第34話 大学祭会場でのドラフト会議中継 4

 もっとしっかり祈れよ! そんなことじゃ、松井を巨人に取られてしまうで!


 おじさんのあおりともいうべき「声援」を背に、青年の読経、ますます熱が入る。

  

 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・・・


「今、長嶋監督が手を上げました!」(テレビ)


 4球団の監督が並ぶ中、左端の巨人・長嶋茂雄監督の手が上がった。

 松井秀喜選手の交渉権は、これで巨人こと読売の獲得が決定した。


よっしゃー!


 高橋君が、思わず小声で叫んでガッツポーズ。

「ほら見てみ、米ちゃん、おれの言うたとおりやろ!」

 マニア君、がっくり。

「・・・南無妙法・・・・ああぁぁぁあぁ・・・世もオシマイダー・・・・・」 

 

 ここで私たちは、彼らに再度インタビュー。

「高橋君、どうですか?」

「いやあ、めちゃくちゃうれしいですね。これで巨人にまた黄金時代が来ますよ」

 高橋君の次は、のたうち回るように悔しがるマニア君。

「米河君、どうですか?」

「祈りが、届きまへんでしたわぁ・・・」


 松井選手の交渉権は、巨人こと読売が獲得しました。こちら、鉄研の会場では、阪神ファンと巨人ファンの青年たちが、悲喜こもごものドラマを演じています。

 以上、O大学祭の第二体育館会場より、私、海野たまきが中継いたしました。


 ここで、取材の録音をストップ。あとは、関係者への挨拶。

 高橋君が、私に声をかけてきた。

「海野さん、おつかれさまです」

「高橋君、ありがとうね」

「いえいえ」

 こちらはこれでいいけど、問題は、もう一人。


 私は、マニア君に声をかけた。あの件だけは、しっかりと「抗議」しなきゃ。

「ところでねえ、せいちゃん・・・」

 この後の彼の弁がまた、ふるっていた。

「なんですか、大宮夫人」

 実はこの年の夏に正式に結婚していたのだけど、仕事上では、旧姓の「海野」をまだ使っていたため、さすがに仕事の場でこういうことを故意に言われると、あまりいい気はしなかったのです。

「誰が大宮夫人ですって?」

 その理由を聞き出そうとした私が、野暮だったのかもしれませんね。

 彼の弁は、私の抗議を斜め横あたりから逆襲してくるような感じのものでした。


「唯物論的事実を述べたまでです」


 わけのわからない言葉を使ってけむに巻くようなことを、この青年には昔からよくあちこちで仕掛けていたから、このくらいでびっくりすることはないけれども、これのどこが一体、「唯物論」なのだろうかしら、ねぇ?

 まあいいわ、その理由付けなんか。

 そう思って、マニア君に畳みかけるように抗議を継続。

「何が『唯物論的事実』ですか。ワケの分からないこと言わないの! それより、何なの、あの御経。ご丁寧に数珠まで握って・・・。こんなところで恥ずかしいこと、やめなさいよ! 誰の真似か知らないけど、『ふうが悪い』そのものじゃない。おねえさんはねえ、呆れているんだぞ! 水でもかぶって、反省しなさい!」

 こんなことで懲りるような青年でないことは、彼が中学生のときからすでに分かっていたけど、正面切って言われると、さすがに、ねえ・・・。


 何おっしゃいますねん、たまきさん。こういうときこそ、神頼みですわ、この際ですね、何教でもええんですよ。とにかく、松井阪神入団で暗黒時代から脱出という目論見が、夢と消えましたわ・・・。ラッパさんにあやかったけど、無理でした。あ、そうそう、今日はセーラームーンを見なきゃ、月にかわってお仕置きされてしまうんで、このへんで・・・。


 一体全体、何の話、していたのだったっけ(苦笑)?

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