Side ミチル
ちぃちゃんを初めて見たとき、「この子を保護してあげたいな」と思った。
それは、ネコを見たら感じる気持ちにすごく似ていて。だからこそ、間違いないって確信できた。
ネコの中にもいろいろな気質の子がいて、誰かに世話をされないと生きていけない生粋の家猫ちゃんか、自由を愛し気ままに気高く暮らしていく野良猫ちゃんか、野良猫の気ままさを装いながら真に愛してくれる人との出会いを求めている外猫ちゃん――おおまかに分けると、この三種類じゃないかなと思っている。
ちぃちゃんは、明らかに三番目だ。
誰にも縛られないってふうを装いながら、誰かにうんと愛してほしいって身体からにじみ出てるのが見てすぐわかった。
だから、出会ったその日に仲良くなったんだけど、簡単には俺のものにはなってくれなかった。
ちぃちゃんは寂しがり屋だ。そのくせ、すごく疑り深い。それから、快楽に弱い。
そのせいで、ひとところに留まることをせず、ふらふらしながら相手にしてくれる男を探している。
明るくて懐っこくておまけに可愛いから、ちぃちゃんは相手にしてくれる男には事欠かないのだ。
ちぃちゃんは、誰かに縛られることなんて望んでない――そんな雰囲気を出しつつも、本当はずっと手元に置いてくれる人を探してる。その証拠に、俺が連絡したら二度目にも関わらず会ってくれた。
最初に一夜を共にしたとき、ちぃちゃんが寝ている隙にこっそり連絡先を登録しておいたのだ。それで後日メッセを送ったら、何の疑いも持たずに返信してきてくれた。
警戒心がなさすぎるちぃちゃん。
そのことで、俺はますますちぃちゃんを保護しなくちゃって思うようになった。
外猫を飼おうと思ったら、少しずつ時間をかけてスカウトするしかない。
何度も顔を合わせて、声をかけて、信用してもらって。その上で誠意を見せて、「うちの子にならない?」って尋ねて、頷いてもらわなくちゃいけない。
だから俺は、ちぃちゃんのことを見守る日々を送った。
どこで働いてるかとか、どんな食べ物が好きかとか、ライブに行かない日はどんなふうに余暇を過ごしてるかとか。
無防備に歩いてるから、遠くからこっそり写真を撮ることも余裕だった。
カメラ越しに、誰に見せるために存在しているわけでもないちぃちゃんを見るのは楽しい。
ちょっと大きめに引き伸ばして壁に貼ったら、可愛いちぃちゃんが部屋にいるみたいでもっと楽しくなった。
毎日増えていくちぃちゃんの写真を眺めていたら、ますますちぃちゃんが欲しくなっていった。
早く一緒に暮らしたい。四六時中可愛がりたい。
そんな募っていく想いは、会ったときにぶつけることにしていた。
ちぃちゃんは快楽に弱いから、きちんと気持ちよくしてあげることも大事だったから。
日頃インスタントな関係ばっかりの子だから、きっと丁寧なセックスに飢えてるだろうなって予想したら案の定で。
ちぃちゃんは、ねちっこいくらいの抱き方が好きだ。
しつこくしてしつこくしてしつこくして……すっごいくたくたになるまで鳴かせてイカせてあげるのが好きだ。
他の男はどうせ、ちぃちゃんのことを穴がついたちょっと可愛いものくらいにしか思っていない。そんな考えなら、雑で下手なセックスしかできないだろう。
だから俺は、この世でこんな可愛い子いないってめちゃくちゃ褒めまくって、その想いが伝わるように全身くまなく愛撫する。
本当にどこもかしこも舐めまくったら、気持ちよさと恥ずかしさで泣かせてしまったことがある。……でも、めちゃくちゃ濡れてた。それがあまりにも可愛くて、その日はちょっと激しくしてしまった。
そうやって過ごしているうちに、ちぃちゃんが俺に愛着を持ってきてくれてるのを感じていた。信用もしてきてくれてるように思う。
身体の相性がいいのも嫌というほど思い知らせてるわけだから、俺のところに堕ちてくるのも時間の問題だと思っていた。
でも、そんな悠長なことを言っていられなくなった。
ちぃちゃんの身に危険が迫っているのがわかったから。
バンドマンとのワンナイトラブを繰り返すちぃちゃんに敵がいるのは、想定内と言えば想定内だろう。
好きなバンドマンを追っかけて、出待ちして、あわよくばお持ち帰りされて、それで彼女になるのはある種のファンの夢だ。彼女にはならなくても、お持ち帰られるのが上手いちぃちゃんは、十分に妬みの対象だ。
それに、音楽を楽しみに健全に楽しむのがバンドの正しい応援の仕方だって信じているファンもいる。そういう人たちにとっては、適当に音楽を聞いてバンドマンと関係を持つのだけが目的に見えるちぃちゃんは、嫌悪されるだろう。
だから、この界隈のインディーズバンドのネットのスレッドを覗くと、ちらほらとちぃちゃんの悪口だとわかるものが書いてあった。
それを見つけてしばらく監視していたけれど、書かれる内容は徐々にエスカレートしていった。
ライブの最中に客席でモッシュするふりしてぶつかって怪我させてやろうとか、近づいて安ピン刺してやろうとか。
出待ちの前にワゴンで拉致って……何て恐ろしげなことまで書かれるようになったら、もう見過ごすことはできなくなった。
ちぃちゃんの尊厳が踏みにじられることはあってはならないし、痛い思いも危ない思いもしてほしくない。
だから、閉じ込めることにした。
正面切って好きだって言っても、信じてくれないだろう。一緒に暮らそうって言っても、きっとダメだ。
それに、のんびり口説いている暇なんてなかった。ネコの話題で釣って家に来てくれなかったら、俺が無理やり拉致ることになってた。
スレッドに書かれる言葉の雰囲気から、実際に攻撃的な行動に出るやつがいつ現れてもおかしくなかった。
そういったことから、少々手荒な真似をしても安全を確保するって決めていたから、まんまと騙されてくれて本当にほっとした。
家に遊びに来てすぐ睡眠薬入りの飲み物を飲ませて、それっぽい空気を作るために椅子に縛ってみた。
ちょっとひどいかなって思うけど、俺への恐怖心が多少あったほうがいいと思ったから。逃げ出そうって気持ちは、早めになくしておいたほうがいい。外の世界は危ないんだ。守ってあげるためには、少しくらい怖がられるのも仕方がない。
でも、スレッドに書かれてることを少し話したら、ちぃちゃんはもう逃げようって気持ちを捨ててくれたみたいだった。
たぶん、敵がたくさんいるってわかったら怖くなったんだろう。
おとなしくて、俺のそばにいるようになった。逃げ出さないようにって首輪をつけてるけど、たぶんそのうちいらなくなるだろう。
いろいろあったけれど、こうして俺は可愛いネコを手に入れた。
軽薄なふりをして寂しさを紛らわせていたあの子が、「ミチルくんに守ってもらうね」と言ったのだ。だったら、守り抜くのみだ。
絶対にちぃちゃんを幸せにする。
外そうと思えば外せる首輪をおとなしくつけてるちぃちゃんを見て、俺は強く心に誓った。
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