第26話 同床同夢の夫婦の関係性について

「ところで、君のかねてからの知人である大宮さんご夫妻、今も、仲いいの?」

 賀来氏の質問に対し、米河氏は、珈琲をすすって、返答する。

「わしが見る限り、悪くはない。それどころか、なぁ・・・」

「それどころか?」

「週に何日かは、必ず、一緒に寝ているんだそうな。まあ、うらやましい限りではあるが、それ以上は、ノーコメントや(苦笑)」

「で、まさか、その後も同じような感じで同じ夢を見たなんてことは・・・?」

「先日、ふと思い出してそのことを聞いたら、さすがにそれは、というか、さすがのそれは、ないってよ」


 しばらくの間、お互いに珈琲とチェイサーの水をすすって、無言のまま、お互い何かを考えているような感じの時間が過ぎた。とはいえ、それはせいぜい3分とない間だったのだが、それは両者にとって、存外長い時間に感じられたようである。

 次に口を開いたのは、米河氏のほうだった。彼は、大学の先輩でもある大宮夫妻の近況について述べる。


 いやあ、あの人たちは、わしが中学生の時に出会ってからこの方、いつも一緒とは言わないにしても、随分、お互いの距離感が絶妙な人らなのよ。それはお二人とも、変に燃え上がるような恋愛関係から始まったわけじゃなく、徐々に近づいて、適度な距離感を保ちながら、相手を見るよりむしろ、自分たちにとって相手がどう見えるかというところを意識して生きてこられたようなところが、あってね。

 最初に出会ったのは、たまきさんのほうだった。これは賀来ちゃんに置かれても、もう耳にタコができるほど聞いたろうし、目にまでタコができるほどわしの駄文を目にしたことだろうからご存知だろうけど、O大学の入学式でビラを撒いていた中学生のわしが、新入生の女子大生に声かけられてのお話や。それから、ほどなくして太郎さんが岡山にやってきたというより戻ってきて、そのあともずっと、結婚前から実質的に同棲と言ったら怒られるけど(苦笑)、なんせ将来の妻が自分の父親の実家に下宿しているという塩梅で、ずっと一緒に暮らされていてねぇ。結局は程よい頃に結婚されて、子どもさんも男女一人ずついて、まあ、ごくごく普通のご家庭よ、傍から見る限りでは、ね。

 「普通」って言葉をやたらに使う人間に対して反感みたいなものを持つ私でも、ここは、その「普通」という言葉が妥当かと思うので、そう表現したまで。

 あの人たちの特徴というのは、どう言えばいいのかな、さっきもわし、言ったけどさ、ほら、恋愛ってのは、お互い、相手を見て燃え上がるような構造じゃない。訴訟とか戦争なんかの「対立軸」とは色合いは違うが、ある意味、男女という「対立軸」の下で展開するのが、恋愛というものの本質ではないか?

 そのことの当否について我々が議論しても仕方ないとは思うが、あの人たちは、やね、わしが中学生で初めてお会いしてこの方、どういうわけか、お互いを見つめ合うような関係じゃなくて、なんか、そんなところをすでにクリアしていて、自分たちから見ての他者、って感じでね、第三者的な目で見て、対立軸というよりはむしろ、初めからパートナーとしての意識がお互いに強くあったように思うのよ。

 それはなぜかと考えてみたらや、何でもあの人ら、中学生の時に片や大病、片や交通事故で函館のとある病院に入院して、そこで知り合って、それで惹かれ合って、それから家族ぐるみのお付合いにも発展して、そんな中でずっと一緒にいる機会が多かったから、あまり、恋愛状態とは言っても、燃え上がるようなものはほとんどなく、微温より少し高いところかな、いうなら、少しぬるめの温泉に入って、それで、いつもなら数分で湯舟から出るような人でも、何十分でも入っておれる天然温泉みたいな、そんな感じでなぁ・・・、なんか、例えが今一つやけど、要は、そんな関係をお互い大学に入る頃には、既に確立されていたわけでさ。

 となれば、確かに、そういう節目の日に、ああいう世にもびっくりな夢を見られたとしても、なんか、不思議じゃないわな。

 あの人たちにしてみても、わしはなんせ、中学生なのに大学でビラまきをしていた鉄道研究会の少年というイメージが、ずっとあるだろう。賀来ちゃん以上に、あの人らからしてみれば、そりゃあ、びっくりだよ、そんなのにいきなり、大学に入ってそうそう出会いもしたら。さすれば、自分たちの目から見た私・米河清治というのはどんな人物か、ってことになれば、あの鉄道少年マニア君だ、ってことよ。それがそのまま、なんか、大きく反映されたみたいやね。

 考えてみれば、太郎さんとたまきさんご夫妻どちらにとっても、わしは、自分自身の、否、自分たち自身の、これはお二人の共通認識というところからの目ということでご理解いただきたいが、これまでの人生経験の中で大きな存在となる人物の一人であったってことにもなるわな。それはわしだけじゃないだろうけど、わしも、その中の一人として認識されていたからこそ、あんなときにあんな夢が出てきたのじゃないかと、わしは、考えているね。

 

 話はやがて、大宮太郎・たまき夫妻の関係性へと及び至ったようである。

 賀来氏は、興味深そうに彼の述べるところを聞いている。

 米河氏も、時にチェイサーの水とコーヒーをすすりつつ、話していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る