生涯一保母の死と、中興の祖の園長退任
第131話 前任者への報告
「おじさん、また、来るべきときが、来てしまったよ。それも、2件続けて・・・」
満で80歳、今年の誕生日をもって81歳になるという老紳士は、一人静かに、墓参りをしている。
墓の主は、故・森川一郎氏。
養護施設よつ葉園の2代目園長を務めた福祉人である。そしてこの現世の老紳士自身、生前の森川園長に可愛がられた若者の一人であった。
その老紳士・大宮哲郎氏は、この日、森川氏への報告事項を2件、持込んだ。
一つは、よつ葉園に20歳を前に保母として就職し、55歳の定年まで生涯一保母としてよつ葉園に奉職した山上敬子氏の訃報。
彼女はこの年の1月、天寿を全うしている。
もう一つは、この3月末をもって、現在の児童養護施設よつ葉園の園長兼理事長を務める大槻和男氏が、園長を退任すること。なお氏は、理事長として引続きよつ葉園を運営する社会福祉法人よつ葉の里の理事長には継続してその任にあたることも確定している。大槻氏は当年とって73歳。まだまだ、老けるには早い。そのくらいの年齢の会社経営者や現役で働いている人は、たくさんいる。そもそも、この墓の主も、定年がまだ50代だった昭和中期、80歳を超えてよつ葉園の園長や理事長を務めていたほどの人物である。
今日、大宮氏は、一人で墓に参っている。しかし、一人息子の太郎氏の妻のたまきさんが、自家用車で送迎してくれている。いつもはともにこの墓に参る妻は、このところ体調を崩して自宅で療養しているので、今日は来ていない。
大宮氏の報告を受けたであろう老紳士の声が、聞こえてきた。
哲郎君、わざわざ、御報告ありがとう。
山上さんも、こちらに来られたな。それは、すでにわしも存じている。
それから、大槻君の退任・・・。
そうか。このところよつ葉園に出向いておらなんだから、初めて、知った。
そこで、じゃ。久々に、わしも、哲郎に話したいことが、ある。
何、今度は、いつぞやのような愚痴では、ない。
頼めないかな?
確かに確かに、ふと目を開ければ、あの頃の老園長が、いる(ように見える)。
墓の周りには、他に参ってきている人は、いない。
とはいえ、大きな声で話せるような性質のものでも、ない。
大宮氏は、小声で、答えた。
おじさん、お久しぶりです。
山上さんは亡くなられたし、大槻君も、ついに、園長を退任されます。
後任は、伊島吾一さんという、30代後半のお若い方だ。
現段階で、ほぼ、大槻君の園長として評価すべき事実は、整ったね。
整うなんて言ったら、サウナに行って汗かいてきた、みたいな話だけど(苦笑)。
じゃあ、ぼくも、いろいろ整理したいことがあるから、明日の朝まで、どうか、時間をください。
さすがに、鈴木健二さんじゃないけど、5分じゃ、無理だから(苦笑)。
かつての自らとほぼ同年代になった大宮氏の弁に、かつて園長を務めていた頃と全く同じ風貌のままの老園長は、5分という言葉に苦笑しつつも、黙って頷いた。
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