第6話 初夜の夢・追幻想 2ー2

 そういえばその話、鉄研の例会に行ったときにたまたま来られていた石本氏が、太郎君とマニア氏の二人相手に、延々とその「アオチュウ」(先ほどの杉尾氏やO大鉄研OBの堀田氏をはじめ、彼より年下の人たちからも、呼び捨てや、「アオチュウ」呼ばわりをされているそうです)の話をしていたことがあったみたいだけど、あのお話の続きのようです。

 その例会のあった日の夜、太郎君から聞かされました。


 その「アオチュウ」さん、かなり太っていて、シャツをだらしなくズボンから出していて、しかも上下とも結構汚れているって。夏でもあまり風呂に入らず服の着替えもそうなくて(彼の服は「限定運用」なのだそうで・・・でも一体、何、それ)、とにかく、何とも言えない臭いが・・・。

 いくら何でもこんな時期に、新婚さんの前でやめてほしいわよ。


 マニア氏はと言えば、その話を止めるどころか、毎月必ず行っている散髪屋のおにいさんから、中学時代アオチュウがある列車のサボを盗んでいるのを見たことがあると言っていましたよ、とか何とかいって、さらに話を盛り上げている。

 あのねぇ・・・。


 さらには、関西の某大学の鉄研を名乗る複数の大学生が***(車両基地)に侵入して部品を盗んで大阪のその筋の店に売ろうとしたが、店が控えた身分証によって照会されて発覚して、その後がどうとか。

 何でもその大学、マスコミには伏せるよう、上手く頼み込んだそうだけど(OBも多数いるしね)、会自体は一時大学公認を取消とか、そんなことがあったようです。しかし、盗んでまでそんな「部品」を持って、楽しいのかしらね。

 正直なところ、勘弁してほしい話ばかり。

 マニア氏だけなら、おねえさん(のようなものです)の私が即刻止めさせるところだけど、もう一人の相手は大先輩でこの度はスポンサーときていますから、そんな話やめてよ、とも言えない。

 いささかうんざりしかけている私の顔色をうかがって、太郎君がついに私の髪をかき分けてきた。耳元で、いつもの決め台詞。


「たまきちゃん、「業者」は、ほっとけ。アオチュウとか、確かにあまりいい話じゃないけどさ、この方がかえってぼくらだけで楽しめるから、いいじゃないか」


 列車は米子に到着して、さらに何人もの人達が乗ってきて、食堂車にも、少しずつお客さんが入り始めた。

 そこで石本氏、一旦会計すると宣言し、ウエイトレスさんに4人分、まとめて「立替払い」をした。会計が済んでも、偏屈ハカセ、どんどん注文しんさい、と。私たちはさらに、ハムサラダなどとビールを注文した。

 ご飯は量が多いので、太郎君に食べてもらう。

これでまた、「あーん、して」を二人で繰り返しつつ、何人子どもがほしいか、男の子と女の子、どっちがいいかな、などと語り合った。男の子と女の子の両方がほしい、できれば、最低1人ずつ。昔の何かの野球漫画みたいに、野球チームができるほどもいらないけどね、だって。私も同感。

 私たちはどちらも一人っ子だから、せめて子ども達は兄弟が一人はいた方がいいな、というところで、意見が見事に一致しました。

 幸か不幸か、今日の向こう側は、太郎君が乗っていけそうにない話ばかりの模様。


 「業者さん」たちは、ご飯を食べず、おかずばかりでひたすら飲んでおいでです。困った人たちの話こそ終わったものの、今度は、大昔の客車や模型の話。

 マニア氏に言わせれば、模型だからこそ現実にはあり得なかった編成もできて、それがまさに、夢があってどうこうと話しておいでですが、そんなのに果して、夢や未来があるものかしらね。


 峠を超えて、新見到着。

 県北からの帰りの客をまた幾分乗せて、列車は一路岡山へ。

 出発後、ここで御大がまた会計を宣言して「立替払い」。車内は夕食の時間帯だから、お客もそれなりに入ってきた。うちは4人なので相席ではないけど、他のテーブルは相席も多い。あたりはもうかなり暗くなっている。


 太郎君がふと思い出したように、「やくも」の気動車のエンジンの音のことをマニア氏に向けて言い出した。マニア氏、うれしそうにうんちくを垂れ始めそうになりましたけど(それはどのみち彼が小学生で鉄研に来始めたころ、ある先輩の会誌の記事を読んで、「はしか」みたいに「かぶれた」だけね)、私が、


「そんなもの、騒音以外の何物でもないでしょ」


とだけ答えて、残っていたハムを「あーん」させて、太郎君に食べさせました。


 さて、また会計の仕切り直しをして、私たちはサンドイッチとビールを1本注文。またも、食べ合わせっこをするけど、確かに、目の前の「業者さん」たちのおかげで、あまりよそに見られずに済んでいるのは、助かるわね。見ないふりしてくれているだけかもしれないけど。

 マニア氏は、締めのカレーライスを注文して食べつつ、また、ビールを飲んでいる。

 石本氏の、そろそろウィスキーでもいくか、との仰せに、御意ですと、マニア氏。


「特別急行岡山行き、発車いたします」


という、備中高梁駅の案内放送が食堂車の車内にも聞こえた。

 石本氏とマニア氏は、それぞれ、太郎君と私の伝票につける形で、国産のウィスキーを注文し、しばらくゆっくりと飲む。列車が総社を通過する頃になって、ようやく、ここらでお開きにしようと偏屈ハカセ。

 食堂車も、閉店準備に入る模様。

 御大はここでまた4人分まとめて「立替払い」。

 今回もしっかりと領収書をもらっていた。

 マニア氏と御大、どれほど飲んだかわからないけど、まったく崩れていない。


 私たちは、3号車の自由席に戻った。

 さっき座っていた席は、途中で誰かが乗ってきて座っていたけど、そんなに混んでいないので、適当なところを見つけ、並んで座った。石本さんにお礼を言ったら、礼には及ばん、これはお祝いじゃ、と、ありがたきお言葉。

 その後も、マニア氏と偏屈ハカセは、あいも変わらず鉄道絡みの話をしていた。


 聞くとどうも、「料飲税」をこれで一切払わなくて済み、安く仕上がった、とのこと。これ、とある有名な岡山の鉄道趣味人の方に石本さんが教えてもらったやり方だとか。列車はやがて倉敷出発。私と太郎君は、ディーゼルエンジンの音を子守唄に、寄り添い合って居眠り。

 列車は定刻に岡山に到着した・・・、はずです。


 隣あって寝ていた太郎君と私はほぼ同時に起き、目覚めのくちづけを合図に、シャワーを浴びて、珈琲を飲みました。彼もまた、同じ夢を見ていたみたい。


 料飲税って何?と、太郎君に聞いてみた。

 1989年の消費税導入時まで、1人確か2,500円以上の外食で飲食額の10%課されていた地方税で、食堂車でも課されていたって。

 今(注:1993年当時)は特別地方消費税となって、7,500円以上で3%。食堂車では、もうほとんど縁がない税だそうです。

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