第3話 初夜の夢・追幻想 1ー1

2 初夜の夢・追幻想 1 ~ 太郎の夢


 結婚式の夜、1992年7月25日夜。ぼくは変な夢を見た。


 そこは(国鉄)出雲市駅。

 ぼくらは、出雲大社の神様にお礼参りをした帰りみたいだ(実は1984年以降今に至るまで、出雲大社には、ぼくらは二人とも行ってはいない)。

 岡山行の「やくも」の自由席に並んで座って、岡山への帰り道につくことに。


 どういうわけか、とっくに電化しているはずの出雲市駅には、架線ひとつ張られていない。

 みどりの窓口でカレンダーを見ると、なぜか「昭和54年7月23日」? 

 この後の「やくも」は、12号の岡山行。上り最終の特急。

 二人分の自由席特急券を追加で買って、ホームに出た。たまきちゃんが幸せそうにぼくの肩に寄りかかるのを、そっと受け止める。1歳とはいえ年上で妙齢の女性に言うのは難だけど、とっても、かわいい。このまま一緒に岡山までの4時間を過ごせれば、どんなに幸せか。


 しかしまあ、「好事魔多し」とは、よく言ったもの。

 列車が次の停車駅・玉造温泉に近づくにつれ、何だか不吉な予感が。

 たまきちゃんは、気のせいでしょ、と言ったけど、どうも気になる。


 玉造温泉駅で、二人の男性客が乗ってきた。

 いかにも「業者(「反復継続して鉄道「趣味」に関わる行為を行っている人」のことを、刑法の「業務」の概念を応用して、そう呼ぶことにしています)」の人たち。

 別に馬鹿にしているわけではないが、敬意を払っているというほどでもない。

 今回の「業者」さんは、鉄研創立メンバーでOBの石本さんと、この頃小学生のはずなのになぜか大人のマニア氏こと米河清治氏の二名。

 それを言うなら、ぼくらはこの頃、北海道はH市の中学生だったわけだけど。ともあれこの二人、後ろの2号車から乗り込んで、ぼくらの乗っている3号車の自由席を通って食堂車に行こうとしている。

 難なく、見つかってしまった。


 「やあ、大宮夫妻、お元気かね」

と、偏屈ハカセ。今日はなぜか、キャンディーズの鉢巻をしている。全国キャンディーズ連盟こと全キャン連でも名をはせた人だからね。

「まいど!」

と、関西商人みたいな挨拶をする、丸眼鏡に丸襟シャツ、それに蝶ネクタイのマニア氏。九州で買ったという鼈甲のカフスボタン。それがいかにもハリボテ感を醸し出している。


「わしらが結婚祝しちゃるけえ、食堂車に付き合わんかな?」

と、偏屈ハカセ。

「ほらもう、おめでたいことですさかい、飲めや食えやで、どんちゃん、やりまへんか。「やくも」は午前の上り、午後の下りの客が多いんですわ。山陰地区から関西・関東方面に出張るヒトが朝多いでしょ、ホンで、向こうから帰って来はる人が午後に多いってわけですな。せやけど、この列車、幸い午後の上り最終でっさ、客もそう乗ってきやしまへんで。それが証拠に、付属編成もおまへん、この42D(デコ)は。ぜひ、参りまひょ」

 マニア氏は、京都におられるOBの河東さんのような品のある京ことばとは対極な関西弁で、ぼくらを煽る。何だか、夏目漱石の「坊ちゃん」に出てくる野だいこ先生を関西人にしたような感じで、まくしたててくれます。


 たまきちゃん自慢のロングヘアをそっとかき分け、ぼくは、どうしたものかと「業者さん」たちに会話内容を気づかれないよう尋ねた。

 彼女は、どうせ退屈だし、夕食もなしですむなら行こうよ、との仰せ。

 ぼくらは謹んで「業者さん」の提案を受けることにした。

 荷物は幸い多くない。

 この席にこだわりもないので、盗難防止を兼ねて、食堂車に持っていくことに。

 やがて列車は、松江を出発。食堂車には、ほとんどお客はいなかった。


 ぼくらは進行方向に、「業者さん」たちはその向かい側に並んで席を取った。

「ほな、注文。まずは、ビール4本じゃ」

「そんなにぼくら、飲めませんよ・・・」

「ええ、ええ、わしらが飲むんじゃ、あんたらは何でも、好きなものを召し上がりんさい。で、何、注文するんなら」

 ぼくらは、とりあえず石本御大の頼むビールを飲みつつ、ポークカツとハンバーグの定食を頼んで、二人で分け合って食べることにした。マニア氏と御大は、それぞれステーキを単品で頼んだ。「業者」の皆さんにおかれては、戦前の「外食」の典型みたいな頼み方。


「おねえさん、一応、別会計にしてくれる」

「かしこまりました」

 ウエイトレスさんが返事をする。御大は、誰にどれだけの注文がなされたかを確実に計算するみたいだ。

 一体、何の意図が・・・


 すぐにビール4本、やがて料理も運ばれてきた。

 それぞれのコップにビールを注ぎ、乾杯。

 会話は大いに盛り上がるのだけど、偏屈ハカセは、マニア氏の電卓を借りて、計算しつつ、飲むこと、飲むこと。

 マニア氏も、飲むは、食うわ。


「太郎君、はい、あーん、して」

と、たまきちゃん。ぼくは素直に口を開け、出されたものを食べる。

「じゃあ、たまきちゃん、あーんして」

ぼくも、たまきちゃんにやり返す。


 一方、目の前を意に介さず、偏屈ハカセは、ここでは言えないような、問題のある某所の鉄道ファンの話をマニア氏と。

 だけどその内容、御大やマニア氏のような、それこそ「業者」ではなくとも、一応「鉄研出身者」です(鉄研と言っても、彼らのような「濃い」マニアばかりがいるわけではありません)ので、ぼくの口や筆からはご紹介できません(でも夢なのに、よく覚えているのが、我ながら不思議ではある)。

 その話は、学生時代に鉄研の例会で石本氏から聞かされた覚えがあります。当時高校生のマニア氏も、その場にいました。それどころか、彼が毎月1~2回のペースで散髪に行く散髪屋の方も鉄道がお好きらしく、子どもの頃から写真を撮っていて、その問題の人物を知っているそうです。


 やがて列車は、米子を出発。車窓左側に、伯耆富士とも呼ばれる大山が雄大な姿を見せている。

 列車はそこから、単線の路線へと入っていく。ここから伯備線。


 さて御大、待て、ここで一旦会計だ、と。

 一人頭いくらになったかをウエイトレスのおねえさんに尋ね、4人分まとめて立替えるからと言って、全部払った。

「よし、米河、あの手、使うで。ええな」

 マニア氏、「御意です!」との由。

「じゃあ、あんたら、まだ、なんかいるか? 遠慮することねえからの」

 それじゃあ・・・、ということで、ぼくとたまきちゃんは、生ハムサラダとか何とか、酒の肴になるものを2種類ほど頼んだ。それから、ビールも1本頼んだ。

 マニア氏も御大もビール1本ずつ。ついでに、マニア氏がポークカツの単品と何かを頼んだ。それでまた、酒盛りは続行。マニア氏と御大、飲むこと、飲むこと。どんどん注文する模様。ウワバミ以外の何物でもない。それでいて両者、崩れない。


 列車は中国山地を超えていく。

 夏とはいえ、車窓はもう暗くなってきた。

 時として「やくも」はよく揺れるそうだけど、今日はほとんど揺れない。

 ぼくらはともかく、マニア氏と御大は、明らかに鉄道絡みのかなりディープな世界の話をしている。

 たまきちゃんは言わずもがな、ぼくが聞いたって、とてもついていけない。

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