第132話 今度こそ、来(きた)るべき時・・・

「今日は、書斎で寝るから」

 哲郎氏はそう、妻に申し渡した。体調の悪い妻に気を使わせないよう、自ら寝る準備をし、そして、寝床へと入った。

 この日もやはり、幾分の寝酒をあおった。若いころほど、まして、息子より若い米河氏ほど飲むわけでもないが、それでも、この日ばかりは気分的に飲まずにはいられなかった。そして、ぐっすり寝込んだ。


 夜明けまで少し時間がある翌朝5時前。

 年を取ると朝が早いというが、大抵、このくらいの時間には目覚める。

 少しうとうとしていたら、かの老紳士がやってきた。

 最も自分自身、その老紳士と同じくらいの年齢になってはいるのだが・・・。


「あ、おじさん・・・、といっても、同じくらいの年齢になってしまって(苦笑)」

「まあ、そういうことになるわぁな。それでは、すまんが哲郎君」

「ええ。御報告の件について、改めて・・・」

「いや、それには及ばん。わしもそこは、2件とも把握済じゃ。さっそく・・・」

「山上さんの件?」

「いや、そちらはよろしい。大槻のほうから、参ろう」

「わかった。じゃあ、大槻君の件からね」

「そうじゃ。あれもいよいよ、年貢の納め時が来たのう・・・」

「え? 年貢の納め時って、あのときじゃなかったっけ? ほら、ぼくらが・・・」

 あのときというのは、若き日の大槻氏が自動車屋を開くべくよつ葉園を退職しようとしていた、あの年のこと。彼らはそれを、何とか止めて、彼をよつ葉園に引続き職員として勤めさせ、後に園長、そして理事長へとなり、いわゆる「経営者」としての仲間入りできるだけの素地を作ったときのこと。

 それは、1969年、昭和44年のことであった。


「そうじゃ。それは確かに、そうじゃった。じゃがな哲郎、大槻君はこの度、よつ葉園の園長を退くことに、なったろうがぁな」

「確かに、そうなりましたね」

「となれば、これで彼は名実ともに、よつ葉園という児童養護施設の、否、岡山県だけでなく日本国の児童福祉の歴史の中に残る人物と、ついになるべきときが、来たということである。これこそが、「年貢の納め時」としては、あのときなんかよりはるかに妥当な時期ではないかな?」

「そ、そうだね(汗)。確かに、あのときの「年貢」は所詮、とある若者の将来の選択に過ぎなかったが、今度は、彼のこれまでのよつ葉園職員として、とりわけ園長としてやってきたことに対しての「総括」をされるべき資料となる事実が、これですべて整ったということになるから、まさに、言うならば彼のこれまで、半世紀になるわけだけど、ちょうどね(苦笑)、その「確定申告」の時期が来たというわけよ。まあその、いわゆる「締め」までは、もう数日ほどあるかもしれないけど、まあそれは、まあ、誤差の範囲、ってことでいいかな、と」

「ごさのはんい、ねぇ・・・。この数日でよもや、大きな事件も起きないだろうからな、それもまあ、そうだろう。とにかく、これで、彼の功績を判断する事実が整ったというわけじゃ。ま、わしといよいよ、同格のところまできたってところじゃな」


 ここで、哲郎氏が一言、総括するかのようなことを述べた。

「おじさんと同格。それは同意する。おじさんも彼も、ともに、よつ葉園という養護施設の「中興の祖」として、揃って歴史上の判断を仰ぐ時が、来たんだよ・・・」

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