第73話 そして、その翌朝。

 その日、大宮氏は特にそのことについて何かをしたわけではない。

 しかし、「明日に「朝」まで待て」という言葉に、何か引っかかる。

 何故、明日の「あさ」なのだろうか?


 考えてみても、思い当たるようなものはない。


 ふと、あることを思い出した。

 すでに家に戻り、自宅の居間でくつろいていた。

 当時は赴任していた函館から本社のある大阪に戻っていた。まだ定年には数年あった。本社の部長になっていて、それなりに忙しかったものの、まあ、時間に自由はある程度あった。息子夫婦が結婚したのも、その頃だった。

 その頃大宮氏は、よつ葉園の園長をしている大槻和男氏から、変な話を聞いた。

 なんと、よつ葉園に幽霊が出たとか、その幽霊と会話をしたとか。

 前者についてはまあ、そういう騒動もあっておかしくはないだろうなと思えなくもない。だが、後者については、さすがに、信じられない思いが先立った。自分自身は人の魂とか何とか、そういうものを信じないわけでもないのだが、実際に幽霊となった死者と会話をしたとか、基本的には科学的で合理的な思考をする大槻氏がそんなことを言い出すとは、夢にも思えなかったからだ。

 だが、彼の話の内容を聞くほどに、単なる妄想と一笑に付すことができないような何かが感じられてならなかった。

 彼は、伊達や酔狂、ましてや作り話でそんなことを言う人間ではない。

 若い頃からの大槻氏を知っている身としては、黙って聞くよりなかった。

 たとえそれが、一見もとい一聞(いちぶん)にして荒唐無稽で非科学的以外の何物でもない話であったとしても、である。


 そして今度は、彼にとっては人生を左右した人物の一人でもある森川一郎・元よつ葉園の園長兼理事長。彼とは全く違った立ち位置からではあったが、幼少期からお世話になってきた恩人の一人であることは共通している。

 その人物が、明日の朝、自分の下に来て話をしたいと述べてきた。

 あれは、空耳などではない。

 妻にはこのことは話していないものの、自分には、はっきりと聞こえた。

 そして、あまり大きな声では言えないものの、自分がまだ30代になって間もない頃、かの大槻氏の将来について相談を受けたときの森川のおじさんの姿が、目の前に見えもしていたのである。


 多分これは、明日の朝、おじさんは夢に出てくるのではなかろうか?


 そうとわかれば、自分なりの心の準備はしておかないといけまい。

 大宮氏は、その日は淡々と過ごし、夜は寝酒を幾分あおって、早めに寝た。

 妻とは隣り合わせで寝ることが多いのだが、この日は思うところあって、自分の書斎に布団を持込み、そこで、寝ることにした。

 そのようなことはたびたびあるので、妻は、そのことでは何も言わなかった。

 淡々と、寝る準備を手伝ってさえくれた。


 そして、ぐっすり眠ること数時間。

 日付変更線も超え、まだ夜明け前の頃。

 確かに、聞き覚えのある声と見覚えのある老紳士が、自らの目前に現れた。

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