埋められていく夢の外堀
第78話 夢からの帰還。そして・・・
大宮氏は、おおむねいつも通りの午前7時頃、目覚めた。
妻は、すでに起きていた。
あの夢の話を、したものか、どうか・・・。
そんな逡巡をしている間もなく、妻が、今朝の話を切り出してきた。
実はね、今朝、私、夢を見ました。
ほら、哲郎さんが子どもの頃からお世話になっていた、森川一郎先生が夢に出てこられてね、私にあれこれおっしゃったのよ。
突如、目の前にやって来られて、丁重に、お願いされたの。明け方の4時半ごろに目が覚めたけど、その前だから、4時をまわったかどうかの頃だったかしら。
確かに私もよつ葉園でお会いしたことが何度かあるし、結婚式のときもお越しいただいたから、お顔は存じ上げていますけど、確かに、あの頃のとおりの森川先生でいらっしゃったわよ。
大宮氏は、妻の言葉と自分の見た夢の差はどこにあるのかを意識しつつ、じっくりと、彼女の話を聞いている。
大宮夫人の前では、老園長は、こんなことを語ったという。
あなたが大宮哲郎さんの奥さんの宏美さんですね。
生前お目にかかったこともありますが、わたくしは、岡山の養護施設よつ葉園で園長を務めておりました、森川一郎と申します。
あなたと、それから息子さんの太郎君にも、何度かお会いしておりますが、息子さんも、中学生のときに難病を患ったが何とか回復されて、今や結婚されて子どもさんも2人いらっしゃるようですな。私が会ったのは、まだ幼い頃でしたから、私のことは覚えておらんかもしれんが、太郎君にも、よろしくお伝えください。
それから、哲郎君、もとい、御主人には、きょう、これから伺います。
どうしても、お話したいことが、ありましてね。
申し訳ありませんが、これからしばらく、御主人と話してまいります。
それだけ言って、夫の恩人である老紳士は、妻のもとを去っていったそうである。
その姿は、かつて夫とともに、幼かった息子の太郎を連れてよつ葉園に行ったときに出会った老園長の姿格好と、まったく一緒であったという。
彼女は、背を向けて去っていく老園長に対し、静かに、頭を下げていた。
そうしているうちに、目が覚めた。
彼女は、朝の4時半ごろに目が覚めることはめったにない。いつもなら、5時をいくらか回った頃に目覚めるのだが、この日に限っては、少し早めに夢から覚めた。その後しばらく横になっていたのだが、どうにも横になっていられなくなり、5時過ぎには布団から起き出して、かれこれ家事をしていた。
妻の今朝の動きの一部始終を聞いて、大宮氏は、自分の夢を見たときの状況と比べながら、しばらくの間、珈琲を飲みつつ、考え込むともなく考え込んでいた。
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