第8話 アルバートとカレー

 何と言う事だ……。

 殿下にぶつかった女子生徒を注意したら、いつの間にか俺が悪者になっていた……。

 何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのか分からなかった。


 と呆然として殿下と少女の後ろ姿を見つめていた。


「おい、アル……しっかりしろ!」


 ライアスが心配そうに俺の肩を揺する、俺はやっと意識が戻った。

 そして、誰に問いかけるでもなく疑問を口にする。


「今のは、俺が悪いのか……?」

「どうだろうな、お前の言い方にも問題があったが、向こうも廊下を走っていたのも悪いからな……8:2でお前が悪いかな」


 8:2だと!? 7:3くらいだろうがっ!

 まぁ比率などはどうでも良い。問題は殿下に悪印象を与えてしまった事である。


 これはどけんかせんといかん事態ですよ。


 しかし、どうやって印象回復を図るか……。

 今突撃して弁解するのは無意味、というか逆効果だろう。

 ならば、地に伏して機会を窺うべき……っ!


「おい! 戻って来い! ぶつぶつと気持ち悪ぃな。いいから食堂へ行こうぜ!」


 おっと、またしても思考の海に沈んでいたようだ。

 だが、気持ち悪いとは何だ! 失礼な奴だ。




 一悶着あったが、食堂へ到着した。

 なかなかの広さ、300人以上は此処で食事が取れると思われる。

 ガヤガヤと多少騒がしいが仕方あるまい。

 後は、食事の質だな。俺の舌を唸らせる事はできるかな?


「どうすっかな、手軽にカレーにするかな……でも定食も捨てがたいな」

「何だそのカレーとやらは」


 ライアス曰く、遥か昔に勇者がもたらしたと言われる料理らしい。

 米に辛味のある香辛料を使ったソースをかけて食べる庶民的な料理とのこと。


 こいつ、中々博識だな。評価を上げてやろう。

 しかし、カレーとは聞いた事がなかったな。

 庶民的という事なので貴族ではあまり馴染みのない料理と言うことか。


 ならば、俺はカレーとやらにしよう。

 まだ悩んでいるライアスを放置して、注文へと向かう。



 列に並び、食堂のおばちゃんに注文をする。

 だが、出された物に俺は驚愕した。


「なっ、何だこれは!? 貴様、この俺にこんな物を出して良いと思っているのかっ!?」


 俺は食事を出したおばちゃんに激怒した。

 だって出されたのはどう見てもアレにしか見え無いんだもの。

 いくら庶民でもコレは食べないでしょう? そうでしょう?


「……何か不都合があったかい?」

「不都合も何も、コレは、だってアレではないかっ!、 これを食べろって言うのか!? 貴様、俺を伯爵家の跡取りと知っての無礼かっ!!

 これが食べ物じゃなかったらどう責任を取るつもりだ? 貴様は自信を持ってコレは美味い物だと言えるのかっ!?」


 魂をかけるか?とばかりの勢いで食事のおばちゃんに詰め寄る。

 だっておかしいもん。

 すると、騒ぎを聞いていたらしくこちらに近付いてくる者がいた。


「騒がしいですね。どうしましたか?」

「それが、この子がカレーに文句を言って聞かないんだよ」

「何だ横からき……て……っ!?」


 一瞬時が止まった。

 それほどの美少女。

 パトリシア侯爵令嬢その人であった。


 4年前の発表会ではその美貌をまじまじと見ていなかったが、改めて見るととんでもない美しさ。

 確か、年は1つ上の先輩だったな……天使の先輩か。


「パ、パトリシア様! お久しぶりでごじ、ございます!」


 また噛んだがどうでも良い。

 俺は慌てて挨拶を行う。はぁ、綺麗だ……。


 だが、パトリシア様はどうやら怒っておいでのようだ。


「それで、貴方はどなたですか?」

「わ、私はアルバートと申しますっ! ガリウス伯爵家長男でありますっ!」


 緊張のあまり軍人のような話し方になってしまった。

 もっとスマートな紳士的に自己紹介するのが理想だったのだが。


 いや、逆にある意味印象に残せたかもしれんな。

 此処で仲を深めて、ゆくゆくは……ムフフ。


 と想像していた俺は次のパトリシア様の言葉にショックを受ける。


「話している内容は詳しく分かりませんが、貴方は身分を振り翳して、随分と身勝手な事を要求しようとしていたように思えます」

「いえ……それは……」


 だって、こんなの食べ物だと思わないじゃん。

 文句の1つも言いたくなるでしょうよ!

 だが、パトリシア様は止まらない。


「この学園では身分差はありません。よって自家を盾にした物言いは不愉快です。

 アルバート様、分かりましたか?」

「は、いえ、しかしですね……」


 パトリシア様は溜め息と共に首を振る。

 その仕草も美しい……デートしたい。


「はぁ……とにかく身分を傘にきた行為は控えるように。二度はありませんよ?」

「は、あ、あれ? デートは?」

「デート? 何を言ってるんですか、私は貴方の事をよく知りませんし、今現時点では嫌悪しております。

 そのような方と出掛けるなどあり得ません。

 では、ご機嫌よう」


 つい頭の中で思っていた事が口に出てしまったが、パトリシア様は何と言った? 嫌悪? マジかよ……?


 ショックを受けて、カレーの乗ったトレイを手に持ったまま呆然と佇む俺に、おばちゃんが声をかける。


「大丈夫かい? まぁそのうち良い事あるさ、頑張んな」

「……はい」


 空いている席に座り、茫然自失でカレーを眺めているとライアスが来たようだ。


「おい、待っててくれても良かったろう、探したぞ……ってどうした?」

「ああ……なんでもない……」

「? ま、良いわ。とりあえずカレー食ってみ?」

「これは……本当に食べ物なのか? アレではなく?」

「アレ? ああ! そう見えるけどな、その話はカレー食べる時は厳禁だぜ? いいから食ってみろって」


 ライアスが食え食え五月蝿いので仕方なくスプーンで口に運ぶ。

 もう例えアレだとしても良いや……。そんな心境だった、ヤケクソである。クソだけに。


 だが、口に入れ咀嚼すると俺は間違っていたことに気がつく。


「な、何だコレは!? 美味いじゃないか!

 色々な香辛料がふんだんに使われているであろう茶色いソースは粘り気があり、米と良く絡む。

 そして、その辛さ! ソースだけでは辛味が強い所を米が中和、いや引き立たせているのか!?

 ソースの中に隠された野菜達も、柔らかく煮込まれ、すんなりと歯で噛み切れる!

 これがカレー……見た目からは想像も出来ない複雑な味を一纏めにしている……途轍もない料理だっ!!」


 ライアスは引いて「お、おう……」と言っているがどうでも良い。

 カレー美味いなオイ、明日も食べよう。


 俺はパトリシア様に嫌われてしまった事など忘れてしまう程の衝撃的な出会いを果たした。



 アルバート生涯戦績『0勝31敗』

(カレーに敗北)

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俺は負け犬じゃない!【負け犬アルバートは何とか勝利を手にしたい】 冷凍みたらし @hamitarosan

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