第4話 初夜の夢・追幻想 1ー2
「いやあ、監督(マニア氏は石本氏をよくそう呼んでいる。戦前の阪神監督と同姓同名で広島出身だからというのもあってのこと)、先日は、中村精密の真鍮製C53を大阪のコンコルド模型で買いまして、これに、村中君の持っている北斗星編成をけん引させたりましたわ。なかなか、おもろかったですな」
「あんた、北斗星をどこからどこまでC53に引っ張らせたつもりじゃ?」
「まあ、岡山から下関、ってことでええやろ、と」
「じゃあ、北斗星は東京発長崎行きか?」
「ま、そんな感じでっさ」
「それからこの前の鉄道趣味の会の運転会で、あの香西さんが四国から来られて、マニ36の自走客車(客車だけど、モーターがついている車両です)2両で、御自慢の旧客列車を走らせましてねぇ・・・」
「機関車は、DF50じゃろ?」
「それがですね、機関車はあえて出さずに、お客さんの前で走らせましてねぇ」
「そりゃあまた、おもしれえ光景じゃのう。わしも観てみたいもんじゃ」
彼らの会話は、一事が万事、そんな調子。
先ほどの会話のように「中村精密のNゲージのデフ付C53」をマニア氏が入手してどうこうとか、流線型のC5343にヘッドマークをつけて、20系「あさかぜ」を牽引させてみたとか、鉄研10周年列車用にエーダイのキハ26を(御大、ぼくらが住んでいたH市まで行ったとき、あの鉄道模型で有名なX模型で買ったらしい)貸すからなとか、そんな話ばかり。
不思議と、そこでされていた話、もう時代がめちゃくちゃだった。
まあ、鉄道模型なんて、現実にありえない組み合わせなんかいくらでもできるしね。戦前の蒸気機関車のけん引するブルートレインと今の電車特急を同じ線路上を走らせることなんて、わけのないことだ。
もちろん中には実物通りの編成を再現する人もいるけど、そうじゃなくて、現実にはあり得ない列車を走らせる人だっている。
自分が子供のころ好きだった列車、乗りたくても乗れなかった列車を走らせる人もいる。マニア氏なんて、まさにそれじゃないか。
彼は気動車時代の「やくも」だけでなく、東海道本線の電車急行のフル編成も持っていて、それも走らせている。そのビュッフェには2両の「寿司コーナー」があったが、マニア氏は、2両をはしごして寿司を食べ比べしつつ酒を飲むことを、現実にはできない願望として持っているようだ(そういう「食べ比べ」をした人は実際にいて、鉄道ピクトリアルに記事を書いた人もいる)。
「ねえ太郎君、子ども早く欲しいね、男の子と女の子、どっちがいい?」
「どっちも一人ずつかな。どっちが先でもいいけど。男の子が先がいいかな?」
「そうね。わたしもそれがいいかな」
「となると・・・、太郎君も頑張ってもらわなきゃ、ね」
机の下で、美女の手がうごめく。
「あのさあ・・・、変なところに手を出さないでよ!」
「うれしいくせに」
うれしいけどさ、ここじゃまずいよ。
鉄道営業法違反じゃないか、と言いそうになったけど、そんなことを聞きつけると、目の前の人たちが何を言い出すやら。
「だけど、目の前の相手がやばいよ、相手が・・・」
「業者さんはほっとけばいいでしょ、虫よけ戦士さん。はい、お口開けて」
たまきちゃんの手は、机の上に戻ってきた。
そしてビールの入ったグラスをつかんで、ぼくに近づけてきた。しかし何だ、虫よけ戦士とは・・・。
確かに、大学生の頃からお互いの家族周りで言われていたけど、今日はまさに、たまきちゃんの近くの「悪い(怪しい)虫よけ」みたいなものかな。
一方、しこたま飲んでご機嫌の「業者さん」たちは、ぼくらに構わず、ひたすら、カビムサイ知識の「取引」に余念がない。
今度は「九州鉄道のブリル客車」とか、蒸気機関車の除煙板(デフレクター)のお話。九州の門司鉄道管理局で開発されたいわゆる「門デフ」がどうとか、何とか。
もうそんな話は気にせず、ぼくらはぼくらで楽しみました。
列車が新見に着く頃、再びウエイトレスが呼ばれる。
「それじゃあ、一旦ここで会計。私が全部立て替えて払うから」
御大が再度、全額立替えて支払い。瓶ビールは一人あたり大瓶2本以上飲んでいるが、そのほとんどの飲み主は、マニア氏と偏屈ハカセ。列車は新見に停車し、幾分の客を乗せて、出発した。
ディーゼルエンジンの「キーン」というエンジン音が、確かに、聞こえて来るような気もするが、たまきちゃんに言わせれば、そんなもの騒音以外の何物でもないでしょ、と、にべもない返事。
実はぼくも、同感だ。こんなもの、どこの放送で流せるんだよ。
支払をしたはずなのに、御大は、また何か注文している。
もうこうなったら、とばかり、ぼくらも、ビールを1本注文した。
御大とマニア氏は、決して懲りることなく、さらにビールを注文している。
食べることにも目のないマニア氏、さらに、締めのカレーライスまで頼んだ模様。
ぼくらは、もう一人前、サンドイッチを注文した。
備中高梁を出る頃には、御大が、あえてぼくの注文につける形で、国産のウィスキーを注文した。
マニア氏のウィスキーは、たまきちゃんの伝票につける形で注文と相成った。
やがて、残りの飲み物を改めて乾杯して飲み干し、ぼくらは自由席に戻ることに。
御大が、残りの注文の費用を全額、「立替払」をした。
自由席に戻ったとほぼ同時に、列車はもうすぐ倉敷ですという案内放送。
御大は、料飲税、これで1円も払わずに済んだな、と、領収書を見比べ、大いにご満悦の模様。
マニア氏に至っては、いやあ、倉敷―岡山間の「特通気A32」は素晴らしい走りですな、とか何とか、中1の頃、「局」で教えてもらった「速度表示」なる概念を使って、偏屈ハカセ相手にわけのわからないことを述べている。
倉敷発車。
列車は山陽本線を爆走し、所要時間11分で岡山に向かう。
列車は20時26分、定刻で岡山に到着した・・・、はずである。
ぼくはなぜか、倉敷出発後しばらくして居眠りしてしまった。
たまきちゃんも、ぼくの肩に寄りかかって、エンジンの音を子守唄に居眠りしていた。
気がつくと、そこはベッドの上だった。
横で寝ていたたまきちゃんも、ほぼ同時に目を覚ました。
お互い「おはよう」と言ってベッドを出て、シャワーを浴びた。その後、二人でコーヒーを飲みながら、昨日どんな夢を見たか、聞いてみた。彼女もどうやら、ぼくと同じ夢というか、まったく同じ状況下での夢を見たようだった。
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