第29話 なぜ、こんなところでお経を?!

 その夜私たちは、別の場所で寝ていました。

 別に前日喧嘩したわけではなく、太郎君のほうが夜遅くまで自室で仕事をしていたため、そのまま自室にあるブルートレインのマットで寝たから。

 このブルートレインのマットは、鉄研の後輩である堀田君という人が卒業に際して太郎君に譲ってくれたもので、何でも、幅52センチの20系客車のB寝台車で使われていたものとのこと。岡山のある場所で、廃車となったその客車をカラオケボックスにして使うことになり、それで改装するにあたって出たものだそうです。

 シーツ代わりのタオルと毛布、それに枕は、そのマットに常備しています。


 となれば私は、いつも通り、夫婦の寝室で寝ることに。

 まあ、こういう日もないと、ね、ってことで。


 太郎君との間はもとより、他のことでも特に大きな問題は発生していたわけではないので、その日も無事寝付け、よく眠れておりました。

 しかし、朝の5時頃だったと思いますけど、いったん目覚めかけて目覚まし時計を確認して、もう少しゆっくり寝ようと横になってしばらくした頃から、ちょっとした異変が起きました。

 なんか、変な光景を目にしたのです。


 あの青年が、巨人の帽子をかぶった同級生と一緒に、何かのテレビ番組を見ていました。問題の青年は、なんと、阪神の帽子をかぶって、しきりに、手を合わせてぶつぶつとお経とも何ともつかぬ言葉を発していたのです。その合せたての間には、なんとご丁寧にも、数珠が握られているではありませんか。


南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 ・・・・・・


 彼は法華経の信者でもなければ特にその系列の何かの宗派に属しているわけでもないはずなのに、なぜか、法華経を唱えていたのです。


南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 ・・・・・・


ダトーナガシマ! フレーフレー ナカムラ! ・・・・・・

マツイヒデキヨ キタレ 大阪タイガースに ・・・・・・


 お経が少し止まったかと思えば、うわごとのようにそんなことを言い出しては、また、お経に戻っていきます。


南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 ・・・・・・



 横にいる巨人帽子の青年は、彼には目もくれず、ひたすら、テレビの画面にかじりつくように見ています。

 もう一方の阪神防止の青年のお経の声が、少しずつ、大きくなっていきます。


南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 ・・・・・・


 やがて、テレビの中の誰かが、手をあげました。

 それと同時に、二人の青年は、それぞれなんともいえぬ声を出しました。

 そのとき、目が覚めました。

 

 あれ? 何の光景だったのかしら??


 程なくして、自室で横になっていた太郎君が、私のいる寝室に、ノックもせずドアを開けて、慌てて飛び込むように入ってきました。

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