第72話 明日の朝まで、待ってくれるか・・・

 おじさん、ついに、来る時が来てしまったね・・・。


 彼は、それだけ言って、数珠を握りつつ手を合わせた。

 妻も、それに合わせて手を合わせる。

 程なくして、妻が席を外してくれた。

 大宮氏には、彼女が、何かを感じてそうしたように思えた。

 墓の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。


 そうか、哲郎、すまんな・・・。

 その話は、明日じゃ。

 明日の朝まで、待ってくれるか・・・。


 確かに、この声は、あの頃の森川のおじさんの声だ。

 大槻和男氏がよつ葉園に就職して2年目、昭和44年のあの日と、同じ声。

 彼のことについて相談を受けたときのことを、大宮氏は思い出していた。


 な、哲郎。あの日の答え合わせをするべき時が、来たようじゃな。

 済まんが、頼む。


・・・・・・


 わかりました。

 それをいうなら、おじさん、ぼくとしても、少し時間が欲しい。

 私なりの答え合わせのための準備、しておきますね。


 大宮氏は、向かい側手の墓の向こうから聞こえてくる声に、そっとつぶやくように答えるのが精一杯だった。


・・・・・・


 やがて、妻が戻ってきた。

 大宮夫妻は改めて手を合わせ、揃って頭を下げ、森川一郎氏の眠る墓を後にした。


 明日の朝・・・。

 明日は、大阪の会社に行く必要はない。ゆっくりできる日ではある。

 朝まで待てということは、ひょっとして・・・?


 大宮氏は、妻にはこのときのことを話すことなく、黙って思考を巡らせた。


                                (つづく)

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