第50話 障害を負った子は、福をもたらす存在?!
そういえば、障害を持っている子というのは、「福子(ふくこ)」と呼ばれ、その家に富と繁栄をもたらす存在であると言われている。まさに君の姪御さんは、それに該当する事例のように思われるな。わしの場合は、自分の家族というわけではないけれども、親族の範疇、それも血のつながりがいくらかあるということもあるから、そのおすそ分けみたいなもので、こういう形になっているのかもしれない・・・。
わしも、あの夢に関しては、今もって不思議ではあるのだけど、なんせ、姪からしてみれば何の血のつながりもないはずのわしの父方の叔母が同席していたわけでね、それも、わしの母、姪からすれば祖母と一緒にだ。さすがに、わしの父親こそいなかったものの、それはさすがに難だったのだろうね。なんせ、離婚してこの方、息子がいて、なおかつ、近くに住んでいる時期もそれなりに長くあったにもかかわらず、お互い一度も顔を見合わせていないというわけだ。そりゃあ、かなわんぞ、息子のわしにしてみれば。そこはさすがに姪も、わしに気を使ったのかもしれん(苦笑)。
作家氏の指摘を受けた新人政治家氏は、なるほどと頷きながら聞いていた。
そうか、その「福子」というのは、オレも姉の家族を見るからに、あたっているような気がしてならんね。おかげで、うちの妻までもが、その恩恵を被っているのではないかと。昨日は、そんなことを思ったほどだ。
ちなみに姉の家の甥は、この度大学を卒業したが、とある新聞社に就職して、ちょうど今頃、研修に入っている頃だな。さすがに本人が取材というわけにもいかないだろうが、その新聞社の文化部が、取材に来ていた。その記者に甥の名前を聞いてみたら、やっぱり知っていて、丁重にあいさつされたよ。何はともあれ、しっかり鍛えてやってくださいと申し上げておいた。特別扱いしないでいただきたいが、もし他の記者さん方より力があるようなら、もう、逆特別扱いでビシビシ鍛えてやっていただいても構いませんからと申し上げたら、まずはそのレベルに至れるように、本人がどれだけがんばれるかですと言われてね。たまたまそのとき居合わせていた姪は、ニコニコしながらぼくらの話を聞いていたのよ。その時の姪の顔、妙に印象に残っている。
米河氏は、これまでの人生において、何だかんだで人とのつながりというものを大事に生きてきたという自負がある。彼は、小賢しい言葉を極度に嫌う。だが、ひとたび腑に落ちるような言葉を向けてきた人に対しては、素直に頭を下げるような柔軟な姿勢も持ち合わせている。
そうか・・・。
わしの指摘した「福子」って言葉、確かに、あたっているように思えてならんな。
君のところもそうだけど、わしについても、その姪のこれまでの姿をみると、本当にあたっているよ。なんせ、祖母の悪口で、おそらくあの子が聞いた中では、わしのあの言葉くらいひどいのはないと思う。でも、姪は怒るどころか、ケラケラと笑い出した。あとにも先にも、あのような反応を姪が示したのは、あの時だけだからな。
しかも、その1週間後に、この度中学生になった甥が生まれたわけでね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます