第39話 仕事とライフワークのバランス

「わしな、思うに、仕事と趣味、この際だからあえて「ライフワーク」と定義するけど、実はこの二つ、大きな共通点があるように思われる」


 米河氏の突然の指摘に、賀来氏の顔色がすっと変わった。

 こいつはふざけているようでも、存外真面目なところがある。

 その部分は決して茶化すこともまかりならないほどのものだ。

 さあ、どんな指摘をするのだろう。

 少し、探りを入れてみよう。

 賀来氏は、打者の打ち気を探る投球のような質問を返した。


「ライフワークバランスって言葉があるが、それとはかなり違うところで君は論を展開するつもりか?」


 この質問への回答は、賀来氏にとっては十分予想通り。


「あったりまえだ。そんな馬鹿でも何とかでもちょっと聞きかじれば使いたがるレベルの事象なんかを論ずるのは、わしの仕事じゃねえよ。日々の仕事と私生活のバランスが云々とか、そんな小賢し気な目先の話なんかじゃないからね。趣味もライフワークのレベルに至れば、実は、仕事とほぼ変わらない要素を持っておってな、そこに大きな「共通点」が見えてくる」


 これまでの話の流れ、大宮夫妻の夢の話と野球絡みの話などを思い起こせば、次にどんなことを述べるかは、おおむね予想もつこうもの。

 賀来氏は、静かに述べる。

「もう、君の言いたいことはわかりましたよ」

「じゃあ何か、当ててみていただけますか?」

「では、申し上げさせていただく。どちらも、その対象を「好きになり過ぎてはいけない」ってことだろう? 違う?」

「あ、ちょっと待ってくれる?」


 そこで米河氏のほうが、少し間を開けた。

 彼はチェイサーの水を口に含み、珈琲の残りを飲み干し、おかわりを所望。

 程なく、女性店員が珈琲を注ぎに来た。賀来氏も、同時におかわりをいただきたいと所望。こちらにも、黒い液体が注がれた。

 彼はその間、トイレに立った。賀来氏も続いて、トイレに立つ。

 別の女性店員が気を利かせて、チェイサーの氷水のグラスを交換しに来た。

 しばらくして、ほとぼりが冷めたのを見計らうかのように、米河氏は答える。


「さっきの話ね、まったくその通り。対象を好きになり過ぎたら、一歩間違うと嫌いになってしまいかねん。可愛さ余って憎さ百倍とか、飽きてしまってほったらかしになるとか、そういう話になりかねんでしょ」

「やっぱり、そうだったな。それを言えば、例えば必死で勉強して、志望校に合格したのはいいけど、そこで燃え尽きてしまうような奴って、いつの時代もどの学校にもいるじゃない、一定数。あのようなことになっていては、仕事は長続きしないだろうし、そもそも飽きてしまっては、ライフワークになんか昇華しえないではないか」

 元官僚の新人代議士の指摘に、小学生以来の友人である作家は返答した。


「まったく、ご指摘の通り。それ以上、わしが追加する言葉はないくらいや」

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