異床同夢の回想 ~それぞれの、その後 2
第36話 ありゃあ、何なら?
舞台は再び、2022年4月中旬の岡山駅前のホテルに。
賀来博史衆議院議員は、同級生の作家米河清治氏が以前書いていたエッセイについて話を振ってきた。
「ところで米ちゃん、君はいつだったか、松井秀喜のドラフトのときに、テレビの前で法華経を必死で唱えたっての、あれは、実話か?」
「もちろん、実話。ほとんど脚色はしていない。その必要もなかったほどね」
その質問に対する答えは、実に、あっさりしたものだった。
「実話は、わかった。しかし、ありゃあ、何なら、一体?」
職業柄、滅多に岡山弁を使わない賀来氏だが、こういう時には、なぜか、使うことがある。
「あれは、あのままや」
そうかと言われれば、そうなのかとしか答えようのない回答を、作家氏は寄越す。
「あ、珈琲のおかわりを」
どちらともなく近くの店員に所望したところ、すぐに女性店員がやってきて、黒い液体をそれぞれのカップに注いでくれる。
両者とも、珈琲とチェイサーの水を交互に飲む。
「しかし何だよ、あんなしょうもないこと、良く思いついて実践できたものだな」
「いやあ、あれはあれで、必死だったのよ」
「その「必死さ」をもう少し別の場所で発揮したら、君ももう少しまともなとは言わないにしても、いい人生を送れているように思うけどな(苦笑)」
「賀来ちゃんの指摘は正しいが、それでもわしには、結構無茶ぶりやで(苦笑)」
「いやあ、あんな公共の場? で、堂々とお経を唱えて夢をかなえてくれなどとやらかす方が、どうもなぁ・・・」
「ああでもしないと、やっていられなくて、な」
「オレはあの頃、✕✕省に入省したてで忙しかったけど、あの時だけは、運よくテレビの前にいられた。何人かと職場で土曜出勤して観ていて、長嶋監督が手を挙げたときには、一斉に、完成とも落胆ともつかぬ声が入り混じっていたのを覚えているよ」
「それな、なんか、ほら、時代がこれから作られていくという前触れというか、いよいよ何かの芝居の幕が開く前の高揚感というか、そんな思いが、君と一緒にそのテレビを囲んでいた人たちの中に、それぞれあって、それが一気に同じ場所で噴出したような、そんな感じに思われるのだが・・・」
作家氏の指摘を、元官僚の政治家はなるほどと頷きながら聞き入っている。
まだ、日は暮れていない。
時に彼らは、話の聞き手と語り手の役割を交代するが、それにかかわらず、珈琲と水を適宜口に含む。
今度は、チェイサーの水が減ってきたことを見届けた女性店員がポットに入った冷水を持ってくるかわりに、新しく氷水の入ったグラスを二つ運んできて、飲みかけのままのぬるくなったグラスを回収していった。
「実はだな、あの時も、太郎さんとたまきさんのお二人、同じような夢を見たらしくてね、その夢の内容が、また、ふるっていたと来たものよ」
「ということは・・・」
賀来氏は、その夢の話について書かれたものをまだ読んでいなかった。しかし、かの作家氏の若い頃、そういう行為に出てどうなったという顛末は、同級生の何人かから聞かされていたので、知っていた。
先程の夢の話の続きだろうな、これ、と思った賀来氏は、尋ねる。
「まさか、「同床同夢」の続編、ってことか?」
「そうだと言えばそうだが、正確には、「同床同夢」ではない」
「どういうことだ?」
「そのときは、言うならば「異床同夢」と言える状況だったそうな」
「あの御夫妻、また君にかき回されたってことで理解してよさそうな話だな」
「ほっといてくれ(苦笑)。でもまあ、そうかもしれん」
米河氏は、同級生相手に自らの回想するところを述べていく。
まだ、時計の針が17時を少し回ったかどうかの頃。
この時期ともなれば、日の入りはまだ。外はやっぱり、明るい。
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