心配に、ヘルガさんは笑いながら首を振る。


「何日でも泊まっていってって言ったでしょ? ホコリの積もった寂しい社員寮に可愛いお客さんが来てくれてとっても嬉しいわ。……掃除は自分でしてね?」

「えへへ。もちろん」


 お掃除は得意だからね。泊めてもらうお返しに、自分の部屋以外もピカピカにしていこう。

 張り切るわたしを笑顔で見ていたヘルガさんが、でも、と頬に手を当てる。


「あまり長くこちらにいたら、親御さんが心配するかしら」

「それは大丈夫!」


 反射的に大きな声でそう返したら、二人ともびっくりしていた。後ろめたいことがあると、つい態度に出ちゃう。


「村のじーさんばーさんたちにはなんて言ってあるんだ?」

「えっ……と、しばらく地上を見て回るねって。あの、あとで無線で連絡するから! 予定よりも長く滞在するけど、心配いらないよーって」


 しどろもどろに言い訳を重ねるわたしの目をハヤテが不思議そうに覗き込んでくる。どうしよう、本当のことを言うならまだ間に合う……? 悩んでいるうちに「よし」とハヤテがにっかり笑った。


「決まりだな。じゃあ局長、俺カフカを寮に案内してから配達行くから」

「了解。ちゃんと教えてあげてね」

「あ、あ……えと、ありがとうございました。よろしくお願いします」


 ……後に引けなくなっちゃった。罪悪感でお腹がぎゅってした。

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