第51話 走る移動機械に乗って・・・

「さて、ぼくはもうそろそろ東京に戻るけど、例によってまた、瀬野八紘さんのおっしゃったとかいう「走る移動機械」に乗って、また華のお江戸へ舞い戻りだ。それにしても、走る移動機械なんて、よく言ったものだな」

 賀来氏が、異様にしんみりとしたことを言い出す。

 かの米河氏であるが、その言葉には、心底うならされた経験があるという。

「まあね。あれは確かに、走る移動機械。あんさんは、国会議員のパスでグリーン車に乗ってお戻りってことになるのだろうが、それにしても、今のグリーン車、昔の1等車や3等級時代の2等車とは、わけが違うな。雰囲気的にはいささか似ていないわけでもないだろうが、やっぱり、乗車する層が、昔のようでもない。食堂車も今やないし、さすがに東海道筋だから車内販売はあるにはあるけど、これが地方路線の特急ともなると、それすら今や、ないからなぁ・・・」

 賀来氏はここで、かつて米河氏が瀬野氏とやり合った話を持ち出してきた。

「その「走る移動機械」とやらについて、瀬野さんは君に、それ以上の何を期待するのかと質問されたと伺ったことがあるけど、君、何か答えた? 例えば、旅情とか郷愁とか・・・」

 米河氏、苦笑交じりに答える。賀来氏も、そこはすでに見越している模様。


 そんな答え、出せるわけもないやろ。

 それこそ、くだらん郷愁論だか、無能のケチつけとやらと何ら変わらん答えやないか。でもな、最初「のぞみ」が東京と新大阪をノンストップで結ぶという形で、世にもセンセーショナルにデビューしたとき、いやマジでもう、わし個人には、拒否反応のような感情があってね。頭ではわかっていても、鉄道趣味人としては、なんだか、自分らのテリトリーが思いっきり侵略されていくような、そんな気になったような。そうなると今や、わしなんか、「走る移動機械」によって精神的にシベリアの彼方に送り付けられたような気になってもおかしくはないのだが、それが存外、そうでも、なくてね。まあ、利用者として、ビジネス利用者としては、やっぱりありがたいからな。で、何も無理に列車の中で飲食せなあかん必然も、言われてみれば、ないもん。


 その答えを聞いた賀来氏は答える。

「そんなところだろと思っていた。君は決して、郷愁や情緒で趣味活動をしていく人間ではないことは、実はぼくは、小学生の時から感じていた。一見古いものを研究対象としてのめり込んでいるように見えて、それは実は、真にその時代のもっとも効率的な状況というものを探るべく、「趣味人」としての活動をしていた、ってところだろうな、今総括するならば・・・」

 まだ時間がないわけでもないと見た賀来氏は、ここから、夢の話に戻した。


 でもなんだ、君が山陽本線の特急について中学生の頃に岡山の管理局に言って資料をもらってきたり、あるいは図書館などで本を読んでいたのは、ある意味、自ら夢を追っていたのではないかと、ぼくは思っている。そこから考えてみるに、姪御さんというのは、周りの大人たちに、あ、君も含めてね、なにがしかの夢を与えるために生まれてきたのかもしれん。かつてあったものを追っかけるか、新たに生まれてきた人から与えられるかの違いはあるが、あ、寝ているかどうかもあるかもしれんが、それはそれとして、やっぱり君は、姪御さんから、周囲の人たちを巻き込んだ夢を、手を変え品を変え、見せられているのよ。それをもとに、米ちゃんがどういう方向に進んでいくのかを、彼女は、実は、一番よく見ているのかもしれないぞ。

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