第64話 思い出すにも呆れたお話

「どういう光景でしたっけね?」

 私の問いかけに、太郎君が解説を挟んでくれる。


 今年のプロ野球のドラフト会議、あったでしょ。

 この夏の甲子園で5打席連続敬遠された、星稜高校の松井秀喜選手の交渉権をどの球団が獲得するかが、今年の目玉でしたね。

 4球団、中日、ダイエー、阪神および巨人の各球団が指名しまして、競合したときの例にのっとり、各球団の代表によるくじ引きをしました。

 その結果、長嶋監督がくじを制し、巨人が松井選手の交渉権を獲得しました。

 そのくじ引きのときに、何と申しましょうか、O大学第二体育館の、鉄道研究会が展示していた会場で起こった「事件」ですのや。

 この日は巨人ファンの会員と阪神ファンの会員の二人が、それぞれ贔屓球団の帽子をかぶってドラフトを見ようという話になっとりまして、巨人ファンの高橋君と阪神ファンの米河君、1969年生まれの同級生2人が、何と申しましょうか、それぞれ帽子をかぶって会場に設置されたテレビに陣取っていました。ドラフト中継ということで、それを見に来ていた人もいてはりました。


 お決まりの小西徳郎氏のセリフを乗せて解説してくれる太郎君。

 やっぱり、関西弁が混じっている。何だか、滑稽。


「はい。太郎君が今述べた通りですけど、問題は、阪神ファンの青年のほうでして、彼、松井選手の阪神入団を祈願して、御丁寧に数珠まで会場に持ち込んでいて、数珠を片手に「南無妙法蓮華経」と、法華経をしきりに唱えておりましたね・・・」

 少し、間が開いてしまう。

 横の太郎君は、思い出し笑いならぬ「思い出し呆れ」に浸っている模様。

 それでも何とか、話しをつないでくる。

「いやあ、彼の阪神青年の御両親がどの宗派かわかりませんけど(実は、すでに両親とも「真言宗」と判明していた。彼の幼少期に離婚されてその後一度も会っていないとのことだが、なぜか、どちらの実家も同じお寺の檀家だそうです)、そもそも彼、法華経とかそれに関わる宗教とは、何の縁もない人のはずやけどなぁ・・・」

 少しとぼけ気味の太郎君に、私が追い打ちをかける。

「あんな変な青年が現れた責任の一端は、太郎君、あなたですよ。大毎オリオンズの永田雅一オーナーが、球場で「南無妙法蓮華経」を唱えていたとか何とか、そういう知識をさんざん彼に披露するから、こんなことになるんでしょうが・・・」

 太郎君の関西弁が、ますますさえてくる。

「わいな、そんなことをするためにヤッコさんにプロ野球の知識を教えたん、ちゃうで。せやけど、どっかの撮影地とか廃線前のローカル線の鉄道マニアの罵声より、この方がよっぽど、害もなくて、ええ思うけど・・・」

「こういうのをね、普通は、「みっともない」というんです、太郎君。岡山あたりでいう「ふうがわるい」という言葉なんかがまさに、ピッタリでしょ、どう?」

「まあ確かに、たまきちゃんのおっしゃるとおり、「ふうがわるい」のは確かやねんけど、オモロかったさかい、まあ、ええやないか」

「じゃあ、その光景を、函館の皆さんにもお聞きいただきましょう」

と、私。


 大太郎先生のリクエストの文を私が読んで、まずはご紹介。


 では、どうぞ。時は1992年11月21日土曜日、午前12時過ぎの、岡山市内のO大学祭会場、第二体育館内、鉄道研究会の展示会場です。


 少し間を置いて、リクエストの音源放送をスタート。

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