第38話 趣味と仕事が同一対象になると・・・
「鉄道会社は鉄道マニアを嫌っているという話があちこちで出ているけど、あれはしかし、わしから見ても、無理もない話ではあると思っている」
米河氏はなんと言っても、小学生で大学の鉄道研究会に「スカウト」されたほどの鉄道ファン。というよりもむしろ「マニア」とさえ呼ばれているほどの人物。
それゆえに、「鉄道マニア」の強さも弱さも、肌身で理解している。
「とはいえ、君の定義で鉄道マニアといえる人物であるかどうかはともあれ、鉄道研究会と称する団体から、鉄道会社に行った人はいないわけでもなかろう」
賀来氏の指摘もまた、無理もない。鉄道を知るために鉄道研究会に入ったという大学時代の知人も何人かいたというから、それはそれで無理もない質問。
それに対して、米河氏は事例をいくつか挙げて説明していく。
もちろん、いないことはない。行った人の中には、かなり出世している人もいる。その出世した人の中に入るだろうけど、子会社の取締役になっている工学部出身の人がいて、その人がまさに、大宮太郎さんにブルートレインのマットを譲ったという堀田さんて人ね、この人はその鉄道会社に入ってだな、最初に、こんなことがあった。
鉄道会社は時間厳守が命。そこで、新入社員には、時計を確実に合わせるというプログラムがある。それでな、堀田氏は昔からいわゆる「撮り鉄」な方で、わしも持っておるけど、鉄道で使う懐中時計を持っていて、それを使って合わせたわけよ。
すると、どうなったか?
その研修の講師の方が、尋ねたのね。
「それは、どこで手に入れた?」
「私物です」
ここで、その講師の方が一言。聞かされたわしも、しびれた。いやマジで。
「あんた、マニアか、たまらんなぁ・・・」
そんなやりとりがあってね。
その日のうちに堀田さん、大阪駅の地下街に腕時計を買いに走ったって(苦笑)。
他にも、堀田さんより1学年下の川西さん、この人なんかは堀田さんと違って文系の経済学部だったからな。なんせ、その鉄道会社に挨拶に行って聞かされた言葉が、これだ。
「弊社は、文系のマニアの方はお断り」
そんなこともあって、彼、鉄道は趣味でやってきたけど、仕事でやる以上、他に趣味を持つって言い出してね、その手のもの、人に譲ることも含めて、それまでやっていた切符収集も、期限と枚数を区切って、きっぱりやめられた。
最初は、あいつあほか、みたいな声も一部にはあったけど、わしは、その話、まったくもって初めから笑えなかったね。川西さんはある意味、大したものだと思った。わしには、同じことできん。
だからこそ、趣味人としての立ち位置は維持せねばと、そう思ったのね。
まあともあれ、そんな話は、いくらでもあるって。
もっとも、趣味の団体に出入りされている鉄道会社の社員さんも、いるけどね。
賀来氏はその話を、珈琲をすすりつつ、興味深そうに聞いている。
「なるほど、じゃあ米ちゃん、君はアニメの制作や販売を仕事になんか、出来ないだろうな。あくまでもプリキュアを趣味として熱心に見ているおじさん、って立ち位置を、自ら堅持しているってわけだな、鉄道会社との距離感と同じで」
「なんか、ちょっと気に入らん表現がないわけでもないが、実態はまったくその通りでね、それは賀来ちゃんのご指摘の通り。でな、わしはプリキュアをかくも熱心に観ておるわけだけど、見ているということは、逆に言えば、見ている対象から見られているともいえる。これは、プリキュアが創作上の存在であるとかないとかの問題じゃないからね。もっと本質的な意味で、わしはそう述べておるのよ」
話はますます盛り上がっている。
春先になったこともあり、まだ日はまだ暮れそうもない。
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