第136話 大家族のあるじと、核家族の世帯主

「そうか・・・。では、かの米河君であるが、哲郎の見立てからしても、彼は、突き抜けたレベルの現代っ子だった、ということか?」

 元園長の疑問に、大宮氏は即答する。

「そのとおり。突き抜けたというか飛び抜けたというか、とにもかくにも、前にも申し上げた通りでね、個人主義の社会の水が大いにあっている人物であるし、確かに彼はもうすぐ50歳になるところまできたが、その言動のベースを成しているのは、やはり、個人主義者としての心証だね。なんせ、彼に言わせれば、家制度などは叩き潰すべき敵であって、そのためには、悪魔とでも手を結ぶというくらいだからね。あ、これには続きがあって、半島や大陸筋とはリスクだけなので、手を結ぶ気はないし、その必要のない範囲で、十二分に叩き潰せるのだそうです、はい(苦笑)」


 少しばかり考え込んだ老園長が、返答する。

「そりゃあまた、意気盛んなる青年将校じゃのう、彼は。大槻君も、若い頃は同じような要素が見て取れたから、まさに彼らは、親子以上の父親と息子の関係性があるとしか、言いようがないわなぁ・・・。ところでじゃ、哲郎」

「え?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような体の哲郎氏に、老園長が自ら思うところを述べ始めた。


 大槻君や米河君らはええとして、わしじゃ、わし。

 大槻君が現代っ子の父親であるなら、わしは、どうじゃろうか?

 わしが園長を務めたのは、御存知の通り、昭和で26年から46年までのおおむね20年間。末期ともなれば、すでに戦災孤児と言われる子らも成人しておったが、やはりわしは、父親として述べるならば、あのよつ葉園の園長としては・・・、

「戦災孤児たちの大家族の父親」

だったのではないかな?

 大槻君は、この表現にしたがって述べるなら、こうなるか。

「現代っ子らの核家族の父親」

 わしと大槻君を、同格の対立軸で並べて評するなら、こういうことになろうな。

 大槻君は、同じ父親でも、核家族の世帯主。そんな感じではないかな。それに対してわしは、大家族の子らの父親じゃ。その上には、祖父母も、母も、叔母もいる。

 実際は、あの山上さんはわしから見て娘より若くてもおかしくないほどの年齢ではあったが、さすがに孫まではいかん。まあ何じゃ、年の離れた弟の娘ととらえれば、叔母というくらいにはなろう、よつ葉園の子らにとっては。

 まあ、わしも、ええ加減年の離れた父親という役どころってことじゃろうけどの。

 本来なら何世帯もにカウントされる構成員の集った、大家族。

 大家族にして大きな家の、あるじ。

 それが、わしの、よつ葉園での「役どころ」じゃった。ええも悪いも、ない。わしは、それを務めあげた。無事に20年間も務めあげられたのは、それはそれは、幸せな日々じゃったのかもしれん、いや、そうじゃったな。

 家族の中だけでなく、その近所には、哲郎君の御一家をはじめ、いろいろな人たちがいて、その人たちにとっても、よつ葉園という大きな家のあるじとして認識していただいて、ああ、ホンマに、幸せな日々じゃった、わしにとっては。

 もちろん、子どもらにとっては、そんなところで過ごさせられるのは辛かったろうと思うが、それでも、何とか、皆とは言わんまでも、多くの子らを、少しでも良い方向に導けたと、わしは、今も、思っておる。


 哲郎はともかく、大槻君や米河君が、よつ葉園の園長としての森川一郎をどう評価しようとわしは甘んじて受ける。わし個人としては、特に米河君あたりには、厳しい評価も加えてくださることを期待しておるくらいじゃ。

 その力を彼はもうそろそろ、つけた頃合いじゃろう。

 いやはや、わしは、楽しみでならん。

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