extra 千尋

「それじゃ、お風呂入ってくるから。眠かったら、先に寝てていいよ」

「うん、わかった」


 バスルームに行くミチルくんを見送って、私はしばらくじっとしていた。

 耳を澄ませて、彼がバスルームのドアを開けて中に入ったのを確認してから、そっと立ち上がる。

 向かうのは、自分のカバン。中からスマホを取り出して、ポチポチいじる。

 ミチルくんがそばにいるときは、スマホになんてまったく関心がないように振る舞っている。でも、まるっきりそういうものを触りたがらないのも不自然だから、ミチルくんからタブレットを借りて、動画を見たりネットで気になるニュースをチェックしたりしている。

 

 ミチルくんに飼われ始めて、結構時間が経った。

 仕事はいつの間にか辞めさせられていたし、ライブにも行っていない。

 でも、別段不便は感じていなかった。

 ミチルくんは株だとかFXだとかで儲けているし、そのお金でマンションを何部屋か持っていてそれで不労所得があるみたいだ。だからお金に困ることはない。

 そのおかげで私は飢えることはないみたいだし、欲しいものは与えてもらえる。場所は限定されるけれど、ミチルくんがべったりついてくることを我慢すれば外に行くこともできる。

 悠々自適の、監禁ライフってやつだ。


 でも、こんな生活がいつまで続くんだろうっていう不安もある。

 人の気持ちがずっと変わらないなんて信じることができない。

 だから、私はネットのスレッドを覗くことをやめられないのだ。


「やっぱ、新しいネタがないとすぐに落ち着いてきちゃうんだな……もっと燃えろよ」


 ついこの前まで私の悪口で盛り上がっていたはずなのに、前スレが埋まって新スレが立つと、話題は別のことに移っていた。

 今度は、人気バンドのボーカルの彼女と予想されてる子の話題だ。SNSで匂わせをしたとか何か、くだらないことで騒がれている。こういうのは、大抵ガセだ。本物の彼女はあんまり匂わせとかしない。ひっそりしたもので、騒いでるのは大体が勘違いかセカンドだ。本命彼女への牽制か威嚇のつもりなのか、見苦しいことこの上ないから他のファンにまで騒がれるんだ。

 そんなことより、私のことが話題にされなくなったほうが問題だ。

 私はすぐに、スレを覗いてる人たちが食いつきそうな話題を書き込んだ。


「お、食いついた食いついた……みんな、私のこと嫌いだもんね。いいよいいよ、もっと叩いて」


 書き込むと、案の定スレ民はすぐさま食いついた。新ネタ投入がご無沙汰だったから、いつもの二割増くらいで叩かれてる気がする。でも、それでいいのだ。

 忘れられたら、困る。話題にされなくなるのが、平和になるのが、一番困る。

 だってそしたら、ミチルくんが私のことを心配してくれなくなるかもしれないから。  


 誰かに見つけてほしくて、誰かに心配してほしくて、自作自演で悪口を書くようになった。

 書く場所はバンドのファンとか追っかけについてのスレッドだから、バンドマンも見てるかもって考えて。

 関係を持った男の誰かが、少しでも私に愛着みたいなものを持ってくれた男の誰かが、心配してくれたらいいなと思ったのがきっかけだった。ただ「大丈夫?」とか、そんなささやかな声かけをしてくれるだけでもいいから、とにかく誰か心配してくれる人がほしかった。

 そうすれば、その人のことを好きになれるかもって思ったのだ。たった一度関係を持っただけの男の中から、本気で好きになれるかもしれない男を見つけたかった。

 人に話したら、意味がわからないって言われるだろう。馬鹿だと思われるかもしれない。

 それでも。私は、自分に関心を持ってくれる男を見つけたかった。心配して、守ってやらなきゃって思ってもらいたかった。


 だから、ミチルくんは理想の人だ。

 待ち望んでいた王子様が、ようやく私のところにやってきてくれたのだ。

 私の王子様は、私を捕まえて閉じ込めてくれた。外の世界は危険だからって、首輪で繋いで出られないようにしてくれた。

 それがミチルくんの愛だってわかるから、束縛されると、昏(くら)い目で見つめられると、震えてるほどうれしくなる。

 ああ、この人は私のことを愛してくれているんだ、好きでたまらなくて守ってやりたいって思ってくれているんだって思うと、これ以上ないくらい幸せな気持ちになる。

 この幸せを失うわけにはいかないから……私を憎む敵には、ずっと存在しておいてもらわないと困るのだ。


「ちぃちゃん、あがったよ」


 湯気をホカホカさせながら、ミチルくんが部屋に戻ってきた。濡れた髪を後ろに流しているから、いつもは隠れている目が見えているのが、いい。普段の目隠れ系もいいけれど、ちゃんと両目が見えると可愛い顔がよくわかる。

 この無防備な姿を知るのは私だけなんだって思うと、どうしようもなく嬉しくなる。


「ミチルくん」

「なぁに? ちぃちゃん」


 呼んでみたら、タオルで髪を拭きながらミチルくんが私を見つめた。

 見つめられると、この人は私のものなんだなって思える。

 私も、この人のものだ。


 ミチルくん、ミチルくん。大好きなミチルくん。




〈End〉

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名前を呼んで、そして繋いで。 猫屋ちゃき @neko_chaki

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