答え合わせは、明日朝の夢で

第71話 恩人の墓参に

 2001年3月24日・土曜日の昼下がり。岡山市内のある墓地に、60代の夫婦が墓参りに出向いた。その墓の主は、夫婦のどちらかの親族ではない。それを言うならば、確かに夫の親族はこの岡山市内の出身ではあるものの、妻のほうはというと、北海道の函館市出身であるため、こちらに墓があるわけではない。

 その墓の主は、夫の大宮哲郎氏が幼少期よりかわいがってもらっていたという、言うなら恩人ともいうべき人物。彼の一族は篤志家で、彼もまた、当時のいわゆる孤児院の実質的創始者であり、二代目の園長でもあった。彼の兄は、その孤児院の近くで洋裁学校を経営していて、その妻は、併設する幼稚園の園長を務めていた。


 では、大宮氏はなぜ、そのような人物とつながりがあったのか?


 哲郎少年の父は親の代から市内で病院を経営していた。哲郎氏の祖父の頃から、その孤児院、後に養護施設と称されるようになった施設の常務理事となった人物を、幼いころから知っていた。そんなこともあって、哲郎氏の父はその孤児院の嘱託医を務めてもいたのである。そんなこともあり、父とともに、哲郎少年はよくその施設に遊びに行っていた。

 その孤児院は戦後、法令により養護施設と称されるようになったが、その頃になると彼は小学生も高学年になり、同じ学区にあることもあってか、そこに住む友人たちを訪ねて遊びに行くことも増えた。


 その養護施設の名前は、よつ葉園。社会福祉法人となったのは1951年であるから、当時はまだ、個人経営の施設であった。常務理事の森川一郎氏は、教育者であるとともに政治家でもあり、戦時中は岡山市長も務めていた古京友三郎氏に依頼し、初代園長兼理事長になってもらっていた。そのおかげもあって、よつ葉園は当時の児童福祉業界において先駆的でかつ他施設に比べてもよい環境で運営されていたという。

 大宮氏は幼少期から大学生を経て社会人になって後も、一貫してその恩人である森川一郎氏に可愛がられていた。成長するにつれ、森川氏は若くかつ優秀な青年である大宮氏をことあるごとに呼んでは、さまざまな相談さえ持ちかけていた。


 森川氏の尽力もあって、彼の遠縁にあたる大槻和男氏は大学卒業後よつ葉園に就職し、森川氏の死後となるが、1982年4月をもって園長に就任していた。大槻氏はそれまで以上によつ葉園を改革し、子どもたちが伸び伸びと社会性を身につけながら社会に出ていくサポートを徹底してきた。その成果は、確実に出ている。

 しかしながら、その陰で、彼の家庭は「発展的解消」していた。

 息子たち2人はすでに独立し、関東方面に出てそれぞれ仕事についている。妻はとある政党から出馬を依頼され県議会議員となり、公職に就いた。子どもたちが成人するまでは家庭を軸に生活していた彼女だが、息子2人が成人し、大学を卒業して社会人として生活していく目途が立って後、さまざまな社会的活動にそれまで以上に従事するようになっていたから、それもまた、必然的な成り行きであった。


 やがて、大槻夫妻はあることをきっかけに、婚姻関係を解消することとなった。

 いわゆる「離婚」にあたり、どのような経緯があってどんな条件で成立したとか、そういう話は、ここでは一切述べない。

 ともあれ、大槻家はこれにて、「発展的解消」をとげたのである。


 大槻青年が大学生になった頃から、森川氏は大宮青年に彼の世話をするよう依頼していた。そのおかげもあって、彼はよつ葉園に就職後、「横道にそれる」ことなくこの地に勤め、今や園長の務めも長くなった。

 大宮氏は当時勤めていた会社の定年をすでに迎えていたが、関連会社の取締役として、週に何度か、自宅のある岡山から大阪に通っている。


 恩人である森川一郎元よつ葉園園長の墓参りは、本社のある大阪はもとより、他の地に赴任していた時期も、岡山に帰省するたびに行っていた。岡山に戻って後は、春と秋の彼岸の時期はおおむね欠かさずに墓参りを行っている。

 21世紀となった今年も、春の彼岸に少し遅れはしたが、こうして参った次第。

 普段は大抵、一人で参ることにしている。特に妻や、まして息子夫婦を連れて参ることは、滅多にはない。しかし今回は、妻を連れて参ることにした。

 大宮氏は線香を手向け、妻は花を恩人の墓前にささげた。

 線香を手向けつつ、大宮哲郎氏は墓前の恩人につぶやくような声で、この世で起きたとある「事件」に関わる報告事項を述べた。

                              (つづく)

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